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ある夏のひととき

ある夏の日、僕は君と夕暮れの海辺を散歩していた。
夏のようでありながら、夕日の色が秋めいていたような日だった。
もうさっきから10分も何も話さずに
君は押し寄せる波を足でぱしゃぱしゃ弾いていた。
その姿がまるで麦わら帽をかぶった小さな女の子のようだった。
でも君が抱えている感情は小さな女の子のような無邪気なそれじゃなかった。
僕は何を言ったらいいか分からずに、夕日が綺麗だねと月並みな事を言う。
彼女は少し僕を見つめたが、またすぐに下を向いて波をぱしゃぱしゃ弾く。
夏の日の思い出がまたひとつ、心のページに書き込まれていく。
来年の夏、また会えるさ
僕はそう彼女に言った。
思い出は波の形のように一瞬で二度と同じ瞬間は現れないわ
彼女はそうつぶやいた。
その年の暮れに、僕たちは別れた。
彼女との時間はあの夏の日のまま止まっている
僕は彼女と訪れた夕暮れの海辺を1人で歩いている。
波の音が慰めてくれているようだ。あの日と同じ波の形は二度と現れない。

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