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伝えるには言葉と、あとは何が必要か

人付き合いの上で決めている事。

『本人に面と向かって言えない事は会社を出るまで声には出すな』

(文字に起こしたり書いたりするのは別だけど…)

声に出して音として耳に入ってくるものは、意外と頭にこびりついて取れないし、耳からの情報は意識もガラリと変えてしまう。そう実感した出来事があった。

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20歳で新卒で就職した会社。
教育係の先輩の指導を真摯に聴いていた頃。

『君のために言っているんだよ』
『この間よりは良くなった』
『次はこの目標を目指そう』

ある日私が側にいることに気づかず、私の容姿や特徴を揶揄するような悪愚痴を吐き続ける先輩がそこにはいて。
一緒にいた普段優しい上司達も、うんうんと同調していた。

うーん。
そうか、そうだよな。
私は特徴的な見た目だし、教育係でも社会人でも好き嫌いは誰にもあるし、思ったよりスキルがない私に失望してフラストレーションも溜まるよな。そりゃ好かれてるとは思ってないけど。
泣くな自分。受け止めろ。
そして聞き流せ。

スッキリした顔で意気揚々とデスクに戻ってきたその先輩。

そうか。こうやってバランスをとって今まで私の指導をしてくれてたんだ。

『先輩は吐き出さないとバランス取れないなら、私はずっと悪愚痴を頭に溜め込んでいかないといけないのか。聞き流せない。頭から離れない。自分をそう言う色メガネで見る人だとインプットされた。うーん、辛いぞ。』

『人の悪口とはこんなにダメージを与えるものなのか。私も学生時代から一言も言ってないとは言えない。なんて酷いことをしたんだ。』

『社会人になってまで人の容姿を揶揄うなんて、自分の評価を下げるだけだと思う。周りからも信頼を失う行為だ。』

そういう考えから、私の人付き合いの心掛けが生まれた。頭にこびりついた先輩の声や言葉は今も思い出す。

当たり前の事だけど、そういう善悪のことを考えずに生活している人が居るのも事実。
他人を揶揄うことがどれだけ無意味、むしろマイナスにしか働かないことだと気付けずに歳を重ねる人に出会い、私は成長出来たと自分の中で昇華しつづけた。


結局その職場は、先輩の情緒不安定に私が参ってしまったし、ハサミを投げつけられた所で退職したけれど。

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でも、これは言わないとダメだと思って、面と向かって声に出した事もある。
本人に伝えることは私にとってもの凄く挑戦だったけど、全く伝わらなかった。
全然ダメじゃんって、伝えるって難しいんだなって実感した出来事もあって。

衝撃的だった。
勇気出したのに。
あれ?って。
まだ、だめか。
人に「伝える」って難しいんだな、と。

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(前記とは別会社)
ある日、社屋内で千円札を拾った。
漫画のようなシチュエーションにテンションが上がってしまった私の声で、事務所中に何があったのか周知されてしまったが、すぐにみんなの笑い話にかわり千円札を経理さんに預けた。

それがきっかけでした。

どうやら経理さんの中で、私は「人のお金を奪ったり、落ちているお金を拾い我が物にする存在」という位置付けになったようで。


経理さんは、誰かをイジって話題のネタに挙げて会話をする人だった。
全然自分の話しないな、人の噂ばかりで聞くのもいやだけど無視はできない…と、いつものらりくらりと聞き流していた。
私がその対象となったとたん、経理さんは水を得た魚のように私を揶揄うようになった。

拾った千円札は支払いに来た出入り業者さんのもので、以降その業者さんが来社する度に。

『ほら、後をつけてお金拾いに行かなくていいの?』

自動販売機でジュースを買おうものなら。
『おつり残ってたら盗らないでね』
『自販機の下に小銭落ちてるのは拾っていいわよ』

大掃除で埃だらけのデスクまわりから小銭が出てくれば。
『ほら、拾っていいわよ』とわざわざ別場所の掃除をしている私を呼び出して皆の前で揶揄うのだ。

私がトラブル対応でバタバタと電話に追われて居ようとお構いなし。
なにが悪いって、それを全く悪意なく私を含めた周りを楽しませようとして話すこと。
彼女はネタにされた人がどう思うかより、自分が周りから面白いと思われることの方が大事なのだなぁ、と。

次第に、私は守銭奴だとの噂が社内に知れ渡り、経理さんの言う事は無視しろよ、嫌な事言う奴だよな、と擁護してくれる人もいれば、面白がってくる人も出てきた。

職場での争いは嫌だ。
でも、からかいを嫌だなと思いつつ、はらわたを煮えくり返しながら『なんでですか、やめてくださいよ(><;)』とかわしていくのも私には限界だった。

あぁ、あの千円さえ拾わなければ。
そう後悔する日々。

次はないぞと決めたあと、いつものように業者の後をつけろと言われ、初めてイライラした表情で嫌だという思いをぶつけた。

『私は人のお金は盗らないですし、まず人に向かってそう言うこと言うのは失礼だと思いますし、凄く嫌な気分になりますよ。今後やめてもらえませんか?』

経理さんは、ハハハ…と愛想笑いをしてそのまま業務に戻られました。

…言ってやったぞ!!!
よっしゃぁぁぁぁ!


数日後。

経理さん「ほらお金また落ちてるかもよ〜?」


???


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私は派遣社員として勤めており、同じく派遣社員の女性陣と「派遣女子会」なるものを定期的に開催していた。
まぁ所謂、経理さん被害者の会だった。


そこで上記の出来事を話したところ、メンバーの2人に笑いと忠告を受けた。

「あのね、なんで経理さんまだ揶揄うかわかる?にしくるが言い返した言葉は最もだけど、言い方が優し過ぎて全然伝わってないよ。全然怖くないもん。」

えっ、、、
練りに練ったセリフを吐き出したのに、顔は笑ってたつもりはないよ

「どうせいつもの世間話を遇らうのと同じ口調だったんじゃない?ボソボソっと」
「そういうのは、周りに聴こえるくらい、声に凄みをつけたり大きく声出さないと」

伝える言葉じゃなく、伝え方。
声の抑揚とか大事。
いつもボソボソ喋るもんね。
いつもと違う様な言い方にしないと、なんか言ってるわ〜くらいにしか思われてないのかも。

女子会メンバーは遠慮のない間柄なので何を言われようと傷つくことはないが、こういう事を直接教えてもらわないと気づけなかった自分を恥じた。

そうかそうなのか。
たしかに、そんなん意識して喋った事はない。
言葉はいつもよく考えて練ってるつもりだ。
伝えたいこと+伝え方。
えぇ、30歳超えて今更新しいタスクが生まれるとは。
しかも、これって周りのみんなはもっと早く気付く事なのでは?

だからいつも、カフェやレストランで店員さん呼んでもきてくれないのか。
だからいつも、カラオケ高得点とれても表現力だけ評価低いのか。
だからいつも、、、、


おそらく、もしこんなつまらない話を読んでる方がいたら「コイツ当たり前の事を何言ってんだ?」と思うでしょうが、人とのコミュニケーションを自分に合うものだけ選りすぐりそれ以外を排除して生きてきた私には、こんな当たり前の事が目から鱗なのです。

皆が大人になるまでに得た情報や知識や知恵を、ぬくぬくと守られた環境でやり過ごしてきたのかなぁ。

結構、頑張ってきたつもりだったけど、生きるための課題は次から次にだな、って。
その派遣女子会では、なかなか勉強になった出来事回だった。


伝え方かぁ。

もしこれがもっと早く身についていたら。

あの人とももっといい関係を気づけたのかなって方々が、頭にプワプワ浮かんでくる夜になった。

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