『1984年』(ジョージ・オーウェル、1949年)

貴方が生まれたのは、何年何月何日ですか?

これらの質問に正確に答えられるのは、「記録」と「記憶」があるからだ。貴方の生年月日は、貴方が生まれた日を親が政府機関に出生届を提出することによって、「記録」が残り、貴方が誕生日として、その日を親から伝えられ、貴方が「記憶」するから、存在するのである。

貴方の「記録」の生年月日は、免許書の発行やパスポートの申請などあらゆる公的証明が発行されるときに要される。さらに、銀行などでは、生年月日の公的「記録」と貴方の「記憶」が一致することで、「貴方」の存在が認められる。

公的証明書がなくては、自分と証明するのは難しく、それは「記録」と「記憶」によって成立する。だが、その一方が、もしくは双方が改竄されれば?

「記録」は、ある過去を事実として示すものであり、「記録」がなければ、「記憶」に頼るしかない。だが、「記憶」は万人に共有されるものではない。貴方の「記憶」は、他者と必ずしも共有されているものではなく、時には曖昧で正確なものではない。

「記録」が改竄されれば、事実は存在できず、「記憶」が曖昧であれば、事実を証明できない。

『1984年(Nineteen Eighty-four)』ジョージ・オーウェルの名著を私が知ったのは、アメリカでトランプ大統領が当選した後だった。購入した同著には「トランプ政権誕生で再びベストセラー!世界の「今」を予言した傑作古典」と称された帯が付いている。

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ビッグ・ブラザーズという一党が支配する地域オセアニア。

オセアニア社会は、「党の中枢」「党の外郭」「プロール」と三つの階級に分けられており、「党の外郭」に属するものは、言動から思考までを監視されている。言動の監視はそこら中に設置されているテレスクリーンによる。だが、思考はどう監視されるのだろうか。

オセアニアには、真理省、平和省、愛情省、潤沢省の4つの省がある。真理省は報道、娯楽、教育、芸術を担っており、ビッグ・ブラザーズにとっての真理の追求が行われ、それは歴史の改竄や事実の歪曲であり、随時ビッグ・ブラザーズにとって歴史が書き直され、必要でないと見なされた人間は生きていたという事実、その存在自体が「記録」から消される。文字通り、抹消されるのである。平和省は戦争、愛情省は法と秩序を、潤沢省は経済問題を扱っている。

これらの省は、その名称とは真逆のことを行っている。真理省と言われているが、真理の追求ではなく、事実の改竄。これは、ビッグ・ブラザーズの<二重思考>が具現化されている。<二重思考>は、矛盾を矛盾と認識しても、そこに矛盾が存在すると認識しない。

この<二重思考>と4省を使って、人の思考を監視する。だが、それだけではない。人の思考を監視する上で、その土台を破壊する方法として、ビッグ・ブラザーズは言語を支配する。

ビッグ・ブラザーズは、地域の使用言語を<オールドスピーク>から<ニュースピーク>へと移行させ、一党を弱体化させる言葉、それに付随する概念を消し去ることで、人間が考える時に用いる言語を縮小化し、人の思考範囲を極小化していく。

人の思考の土台である言語の縮小、思考が土台となる言動の監視、思考と言動の土台となる「記録」と「記録」の歪曲化によって、ビッグ・ブラザーズは権力を保持し続ける。

「記録」と「記憶」、「思考」と「言語」の支配。

ビッグ・ブラザーズの二つのスローガン。

”過去をコントロールするものは未来をコントロールし、現在をコントロールするものは過去をコントロールする”

そして、

”戦争は平和なり 自由は隷従なり 無知は力なり”

トランプ政権の"alternative fact"や安倍政権の桜の会の名簿処分がどこへ向かっているのか、『1984』はその方向を教えてくれるだろう。

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