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さよならのあとさきに 立秋 (5)


 3日後、春香の告別式が葬祭ホールで行われた。クラスメイトが10名ほど参列していた。
 賢一が、受付で香典を渡し記帳している最中にも、そのクラスメイトたちが話しかけてくる。
 「松波君、春香と何話してたの?、同窓会の後、会ってたんでしょ。」
 「賢一、お前何か心当たりねえの。」
 と、話しかけてくる。式開始まであと20分くらいあるはず。式場から出てソファーの有る待合エリアへと移動した。
 「春香は俺に、あの頃笑いものにした事謝ってくれたよ。俺ももうどうでも良い事だから、それはそれで嬉しかったし受け入れた。
  春香は誰かの愛人だったらしいんだ。その人とトラブルが絶えなくて追い詰められてたんだってさ。信用できる人から聞いたから間違いないよ。」
 自分の元へ行きたいと言った春香の願いは、もちろん話さなかった。
 【これで、自殺と俺は無関係だと思って貰えるはずだ。これで良いんだ。】賢一、ぞわぞわ感が薄れていくのが分かった。
 告別式が営われ、親族のみで火葬場へと向かった春香を見送る。

 その日の夕方賢一は、東京行きの高速夜行バスへ乗った。

 今回の同窓会と春香との会話、そして春香の自殺と告別式。
 【俺も成長したのかな、、、】と賢一は思った。
 同窓会へ出ようと思ったのも、アルバイト先で身体を鍛えられ、人から羨ましがられる程に整える事が出来ているからであり、仕事も順調で収入もあれば顔つきもよくなっているはず。
 昔の俺を知っている人からすれば、人が変わったと思われるだろうし、称賛してくれるとも思えたからだ。
 実際、見違えたと言いながら、昔の事は何も無かった様に話すクラスメイト達。
 見下す相手は揶揄い笑い、見上げる相手は誉めそやし親しげに振舞う。
 【人は相手によって変わるよな。俺があの当時のままだったら、近寄りもしなかったろうに。】

 ただ、春香の事だけは悔いが残る。
 自分へ助けを求めたんだと思う。助けてやればよかったのかもしれない。そうすれば春香は自分の思い通りになったかもしれない。
 しかし、やっぱりそれは応えてやれない。
 揶揄い笑った春香。今の俺を見て、笑うのを止めて媚びてきた。謝罪しその時の言い訳を話した春香。
 あの頃から異性関係にだらしなかった春香。今でもそうだったようだ。これから先もそのままの春香だと思う。
 拒絶した春香は自殺した。動機は愛人関係のもつれかもしれないが、きっかけは俺だったとも思える。
 ○○中学でシカトされ自殺したしのぶと言う子の事が重なる。
 その子の自殺の本当の動機は知らない。しかしクラスメイトの言動が関わっている事は疑いの無い様に思える。
 追い込んだクラスメイトは高校生になり、俺を揶揄い笑っていた。

 また追い込むとは思わなかったのか。
 それとも、被害者になる事を恐れ、加害側に回る事を選択しただけだったのか。
 自分なりの言い訳を準備し、良くない事をしたのは自分以外が悪いからと原因を押し付け、自分を正当化しただけなのか。
 それから先の答えが見つからない。

 ふと、アルバイトをし始めた頃の事を思い出した。
 最初は、重たい荷物を担ぐことも出来ず軽いものを運ぶだけだった荷揚げも、2か月もするとコツが掴めてくる。
 土日の作業を頼まれることもある。現場に着けば鉄筋の溶接や作り付けの棚を作っている職人さんたちが居た。
 「休みの日にすまないな。ありがとうな、あんちゃん。」と、声をかけられる。それが妙に嬉しかった。
 【感謝される仕事って、良いな。】
 土日のバイト終わりはいつも先輩たちから食事を奢ってもらえた。焼肉だったり中華だったり。
 自分は飲酒できないが先輩たちは酒を飲む。飲むと彼女や奥さんの愚痴を聞かされる。
 「女から奥さん、妻になり母になる。そうすると俺にまでああしなさい、こうしなさい、何でしないのっておかん面するようになるんだよな。」
 「だからあの時言ったでしょ。っていつも言うんだ。ありとあらゆる良くない事を四六時中話してっから大抵の場合、あるんだよな。」
 「話してくれないと分かんないって言いながら、言わなくても分かってよとも言うんだぜ。」
 「私は悪くないもん。あの人が悪いんだもんって、犯人は誰かってすぐ見つけるんだよな。」
 「だからさ、男ってのは言い訳しない方が良いんだ。失敗は全部俺のせいだってした方が良いんだ。ああしろこうしろって言うのはおかんに任せて、いつでも分かったって言って我慢するんだ。」
 そういったことを聞きながら「はあ~そうすか。大変っすね。俺、彼女作れないかも、結婚も無理かも」っていつも言ってた気がする。

 春香は今の俺を見て、取り繕う様に謝罪した。
 良い訳をしながら、理由をつけて自分の行動を正当化していた。
 女とはそういうものかもしれない。

 いや、待て。俺だって取り繕い、保身の為だと思い嘘をついたり黙っていた。
 今後の為にと、わざわざ告別式に行き、知っている情報を話した。本来なら話してはいけない事だったのかもしれない。
 俺も自己を正当化した。

 【人の事、言えないな。女ってこういうものだって言ってた先輩たち。女だけじゃないよ、男もだよ。人間ってそういうものだよ。】

 今の世の中、良くない事は良くないと誰しも分かっている。しかしそれでも、誰しもが自分を正当化する。殊更それを声高に叫ぶのは、反論されない正論を並べ立て、当たり前の指針を公演する活動家という職業の人達ではないのか。

 強くなれ。俺の様に身体を造る事。自分の才能を信じ、それを伸ばす努力をせよ。弱い自分に固まるな。
 誰にあててそう言うのか分からないが、俺は変われたんだ。
 そう、呟いた。

東京が近くなり、すっかり暗くなったバスの外。
 窓に映る自分の顔が見えた。
 これから、もっと人に優しく出来るだろうか、、、人とはそういうものだと許せるだろうか、、、

 【人も俺も、大差ないな。】

 春香、受け入れる事は出来なかったけど、俺はもう許せるよ。

 暦の上では秋になろうとしているが、まだまだ暑い季節だった。

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