死んだ後、生きる事を選ばれた命 (3)
若林さん
若林さんへ連絡し、会う事にした。
指定された立川市の珈琲専門店に向かう。
店の前に初老の紳士が立っていた。
その紳士は俺を認めるなり、挨拶をして来た。俺も挨拶を返す。
二人して個室に通され、改めて紳士から自己紹介をされた。
「初めまして、、、若林です。先月まで立川署で刑事をしておりまして、、、4月に死亡された江藤美也子さんが君、川島駿君の母親ではないかと思い、知り得た情報を話したく、本日ご足労頂きました。すみません、、、お忙しいところ。」
「どうも、、、」こんな時にどんな返しをすれば良いのか俺は分からない。
「あ、あの、、、、その女の人が俺を産んだと、、、なぜそう思われたんですか?」
「ええ、そうですね、、、すみません。順を追って話させて下さい。
その亡くなられた女性、江藤美也子さんは、ご両親も既に他界され親戚らしい親族の方もおられませんでした。
本籍地の傍にある浄土真宗清陵寺の住職、吉田様へ連絡しましたところ、、、江藤さんの事はよくご存じでして、、、、まあ、江藤さんにご遺体を確認頂いて、こちらで荼毘に付しました。
部屋に残された私物は殆ど処分し、主だった物とご遺骨は吉田様にお持ち帰り頂きました。責任もって供養してくださるとおっしゃって頂いて、、、」
「そのお寺の方が、、、子供が居ると言われたとか、、、、」
「いえ、、、お子さんの事は何もご存じ無いようでした。数年前まで毎年、貸されたお金をお送り頂いていて年賀状くらいの連絡は取り合ってはいたので、元気だと思っていらっしゃたそうです。
遺骨遺品の引き取り人さえいれば警察の仕事はそこ迄なのですが、、、ご友人の方とか、お知らせしたほうが良いのではないかと思ったのです。
それで住民票の移動届や国民、厚生年金記録の履歴を調べ、過去のお勤め先や住まわれていた所を訪ねたのです。ご存知の方がいらっしゃればお亡くなりになられたとお伝えしようと。」
「…………」
俺は若林さんの話に多少、イラつき始めていた。単刀直入にどこの誰から聞いたと一言、言えば済む話を、、、前置きの様な話ばかりして、、、と思ってしまっていた。
珍しい事だ。俺が人の話でイラついている。感情が高ぶり始めている。どうでも良いと思えば、フラットな気持ちを保てていたのに、、、
いつもと違っていた。
「住まわれていた所を時代を遡るように訪ねたのです。刑事として警察の仕事ではなく、退職後の自分の考えとして行動しました。
もちろん元職場の上司には伝えてありました。病死として処理された件をこれ以上調べる事は、警察としては出来ない。個人としては制限できないが、守秘義務だけは遵守するようにと言われました。
これが、簡単な経歴と転居先リストです。
江藤美也子 本籍地 新潟県村上市山中町山奥**** 生年月日 1976(昭和51)年12月10日
1994年 村上青陵高校を卒業し、宮城県仙台市の看護専門学校へ進学。
1997年、正看護師資格取得後、山形県米沢市立総合病院内科へ就職。
2003年3月、米沢市立総合病院を退職。埼玉県川口市へ転入後、看護師派遣会社に登録、市内の武藤産婦人科に勤務。
2003年10月、武藤産婦人科から神奈川県川崎市柿沢医院へ移動。2004年3月柿沢医院、及び看護師派遣会社から退職。
2004年4月より川崎区の飲食店勤務。
2008年8月、千葉県船橋市へ転居、同市内の飲食店勤務。
2018年4月、立川市へ転居、老人介護ホームプラタナスへ就職。
若林さんは鞄からクリアファイルを出し、一枚のA4紙をテーブルへ置いた。
「各転居先と言うか、元職場の方で江藤さんをご存知の方にはお伝え出来ました。
その中で、、、、川口市の武藤産婦人科はもう既に廃業されており、元看護師長の方にお会いできたんですね、、、、
江藤さんが亡くなられたとお伝えすると、その元看護師長の方は驚かれた後、、、、『じゃあ、、、お子さんには?、、、伝える事が出来たの?』と、、、、
確か、その病院勤務中に出産はしたが死産だったと届け出されていたはずでしたので、『もしかしてお子さんは死産ではなく、無事に出産されたんですか?』と聞き返したのです。
そうするとその方は、
『私にも守秘義務があり、詳しい事は退職後も申し上げられません。江藤さんは男の子を出産されています。その時は届け出していません、、、既に死亡届を出していましたから。
産まれたお子さんを暫く手元に置かれた後、、、そう2週間くらい後、川越市の施設へ、、、預けたそうです。
これ以上は言えません、、、、警察か裁判所、もしくは生まれたお子さん本人でしか、調べる事は出来ないでしょう。』
「そうおっしゃったのです。私は川越市役所へ向かいました。市内には乳幼児を預かる施設は3か所あり、その内の一つ、、、楡の木小鳩園から、父母不詳で戸籍を作成した記録が見つかったのです。
そうです、川島駿君、、、貴方でした。」
女は、俺を死んだ事にして、その後出産し、、、施設へ棄てた。
施設長さんは、俺を生きさせるために、育てる為に、、、
戸籍を作った。
どうしてそうなったのか、、、、
興味が全く無いとは言わない。
しかし、、、知らなければ知らない事でも良かった。
その時は、そう思ってた。
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