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愛をする人 (8)


 告白 思いの丈

 無心庵でそばを食べた俺と亜希子は、近くにある滝の名所へ向かった。
 滝を見たがる人の事を亜希子はこう評していた。
 「滝って、マイナスイオンが出てて傍に居る人の心を落ち着かせるんだって、、、、悩んでるとか心がザワザワしてる時には冷静になれるから、良いんだって。
 それにさ、、、、流れてきたもの、全部落としてるじゃん、、、、嫌な事、捨ててる様に見えるじゃん、、、自分に出来ない事、してくれてるじゃん、滝って。」
 穏やかな顔で、亜希子は滝を見ながらそう言った。
 【嫌な事、捨ててる、、、自分に出来ない事、、、、亜希子にも何か捨てたい事、、、、そりゃあ、あるよな。】
 俺の心が少し動いた。捨て去りたい事、俺にもある。亜希子にもある、、、、それは何なのか、知りたい。

 「ねえ、、、健夫、、、婿に行ったんだね。」
 「婿って言うか、結婚する際にどっちの名前にするかって時に、奥さんの名字にしただけのつもりだったんだ、、、最初はね。」
 「奥さんの実家の事とかの話は?、、、有ったの?」
 「結婚してからだった。」
 「お母さん、、健夫の方のお母さん、、、納得してくれたの?」
 「……いや、、、、亡くなるまで許して貰えなかった。」
 「……そう、、、」
 帰る方向へと車を走らせて、話す話題も途切れがちだった時、亜希子から聞いてきたと言うより、確かめる様な言葉で、会話は始まった。

 「俺は単に、名字を変えるだけの事だって思ってたんだけど、お袋にとっては違ったみたいだ。」
 「…だと思う、、、、」
 「亜希子には分かるのか?……同じ女だからかな、、、、母親になったからかのかな。」
 「分からないよ。大切な物とかは人それぞれだから、、、、でもね、私も婿取りだったから、向こうのお母さんには、申し訳ない気持ちが未だにあるの。」
 「申し訳ない気持ち、、、、どんな?」
 「母親って、、、家や畑、田んぼ、、、持ってるものって言うか、預かってるものを次に引き継ぐって感覚があるのよ。元々自分の物じゃないもの、、、前から引き継いだもの、、、
 それを子供に引き継いでほしいって思うものなのよ。だから子供には無茶なことして、それを無くしてほしくないって考えて、ごく普通にして生きて欲しいって、、、
 自分で産んで育てた愛おしい子供、、、自分の言う事を言い聞かせて大人にした大切な子供、、、所有物じゃないけど、、、人には奪われたくないって思うのよ。
 それをさ、、、名前が変わるだけって言われても、、、、思ってた事、考えてた事、、、、上手く行かなくなるって思っちゃうのよ、、、母親って。」
 「分かる、、、ある程度は分かるけど、、、もし財産が有ったとしても、親が死んで相続しても、、、相手側には行かないじゃん。配偶者を越えないって、、、、子供がいなければ、、、遡るし。」
 「財産は一つの具体的なもので、、、それも重要な一つなんだけど、、、、心の置き場所って言うか、、、、この先生きていく拠り所って言うか、、、
 奥さん、、、お母さんから嫌われてなかった?、、、仲良くして貰えてた?」
 「……嫌われてた。奥さんも奥さんで、好かれようとはしてなかった。実家の法事には顔を出したことは無いし、実家に行ったのは娘が生まれた時だけだったし、、、
 その時お袋は、、、、『可愛い子ね、、、せいぜい大事に育てなさいよ。誰かさんに似ない、優しい子にね。』って、奥さんに言ってた。
 親父が亡くなった時なんか、、娘が小さかったせいもあるけど、通夜には来ないで葬儀にしか来なかったんだ。
 お袋、、、親戚中の前で、、、、『これで天涯孤独になりました。』って言うし、、、
 俺は、親父の葬式の一切を仕切ったのにだよ、、、、近所の人や葬儀屋、相続の手続きやら全部、俺がしてたんだよ、、、、。」
 「奥さんにも、健夫に対しても、、、気持ちが納得できるところまで進めてなかったんだよ、お母さん。何か悪い言葉を言って、気を紛らわしてたんだよ、、、きっと。」
 「そのお袋が死んだ時、今度は親戚から奥さん、責められてた。『あんた、お母さんの事、何一つしてやってなかったね。満足かい?』って、、、
 俺がしてるじゃないか、多少の不便はあったかもしれないが、俺は出来る事はしたつもりだって、、、その場はそう、言ったけど。」
 「どっちの味方も出来ないのは分かるけど、、、、   しょうがないよね、、、、」

 俺は奥さんの、お袋に対する不実みたいなことを話していたと思う。
 亜希子なら、同世代の俺の奥さんに対し理解できる部分やこうすれば良かったのにねっていう反省の様な事を言うのかと、会話の途中から思っていた。
 でも亜希子は、『しょうがないよね。』と言った。
 「亜希子の所もそうだったのか?」
 「……仲良くしてくれたわよ。良く訪ねてたし、何かしら持って行ってたし。お菓子持ってってお茶だけして帰ったり、お母さん連れ出して子供たちと日帰り温泉行ったり、、、、ね。」
 「そこが俺の所と違う所か、、、、亜希子の良いところだな。」
 「違うよ。奥さんだってそうしたかったんだと思うよ、多分ね。でも、端から受け入れて貰えそうにない、、、、誰かに間に入って欲しいって思ってたと思うの。」
 「間に入るって、、、俺の事か?」
 「うん、、、あと、娘さん、、、もしくは奥さんのお父さん、お母さんかな、、、、引き受ける誰かがね、、、」
 「誰もしなかったな、、、誰も出来なかったって言うか、、、、お袋の方が難しかったからかな、、、」
 「しょうがないんだよ、その時その時で出来る事って、分かんないから、、、、後からなら何とでも言えるし、、、私の所は表面上、仲良くして貰えてたけど、、、、やっぱり、最後まで許して貰えてなかったって分かったの。」
 「何か、、、有ったの?」
 「お母さんの葬式の日、親戚の方から言われたの。
  『あんたのところ、子供が卒業したら別れるって話してるそうだけど、子供が出来た時に別れてたらよかったじゃない。
  そうすれば、あの人も新しい人に嫁に来て貰って家族で暮すことが出来たのにって、、、あの人も言ってたわよ。「大人になるまで金、搾り取るつもりだよ、あの子。」ってね。
 どこまで本当の事か分からないけど、お母さんの本当の気持ちかどうか今じゃあもう知る事、出来ないけど、、、、面と向かって言えない事、有ったみたい。」
 「難しいな、人って、、、家族って、、、」

 「奥さん、、、大事にしてあげてね。病気で気持ちも弱ったり、不安ばっかりで揺らいでるから。」
 「うん、、、今までと変わらないようにしてる。この前なんか、少し明るい顔で病室へ行ったら、『何か良いことあった?、好きな人でも出来たの?私が居なくなってからの準備に余念が無いわね。』とか言われたりしたし、実際にね。」
 「ノってあげなさいよ。楽しいんじゃないの、奥さん。」
 「その後は、、、怒ったり泣いたりして、、、手が付けられなくなる。落ち着いたらいつも、先生か看護師の悪口を言うのが、いつもの流れだ。」
 「ふ~ん、、、随分と不安定なのね。」
 「うん、もうそんなに長くない、、、、家には帰れない、、、帰るとすれば、白い布に包まれてからになる。自分でも分かってるから、、、」
 「そうか、、、なお更大事にして、言いたい事聞いてあげてよ。」
 「うん、、、分かってる。」

 「ねえ、、健夫、、、本当はね、今日はね、、、お礼が言いたくて誘ったの、私。」
 「お礼?、、、俺、何もまだしてないけど、、、亜希子にお礼言われるような事、何もしてやれてないけど、、、」
 「中学の頃の話、、、、私がクラスでハブられ始めた頃の話、、、もっと早く言えれば良かったのにね。」
 「中学の頃、、、俺、何かした?」
 「うん、あるよ。筆箱が無くなってた時、ゴミ箱から拾ってきてくれたし、朝上履きが無かった時は植え込みから拾ってきてくれたし、、、
 体操服が無くなった時には、焼却場から持って帰ってくれたし、、、」
 「えっ、、、俺、、、、そんなことしたっけ、、、、」
 「うん、してくれた。ちゃんと健夫が私の前まで持ってきてくれた。ありがとうって言っても健夫、、おう、、、とかしか言わなくて、直ぐどっかに行っちゃって、、、
 一番はねぇ~、クラブ終わりに私の机が丸ごと教室から無くなってて、、、探したら準備室に有って、私ひとりで抱えて帰ってたら、通りがかった健夫が一緒に下げてくれて、、、」
 「あっ、、そうそう、あの時、、、、亜希子、泣きながら机を両手で抱えてたから、思わず手伝った、、、思い出した。」
 俺は確かその時、亜希子から仄かに漂う香りと、汗をかいた体操服から通して見える豊かな胸に当てられ、大きくなりそうな下半身を隠す様にへっぴり腰だった事を思い出した。
 「それからすぐに本屋で見かけて、そしたら音楽教室で一緒になって、、、、楽しかったね、あの時のおしゃべり。待つときは静かにって怒られたりしたけど。」
 「そうそう、、、同じ曜日の同じ時間で、、、2,30分毎週話したっけ、、、」
 「それから少しして、私への事は和美の嘘だったことがバレて、今度は和美がハブられていったのよ。健夫はその時も無くなった和美の筆箱や上履き見つけて、届けてたよね。」
 「そうだったっけ、、、忘れてるわ。」
 「私、あの時学校へ行きたくなくなり始めてて、、、でも、健夫が助けてくれて、おしゃべり出来て、、、
 クラスの中じゃ話せなくても、目が合えば嬉しいし、安心できたし、、、だから、、、、お礼、言いたかったの。
 本当はね、、、健夫が行きたい高校へ行けて、私が近くの高校へ行くことが出来たらね、、、、告白しようって思ってたの。
 でも、出来なかった、、、、私の頭が足りなかったんだけどね。」
 「あ、、、俺、、、、その時の事、謝んなくちゃ、、、そ、それから、、、、その後の事も、、、、」
 「謝る?、、なんで、健夫が?、、、、何も謝るような事してないよ。変なの、、、ウフフフ。」

 俺の頭の中に、30数年思い続けてきた亜希子への思いが、何もしてやれなかった後悔の念が、一気に回り始めてきた。

 「俺、、今の今まで30数年、亜希子に謝りたかったんだ。ず~っと思ってたんだ。」
 その時からの俺は、途切れることなく話した。
 高校受験に失敗したと言う亜希子からの電話に、何も考えられなくて動けずに、亜希子の傍へ行ってやれなかった事、優しい言葉を掛けられなかった事、出来れば肩を抱てやりたかった事、一緒に泣いてあげたかった事。
 別な高校へ進学した亜希子の噂を聞いて、有る事ない事を面白おかしく話す悪友を、咎めたりせず同じ様にへらへらと笑っていた事。
 高校3年の夏、中退した亜希子をアパートへ泊め、一晩中でもそっと抱いて居てやれば良いものを、、、やっちゃった事。
 しかもそれが、あっという間に終わってしまい、物凄く恥ずかしかった事。
 同じ町に住みながら、時々会って話してあげられなかった事。
 卒業間近の冬の夜、訪ねて来た亜希子を追いかけたけど分らず、住んでいたアパートの近くへバイクを走らせけど会えなかった事。
 次の日も近くで待っていた事。今だったらストーカー案件みたいな事をした事。
 それから何も連絡せず、遠いところへ行ってしまった事。
 時々実家に帰っても、連絡せず会おうともしなかった事。

 「俺は今日まで、亜希子に謝りたくて、、、ず~っと謝りたくて、生きてきたんだ。嘘じゃない、本当なんだ。」
 亜希子は驚いた顔のまま、俺を見ている。俺は亜希子を横目で見ながらも前を見て、運転している。

 「知らなかったわ、、、分らなかった、、、でも、ありがとう。でも、、、、謝る事なんか無いから、、、、ホントに。」
 困惑し始めている、、、様に見えた。
 「い、いや、俺、、、どうこうしたいなんて、何も思ってないから、、、いや、そういう意味じゃないから、、、あ、なんて言えば良いんだ、、、あ、あ~、、、」
 「ウフッ、、、フフフフ。かたやありがとうって言いたくて、かたやごめんなさいって言いたくて、、、上手く行かないね。」
 「あ、あ~、、そうだね、、、上手く行かないな。」

 結局、その後は何事も起こらず、俺は亜希子を朝待ち合わせた公園の駐車場まで送った。
 大人の男と女とは言っても、直ぐにそういう関係になるとは限らない訳で。
 今まで温めてきた思いをさらけ出したことに、俺も亜希子も疲れてしまったのかもしれない。
 それならそれで良いんだ。
 これ以上求めたら、もしかすると亜希子との友人以上恋人未満の関係は、壊れてしまうかもしれない。
 そうやって自分自身を、納得させて帰って行った。

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 亜希子とは2,3週間に一度会えるが、会えない日が続くと俺は、自分で行う。
 いつも朝方、スマホで動画を見ながら行う。
 年齢が上がったせいか、大体5時には目が覚める。
 布団に入ったまま自分の分身を確認すると、この歳になっても大きくなっている。
 それを扱く。痛くならない程度に握り、ひたすら扱く。暫くそれをした後、小さくなった頃にトイレで小用を足し、茶の間へ移る。テーブルへスマホを置く。
 馴染みの動画を選び、見ながら乳首を弄び、また扱く。それを約一時間楽しむ。

 次に亜希子に会えるまで、俺はトレーニングを欠かさなくなった。

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