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Serenity -静寂- (10) ルーツ 


  東京へ出てきて15年。4,5件お店を変わった。
 最初のお店のママの独立に着いて移ったのが最初で、同じホステス仲間の人が開くというお店へも誘われたり、そこが潰れて腰掛のつもりで移ったお店に居座ったり。
 最初のママのお店に久しぶりに行ったとき、そのママから、
 「ねえ、綾香。この店の権利買わない?、2,000万で良いわ。」
 「権利って、ママどうするんですか?」
 「あたいさあ、もう長くないんだ。療養所入ろうにもお金は無いし、身寄りもないし、絶縁してるし、保険も入れなかったし、どん詰まりなのよ。」
 「療養所って、、、」

 綾香は権利を買うことにした。
 貯金は希来里が持ち去った後、頑張って400万貯めることが出来ていた。
 宗方に話すと、300万用意してくれるという。融資ということで、いずれは返します。と借りる事にした。
 広島の父にも相談した。500万は出せると言ってくれた。
 数年前に亡くなった母の保険が手つかずで残っているという。
 その定期預金証書を持って、父が上京してきた。
 宗方は自宅で酒宴を開いてくれた。広島のスナックで顔見知りだった二人は昔話やプロ野球チームの話で盛り上がっていた。

 翌日、父が綾香の部屋で話してくれた事。
 話は古代に遡る重い話だった。

 「雄二、いやすまん綾香。お前には苦労掛けるのう。」
 「そんな事無いよ。今の仕事は楽しいし、持って生まれた物はしょうがないって思ってるし。……とうちゃん、、、何かあるん?」
 「……うん、ただわしは医者でも学者でもないし、詳しい事やら正確な事は言えんのんじゃが、そうじゃないかのぉ~と言うのはある。
  お前が生まれた時にゃ、島根におったろう。小さい頃に広島へ出て来たんじゃが。」
 綾香は父の話を聞いた。

 富田と言う家族は、もともと名字を持たず中国山地の山奥で生活していたと言う。
 その山々には同じような暮らしの人たちがいて、一族を形成していた。
 一族は、明治の半ば頃、山奥から強制的に里へ連れ出され、住居を割り当てられ、苗字を持たされた。
 竹細工の技術を持っていた為、籠や竹み、熊手を製造し売っていた。

 中国山地の奥には、山窩サンカ と呼ばれた人達、一族が居た。富田はそれである。
 彼らは定住をせず放浪しながら、狩猟を生業とし、山に成る果実、川の生物を採取し、里人の所有する竹を伐採させてもらい、加工品を造っていた。
 独特の文化風習を持ち、違う言語形態で会話し、遠くの仲間との連絡に動物の鳴き声を模して連携を取っていた。
 その声を聴いた里人は、吠える人で「ホエト」と呼び、 蔑んだ。
 肌や衣服は汚れ、異臭を放ち、何を喋っているのか分からない彼らは、里人から格好の攻撃対象となった。
 人の物を盗んだ。里人を襲った、犯した。火をつけた、いつか殺される。と、根拠のない難癖をつけては、彼らを討伐しようと山に入る。
 しかし、山の中とは里人にとって魔境である。方角が分からなくなる。ある場所に入れば意識がなくなる等(原因は腐敗ガス)のトラブルとなる。
 一族は、山を熟知し共生している。逃げ方も隠れ方も知っている。しかし里人は襲わない。
 所詮は里人の憂さ晴らし、ストレス解消、レジャー感覚での行為。暫くすれば何事もなかったように日々の暮らしに戻る。
 一族の中には復讐を考える者も出る為、居住地を変え、関わり合いを変えていく。
 明治になり、彼らを里に移住させた要因は、国民皆教育、皆徴兵、皆納税の為であった。
 一つには、戦闘用の銃が明治維新後に市中へ出回り、ホエト狩りが各地で起きた事による彼らの保護だっととも言える。

 「元々は、出雲大国の民だったらしいんじゃ。あの出雲国譲りで、逃げたのがわしらの先祖じゃ。出雲族、神門族、どっちかは知らん。
 わしらに出ていけ言うたんは、スサノオでの。八岐大蛇を退治して定住した言われとるけど、スサノオは侵略者じゃ。
 出雲の民は山へ逃げたもんや、遠くに縁者を頼って移住したり、中にはスサノオに恭順したり、捕まえられて知らんところへ連れていかれたり、、、色々じゃったらしいわ。
 各地に散らばって行ったもんは一生に一度、丹後にある村で修行するんが定例での、、、言い伝えを習うんじゃ。今はもうせんようになったわ。

 明治になって里へ下りて暮らしていくゆうても、里のもんは直ぐにゃ受け入れてはくれん。素性を隠してよその土地へ行って、世間と交わるもんが増えてって、
 一族の中で夫婦になれるもんが、減ってきたんじゃ。勢い、従妹やら甥や姪と家族になるんが増えてきたねえ、、、昭和になる頃位から、
 普通の村人とええ仲になっても、いざ結婚じゃとなったら、、、駄目になるし、、、はなから近づくなとも言われるし、、、、
 わしと母さんも、いとこでの。母さんも叔父と姪の爺さん婆さんから生まれとるんよ。
 そうすると、、、知恵遅れやら奇形児やらがあちこちで生まれて、病気がちで生まれてすぐ死んだりしょったんよ。ホンマは病気じゃなかったかもしれん。
 血が濃いと、そういう事になり易いゆうて、、、、、みんなそう言いよっちゃった。
 お前が生まれた時、奇形が無うてえかったのぉ言い合うて、知恵遅れは大きゅうならんと分からんのうゆうて、、、それでも嬉しゅうて、、、いずれ何かあっても驚かん様にしょう、、ゆうて母さんと話しょったわ。
 お前は雄二ゆうじゃろう、、、1人目に男の子が生まれてのぉ、直ぐに死んだんじゃ。頭が半分、、、、無かったわ。
 お前が、”ふたなり”じゃ言われた時にゃ驚いたが、、、、、、そこに出たか思うたわ。
 母さんとも何でも受け入れちゃおうでぇ、、、って話したわ。
 すまんかった。わしらのせいじゃ。お前が苦労するんはわしらの血のせいじゃ。
 変な話し、お前が”きんたま”取る言うた時、【これで途絶える、これでええんじゃ。】と思うてしもうた。
 卵巣や子宮を残すゆうた時は、本人が望みゃあ子供を作ってもええが、、、この話を聞かせんとイケんのぉ、、、とも思うた。
 お前の人生じゃ。好きにしてええけぇ、、、思う様にせいや。」

 学問とか科学とかで証明された話ではないが、綾香は納得できた。
 お客さんの中には、医学的な研究をされている方もおられ話を聞く事もある。すべての人間のベースは女性であり、受精後に方向が決まる。その方向により、男女それぞれの身体へと発育する。
 だから、男から女、女から男へなりたいと言うのは、最初の一歩だけが違っただけで、途中から変えたいというのは誰にでも考えられる事だ。と話してくれた。
 閉鎖的な地域や文化的な事情で、近親交配が進むと奇形児が出生し易いとも聞いた。染色体異常が原因だとも言っていた。
 外面に出る奇形、内面で起きている奇形、性格的なもの、考え方や判断基準などは養育環境に左右されるが、家族や周りが類似の方向なら自身もそうなる確率はあまりに高い。

 「うん、うちはこれでええ。世の中の人と同じ様に生きたいって言っても、皆それぞれちゃうし、変わった人も一杯いるし、、、、うちはうちじゃし、、、誰かと一緒になりたいとも思わんし、一人でええし、、、父ちゃん、心配せんでもええけんね。」

 綾香の店、Serenity -静寂- はオープンした。

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