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さよならのあとさきに 立秋 (3)


 「喫茶店とかファミレスとか涼しい所の方が良いすかね。」
 公園に着いた賢一は春香に尋ねた。
 「ううん、他の人が居ると目が気になるから、ここで。」と春香は目を伏せ答えた。
 【人の目?、、、】賢一、春香は何を気にしているのだろう、何か有るのかと思いながら、春香の希望通りに屋根付きベンチへと座る。
 「あ、俺何か冷たいもの買ってきます。」賢一は、公園の入り口にある販売機へと向かい、カルピスソーダと缶コーヒーを買う。
 「好きな方どうぞ。」はるかに差し出すと、カルピスソーダを春香は受け取る。キャップを開け一口飲み、
 「暑いけどここって風が通るでしょ。たまに来るの、考え事したりするのに。」と春香。
 「あの頃、勝手に似顔絵書いてすみませんでした。出回っちゃったのって誰かが勝手に載せたからで、俺じゃないすから、、、でも、すみません。」
 「良いの、あれ私も気に入ってたから。嬉しかったんだ、凄い良い女に描かれてて。」
 「迷惑かけたんじゃ、、、」
 「掛かってないわよ。むしろ他校の男子からもモテたから良いの。」

 【じゃあ、ここに来た目的は何?】賢一、春香の心の内が読めない。

 「賢一君、あの頃はホントごめんね。揶揄ってばかりで、、、良介のイタズラも笑ってばかりで、、、、いつか謝りたいと思ってたの。」
 「……そうすか、、、良いんです、もう。」
 「あの頃ってさ、、、クラスが二つに分かれてたじゃん。進学組と就職組と、、、私も進学したかったけどお金がね、、、、だから進学組が羨ましくって、イライラして、、、誰かを笑っていないと自分がおかしくなりそうだったの。で、丁度賢一君やA、Bを揶揄ってたの。」
 【今更何を、、、謝って貰っても忘れられないし、消せないし、、、何事も無かった様にして貰うのも、ちょっと違うか、、、】
 賢一、いきなりの春香の謝罪に戸惑う。
 「進学組って私ら就職組を下に見てたじゃん。だから私が上から見られる立場になってやるって思って、進学組の男子を片っ端から寝取ってやったのよ。彼女が居る男子を優先にね。せめてもの反抗よ、私のね。」
 【だからか、、、就職組の男子には手を出さず、頭の良さそうな奴ばっかしとやってたのは、、、、でも、良介とは?】
 「良介とは?、、、付き合ってたんでしょ。」
 「良介はねえ、、、、上手だったの、アレが。他の男子は初心者ばっかしだから良くなかったのよね。でも良介はすっごく上手だったの。」
 「会話とか雰囲気とかですか?」
 「ううん、クンニとか手マン、、、長持ちもするし何回も出来るし、それだけの関係。……やだ、変な事言ってる私。も~、言わせないでよ賢一。」
 「すみません、、、なんか、、すみません。」
 【あんたがあっち方面の話し始めたからじゃん、、、】

 「賢一は今、彼女いるの?その身体だったらモテるでしょ。」
 「いえ、いません。作らなかったっていうか作れなかったっていうか、、、、」
 「自分から行かないの?、今の賢一なら直ぐ落とせそうなのに、、勿体ない。」
 「俺、そういうの苦手っていうか、上手く出来そうにないなって。」
 「そうなんだ、、、、そうだ、賢一はどうやってそんな逞しい身体になったの」
 「俺、東京に出て住んだアパートの隣が、荷揚げ屋のお兄さんがいてその人に誘われたんです。アルバイトしないかって。」
 「荷揚げ屋?、それって何?」
 「建築現場で、資材とか材料とか2階3階へ運び上げる仕事です。セメントとか石膏ボード、鉄筋とか。俺が中学の時、柔道してたって話したら”手伝ってくれって。日当弾むからって。」
 「へえ~、そうなんだ。賢一は何で東京に出たの?」
 「アニメです。キャラクターデザインとかRPGゲームの世界とか作りたくて、専門学校へいく為でした。夜間コースがあって、昼はバイトして行こうって考えてました。」
 「昼働いて夜学校か、、、辛くなかった?」
 「最初は辛かったです。でも3か月もすれば慣れました。土日も働くと晩ごはん奢って貰えて、おかげでこの身体、作れました。」
 「凄いね、賢一って。やっぱ出来る子だったんだ。私なんかと違って、、、、」
 春香が小首を傾げ視線を落とす。色っぽい仕草に見えた。
 【何かあるのか?、、、色々聞いてきて褒めて、、、誘ってるのか、、、弱い自分を見せようとしてる?、守らないとって思わせようとしてる?、、、
  今までそれで男を惑わしてきたんだろうか、、、でも俺はそういうのに慣れてないし、、、あの春香だ。迂闊には近づけない。あの笑い声、蔑みの眼差しが、、、】
 賢一、春香に対する警戒心が強くなる。

 「ねえ、、賢一。私が東京へ行ったら、、、賢一の所へ行って良い?」春香、無理したような笑顔を賢一へ向けた。
 「俺のところへ?、、、、」警戒心の芽生えていた賢一、落ち着いた声で返す。
 「やり直したいんだ、何もかも。」目線を逸らし遠くを見ながら、春香は言った。
 「……無理です。俺、、、受け入れられないです。」暫くの間を置き、賢一返す。
 「……そうだよね。私だもんね、春香だもんね、、、、賢一の事笑って、クラスの男子を食い散らかしてた春香だもんね。嫌だよね。」
 「………….」賢一、何も返せない。
 「ゴメン、忘れて今の。何とか頑張ってみる。逃げないでやり直してみる。じゃあ、、、私帰るね。」
 春香は最後に強がりを言うと、立ち上がり帰ろうと歩き出す。
 「送って行こうか、、、」
 「ううん、良い。大丈夫。」
 春香は歩きながら振り返り、笑みを浮かべながら去って行った。

 【誰かに助けて欲しかったんだろうな。俺でなくてもよかったんだろうな。たまたま俺が居たって事だけだよな。】
 春香の謝罪と求愛とも取れる態度を賢一は受け入れられなかった。
 それに対する申し訳ない気持ちも確かにある。
 しかし昔の事を封印したまま、春香を引き受ける事は出来ない。いずれ、鬱積した怒りが湧いてしまうかもしれない。
 【春香に対し怒りで殴ってしまうかもしれない。そうなったら、、、、俺もお終いだ。】

 賢一も家路についた。

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