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広島協奏曲 VOL.1 竜宮城からのお持ち帰り (8)

 (8) ウブなねんねじゃあるまいし

「二度と来んなっ!このボケがっ!」客を見送りながら、誰にも聞こえない様な声で、悪態をつくおこぜさん。
「どうした?」マネージャーの高橋が後ろからおこぜさんに尋ねる。
「……何でもありません、、、」
「何か言われたか?されたのか?」話さないと許さないとでも言いたそうに、更に尋ねる高橋。
「……」
「接客マニュアルに追記して、皆と共有しないといけないから、話して下さい。」優しく言ってる様で、怖い声の高橋。
「……アナル、、、無理っこ入れようとして、、、止めてくださいって言ったら、逆切れされて、、、その後、何も出来なくなって、お帰り頂きました。」
「……あ~、たまにあるね、、、」
「おこぜちゃんっ。そのあと何も出来ないって、、、らしくないねぇ~。」高橋の後ろから乙姫様が追い打ち。
「すみません、、、」ただただ、謝る。
「ウブなねんねじゃあるまいし、、、プロだろ。しっかりしなさい。ちゃんとあしらいなさい。」
「ハイ。すみませんでした。」

今夜は雨、春の嵐が吹き荒れる。風も強く、一晩中雨の予報。
「こんな日に、来て下さるお客さんは本当は有難いけどね。」外を見ながら高橋がポツリ。
「今日は、ほとんどいらっしゃいませんね~、、、多分、もう来ませんね。」乙姫様がポツリ。
「すみません、、、今日は帰っていいですか?」おこぜさん、やる気が全然湧いてこないので、頼んでみた。
「……良いよ。今日はもう客、来ねえし、来ても他の娘、いるしな。」高橋がおこぜさんをじっと見た後、許可を出す。
「そうね、、、」乙姫様もおこぜさんをじっと見たまま、同意。
おこぜさんは下を見るでなく、空中を見るでなく、心ここにあらずの様に二人には見えた。
「本当にすみません、、、お先に上がらせて頂きます。」ぺこりと頭を下げて、控室に戻るおこぜさん。

「おこぜちゃん、、、辞めちゃうかな?」乙姫様の一言に、高橋は
「多分な、、、誰か好きな奴、出来たのかもな。」
「だろうね、、、しょうが無いわね、、、」
お店としてはおこぜさんが辞める事は痛手になる。そこそこの指名がコンスタントにある。
30歳手前の年齢は、この仕事としては最高潮の時期。後、数年は好調のはず。
しかし、そこは女の子。メンタルな部分が揺れ動くと態度に出てしまう。トラブルも起きうる。
この仕事、技術的な面はもちろんの事、しっかりとした覚悟が無ければ続かない。

錦糸町のバー、まつこ。お店のドアを開ける。
「いらっしゃい、、、」野太い声が店内に響く。往年のアメリカンポップスが静か目に流れている。
イーグルス、ドゥービィーブラザース、ザ、バンドなどなど。
「あら、珍しいわねえ~、一人?、、、お店は?、、、早あがりかぁ~?」ママのまつこが声を掛ける。
「おひさぁ~。今日、外は嵐だし、気分良くないし、飲みたいし、、、」と言いながら、止まり木に腰掛ける。
モスコミュールを頼む。ママが作って目の前に差し出す。
「なんか、あった?。おこぜちゃん。」
「まあねぇ~。この仕事してりゃ何回かあるけどさ、今回は許せなかったんだよね、うち(私)。」
「プロ意識に私情が入っちゃったかな?」
「え~!、、、私情なんか入って無いよぉ~。嫌なものは嫌なの。」
「あしらえばいいじゃん。それが出来なかったんでしょ?、、、私情を入れないのがプロなんだからさぁ。プロ失格じゃん。」
「……そうだよね~、、、どうしちゃったんだろ~、うち、、、」
「へへ、、、ハハハハハっ!決まってんでしょが!男だよ。顔に書いてあるわいさっ!」
「ふへっ!顔に書いてある~?マジックで?筆ペンで?」
「乙女の桃色インク。……ガハハハハっ。目じり下げて瞳孔開いてりゃ、バレバレじゃん!高校生かっつ~の!」
「そうよねぇ~、、、男かぁ~」肩を落とし、カクテルのグラスを見つめる。
「心当たりは?いるんだろ?お客か?プライベートか?仕事、知ってるのか?」矢継ぎ早の口撃にたじたじのおこぜ。いや、今は幸恵。
「……無くは無い、、、でも、もうおしまい、、、、、、、、あっ、いつだっけ?あの人帰るの、、、今日、何日だっけ?」
「帰る?  今日は、3月14日だよ。」
「……どうしよう。」幸恵、心臓がバクバクしてきた。いつ以来だろう?このドキドキは?、、、鞄から携帯を取り出し、黒い画面に浮かび上がった時計を見つめる。
「メールしてみれば。まだ10時だしさ、起きてんじゃないの?」まつこママに背中を押された。
携帯画面をタップし、メッセージを立ち上げ、入力する。
”もう、東京出た?いまなにしてる?”
 カウンターに置いたとたんに、画面に通知が出た。ドキッとした。タップしメッセージを確認する。
”片付け 全部済んだ。不動産屋の立会い夕方済んだ。今、ビール。
 明日朝、布団と鞄を車に積んで出発の予定”
【車で帰るんだぁ~】
”明日には広島?”
”途中 3泊して広島。伊勢、奈良、城崎に泊まる”
「なんだって?その男、どこに居んの?」まつこママ、興味深々。
「まだ、東京に居るって、、、明日、車で帰るって、、、」幸恵、顔がすこし、にやけてきてる。
「……付いてっちゃえば。何処へ帰るか知んないけど、、、気晴らしになるんじゃねっ」
「広島だって、、、途中、3泊してから帰るって、、、」
「あら~、同じじゃん!丁度良いじゃん!あんた帰って無いんじゃないの?ここ何年か。」
「3,4年、帰ってないかも、、、どうしよう、、、」
「どうしようと思った時点で、そうしたいと考えたはずでしょっ。だから、答えは出てます!」まつこママ、キッパリ。
「……そうよね、答え、出てるんだよね。」
幸恵は携帯のメッセージに入力し始める
”うちも帰る。迎えに来て。江戸川区平井3丁目南公園の北側。何時が良い?”
暫く、時が流れる。幸恵は画面を見たまま、モスコミュールを一口。返信が着た。
”朝、8時。平井3丁目南公園の北側。迎えに行きます。”
「よっしゃー!」幸恵のガッツポーズ。
「よかったわねぇ~。ふ~んだっ。……で、お店、どうすんのさ?」
「あっ、考えてなかった、、、ライン入れとこっと。」
”おこぜです。明日から4日間、お休みください。お願いします”
【怒られるだろうなぁ~、、、急な届け出じゃ、、、電話しないとダメだろな、、、】
”了解。来週から頼みます”高橋マネージャーからラインが届いた。
「うわっ!、、、えっ、、、なんで?、、、」
「高橋ちゃん、何だって?、、、良いって?、、、へぇ~案外優しいとこあんじゃん。ひと昔前なら済まされて無いと思うけどね。」
「きっと、乙姫様のお力です。マネージャー、人が変わったって、昔をご存知の方はおっしゃいます。乙姫様が来てからだって。」
「そうよね。乙ちゃんだよね。やっぱね。」
「ほいじゃ、ママ。うち、帰るけん。じゃあね。」幸恵は財布から2千円を出し、カウンターに置いて急いで店を出て行った。
「は~い。毎度~。今度、状況報告、頼んだよ~。」まつこママの野太い声が店に、また、響いた。

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