横断歩道上の赤信号無視横断者(2)
過去に「横断歩道上の赤信号無視横断者」と題して記事を書いたことがある。
今回の記事は、これを別の方向性から説明し、補足するものである。
なお、交通法規の専門家ではないので、正確性は紹介書籍や裁判例検索サイト、さらに正確性を望むなら弁護士相談やお知り合いの警察官との会話などで補完してほしい。
おさらい
前回の記事を簡単におさらいしておく。
前回の記事を要約すると以下となる。
前回の記事では上記の点を、条文を用いて解説した。つまり、法38条2項や3項には「歩行者が赤信号の場合を除く」という除外条件があるが、法38条1項にはその除外条件はないのだから、歩行者が赤信号の場合も含むのだという説明である。
別方向からの説明
ここである刑事裁判、札幌高判昭50.2.13を記す。
これは、過失運転致傷(当時は刑法211条の業務上過失致傷罪)に問われた刑事裁判である。残念ながら、裁判例検索では出てこないようである。手持ちの書籍では『19訂版執務資料道路交通法解説』p.367に記載がある。
事故態様
事故態様は以下のとおりである。
裁判の判決要旨
長い横断歩道であれば、歩行者青信号のうちに横断しきれない横断者の残存は予測できたとみるべきであって、その状況下では「歩行者のいないことが明らかな場合」とはいえないと判示されている。
続けて、「歩行者のいないことが明らかな場合」とはいえない以上は、法38条1項前段の義務が生じると判示されている。加えて、実際に「横断し、又は横断しようとする歩行者がある」ときは、法38条1項後段の義務も生じると判示されている。これらどちらも、たとえ車両側が青信号であっても、である。
横断歩行者残存の予測可能性から「歩行者のいないことが明らかな場合とはいえない」と判断する必要があると記されている。それ以降の、法38条1項前段と後段の話には、信号との関係性に関する特段の事情は考慮されていない。
結局のところ、「歩行者のいないことが明らかな場合」と言えない限り、信号如何にかかわらず、法38条1項前段の義務を負うわけである。また、現に歩行者がいれば、信号如何にかかわらず、法38条1項後段の義務を負うわけである。
自車青信号でも安全速度接近義務が生じるのか
では、自動車青信号で、横断歩道付近に歩行者がいる場合に、法38条1項前段に基づく安全速度接近義務が生じるのかと言えば、そうではない。別の裁判例を記す。こちらも残念ながら、裁判例検索では出てこないようである。
この裁判で言われているのは、以下である。
横断しようとする歩行者は、赤信号に従って横断を差し控えてくれると信頼してよい(信頼の原則)。特別の事情のない限り、信頼の原則が適用される。
赤信号無視横断歩行者の予測義務はない。ただし、前方注視義務は免除されない。
これら二つの裁判の違いが分かるだろうか。
二つ目の判決を踏まえつつ、一つ目の裁判を読み返すと、こうなる。
道幅が広いなどの特別の事情があれば、残存などの理由で、横断しようとする歩行者は赤信号の中を歩いているかもしれない。特別の事情がなければ信頼の原則が適用されるため、「歩行者のいないことが明らかな場合」といえる。他方、特別の事情があり、それが予測可能な範疇であれば、「歩行者のいないことが明らかな場合」とはいえないので、信号に関係なく法38条1項前段は適用される。
赤信号無視横断歩行者の予測義務はないが、前方注視義務は免除されない。そのため青発進のような低速走行の状況なら、通常要求される前方注視義務に従い、残存する横断歩行者の存在には気づくべきである。そして横断歩行者の存在、その発見に伴い、信号に関係なく法38条1項後段は適用される。
そして裁判から外れ、この記事の主題に対して、以下の点を補足しておく。
赤信号を無視してあるいは気づかずに横断する歩行者がいる場合、赤信号に従って横断を差し控えてくれるとは信頼できない、特別な事情が生じているのだから、信頼の原則は適用されない。そのため、信号に関係なく法38条1項前段は適用される。
赤信号を無視してあるいは気づかずに横断する歩行者がいる場合、通常要求される前方注視義務で発見できる限り、発見する義務を負い、発見している以上は信号に関係なく法38条1項後段は適用される。
思ったこといろいろ
予測義務と前方注視義務の区別
ネットのコメントを見ていると、「赤信号無視横断歩行者の予測義務はないが、前方注視義務は免除されない」ということを理解できない人、予測義務と前方注視義務を区別できない人が、どうも多いように思う。
そもそも横断歩道抜きに考えても、交差道路などから飛び出してくる歩行者や車両を発見する程度の前方注視義務は、自車青信号だろうと常に負う。自車青信号だから発見義務も結果回避義務もなく、ぶつかってよいのだとはならないのである。至近距離まで接近していて結果回避可能性がないケースではともかく、そうでない限り、前方注視義務に基づく発見義務と結果回避義務を常に負う。それは青信号でも変わらない。
そしてそのような歩行者や車両を発見後は、事故を回避すべく、ある程度離れていれば減速、ある程度近接していれば一時停止するところまでは、法38条を持ち出すまでもなく当然の話である。
まだ発見できていない相手を、赤信号を無視して飛び出てくるかもしれないと予測し事前対処する義務だけは免除されているというだけに過ぎない。
この違いを理解できない人がどうも多いと感じる。
なお、至近距離まで接近していて事故回避可能性がないケースでも、前方注視義務に基づく発見義務が免除されるわけではない。また、軽微な加害が不可避であっても、重大な加害の回避が可能であれば、その重大な加害という結果の回避義務は負っている。つまり、可能な限り加害を回避し、不可避であっても可能な限り加害を軽減することは義務である。
そして、相手が横断歩行者の場合は、歩行者保護の観点があるため、一時停止義務と通行を妨害しない義務を、追加で課している程度のことである。発見時点である程度近接していれば、事故回避のために一時停止までは当然なので、実際のところ、あとは通行を譲るだけのことである。そんな難しいことは要求されていない。どうもこの感覚に欠ける意見を目にする。
警音器の使用
赤信号に気づかずに横断している可能性を考え、危険なことを行っていると気付かせる目的での警音器使用は認められると思われる。
赤信号であることや自車の接近に気づいていないなら、対向車両や後続車両など他車の接近に気づいていないこともあり得るだろう。他車が横断歩行者に気づいていなければ、減速せずに横断歩道に向かっていくことも考えられる。これを防止する手段は、警音器を使用して注意喚起し、赤信号横断者の横断を思い留まらせるくらいしか思いつかない。
それで横断を思い留まれば、赤信号に従う意思を見せたのだから、「赤信号に従って横断を差し控えるものと期待し信頼」できることになり(信頼の原則)、「歩行者のいないことが明らかな場合」となって、法38条1項は適用されなくなる。横断歩道に車両が到達する前に信号が黄や赤に変わらない限り。
もちろん「邪魔だ退け」的な警音器使用が認められていないのは言うまでもない。横断者が横断を思い留まろうという意思を見せない限りは、「赤信号に従って横断を差し控えるものと期待し信頼」できず、信頼の原則は適用できない。この場合、「歩行者のいないことが明らかな場合」とはいえないため、依然として法38条1項は適用される。
拓一的考え、是々非々
もうひとつ、法38条よりも法7条が優先といった、択一的に物事を見ている意見もよく見るように思う。歩行者は法7条違反であり、自動車は法38条違反という、双方が違反になるということが理解できていない人が多いように思う。
交通の場面に限らず、択一的に物事を見ている、是々非々で物事を考えられない意見をしばしば見る。
この人には悪い側面があるから、その人のやることはすべて悪いはず。
この人にはいい側面があるから、そんな悪いことをしないはず。
騒動の当事者の一方に悪い面があるから、もう一方は良い人のはず。
騒動の当事者の一方に良い面があるから、もう一方は悪い人のはず。
……などである。このように考えるのは適切でない。
これらと同様の話であり、当事者の一方が赤信号を無視しているからといって、もう一方が義務を果たさなくてよいとはならないという話である。
交通の場面では、相手が悪いからといってこちらも悪いことをしてよいとはならない。煽りにしても、車を停車させて警察を呼ぶのが基本である。車ごと押されて田んぼに突き落とされそうになるなどの直接的人身加害の具体的危険性、殺人や傷害の確信的故意が認められるようなケースでやっと、停車で警察を待っていられないという話が出てくる。ましてや信号の青赤程度のいざこざで持ち出す話ではない。
この感覚を持てないような人は、運転適性が乏しいように、個人的には感じる。
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