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横断歩道上の赤信号無視横断者(2)

過去に「横断歩道上の赤信号無視横断者」と題して記事を書いたことがある。

今回の記事は、これを別の方向性から説明し、補足するものである。

なお、交通法規の専門家ではないので、正確性は紹介書籍や裁判例検索サイト、さらに正確性を望むなら弁護士相談やお知り合いの警察官との会話などで補完してほしい。


おさらい

前回の記事を簡単におさらいしておく。

前回の記事を要約すると以下となる。

法38条1項とは、横断歩道上の横断歩行者妨害禁止規定である。

法38条1項は前段と後段に分かれる。前段は「横断しようとする歩行者等がないことが明らかな場合を除き」安全速度接近義務を負う。後段は「横断し、又は横断しようとする歩行者等があるとき」一時停止義務と歩行者の通行を妨げない義務を負う。

法38条1項には、横断歩道側の信号に関する制限はない。そのため、仮に歩行者側の信号が赤信号、車両側が青信号であっても、法38条1項は適用される。

ただし歩行者側が赤信号の場合、信頼の原則により、歩行者は赤信号を守ってくれると信頼してよい。この限りにおいて「横断しようとする歩行者等がないことが明らかな場合」といえるため、法38条1項前段は免除される。

逆に、赤信号に気づかずあるいは赤信号を無視して横断する歩行者がある場合には、信頼の原則は適用されなくなり、法38条1項の前段および後段の義務は適用される。

横断歩道上の赤信号無視横断者 要約

前回の記事では上記の点を、条文を用いて解説した。つまり、法38条2項や3項には「歩行者が赤信号の場合を除く」という除外条件があるが、法38条1項にはその除外条件はないのだから、歩行者が赤信号の場合も含むのだという説明である。

(横断歩道等における歩行者等の優先)
第三十八条
車両等は、横断歩道等に接近する場合には、当該横断歩道等を通過する際に当該横断歩道等によりその進路の前方を横断しようとする歩行者等がないことが明らかな場合を除き、当該横断歩道等の直前(道路標識等による停止線が設けられているときは、その停止線の直前。以下この項において同じ。)で停止することができるような速度で進行しなければならない。

この場合において、横断歩道等によりその進路の前方を横断し、又は横断しようとする歩行者等があるときは、当該横断歩道等の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない。

2 車両等は、横断歩道等(当該車両等が通過する際に信号機の表示する信号又は警察官等の手信号等により当該横断歩道等による歩行者等の横断が禁止されているものを除く次項において同じ。)又はその手前の直前で停止している車両等がある場合において、当該停止している車両等の側方を通過してその前方に出ようとするときは、その前方に出る前に一時停止しなければならない。

法38条1項と2項
横断歩道等や歩行者等は略記

別方向からの説明

ここである刑事裁判、札幌高判昭50.2.13を記す。

これは、過失運転致傷(当時は刑法211条の業務上過失致傷罪)に問われた刑事裁判である。残念ながら、裁判例検索では出てこないようである。手持ちの書籍では『19訂版執務資料道路交通法解説』p.367に記載がある。

事故態様

事故態様は以下のとおりである。

事故態様図
中央線などの状況は厳密には不明

直進予定の事故車両が、赤信号に従って交差点の直前で停止した。交差点は、車両側道路の幅員が36m、交差道路の幅員が12mと、車両側道路がかなり幅広い状況であった。交差点には横断歩道が併設している。

車両が赤信号で停止中、車両から見て直進出口の横断歩道を右から左に、歩行者が青信号に従って横断し始めた。歩行者が横断歩道を中央付近まで横断したところ、歩行者信号は青点滅となり、引き続いて歩行者は横断を続けたが、赤信号になるまでに横断しきれなかった。

その後、車両は青信号に変わったことを見て、周囲の交通とくに横断歩行者の存在に注意せずに発進、直進し、横断しきれずにいた歩行者に約20km/hで衝突し、負傷させた。

19訂版執務資料道路交通法解説』p.367を参考に事故状況を記載
札幌高判昭50.2.13

裁判の判決要旨

 施行令第2条は、歩行者用信号が青色点滅を表示したとき横断中の歩行者は「すみやかに、その横断を終るか、又は横断を止めて引き返さなければならない。」旨規定するが、本件横断歩道の長さに徹すると、たとえ歩行者が、右規定に従って速やかに行動するとしても、右残存者がでることは否定し難いので、対面信号が青色の灯火に変わった直後、ただちに発進する自動車運転者としては、特段の事情がないかぎり、これと交差する本件横断歩道上にいまだ歩行者が残存し、なお横断を続行している可能性があることは十分に予測できたものとみるのが相当であって、このような場合においては、当該横断歩道により自車の前方を横断しようとする歩行者のいないことが明らかな場合とはいえないから、たとえ、被告人が青色灯火の信号に従って発進し、本件交差点に進入したとしても、本件横断歩道の直前で停止できるような安全な速度で進行すべきことはもとより、同横断歩道により自車の前方を横断し、又は横断しようとする歩行者があるときは、その直前で一時停止して、その通行を妨害しないようにして、歩行者を優先させなければならないのである。

19訂版執務資料道路交通法解説』p.367
札幌高判昭50.2.13判決要旨

長い横断歩道であれば、歩行者青信号のうちに横断しきれない横断者の残存は予測できたとみるべきであって、その状況下では「歩行者のいないことが明らかな場合」とはいえないと判示されている。

続けて、「歩行者のいないことが明らかな場合」とはいえない以上は、法38条1項前段の義務が生じると判示されている。加えて、実際に「横断し、又は横断しようとする歩行者がある」ときは、法38条1項後段の義務も生じると判示されている。これらどちらも、たとえ車両側が青信号であっても、である。

横断歩行者残存の予測可能性から「歩行者のいないことが明らかな場合とはいえない」と判断する必要があると記されている。それ以降の、法38条1項前段と後段の話には、信号との関係性に関する特段の事情は考慮されていない。

結局のところ、「歩行者のいないことが明らかな場合」と言えない限り、信号如何にかかわらず、法38条1項前段の義務を負うわけである。また、現に歩行者がいれば、信号如何にかかわらず、法38条1項後段の義務を負うわけである。

自車青信号でも安全速度接近義務が生じるのか

では、自動車青信号で、横断歩道付近に歩行者がいる場合に、法38条1項前段に基づく安全速度接近義務が生じるのかと言えば、そうではない。別の裁判例を記す。こちらも残念ながら、裁判例検索では出てこないようである。

 本件交差点は、信号による交通整理の行われている交差点で被告人の進行方向は、前方青信号を表示していたのであるから、これに従って交差点を直進通過しようとしていた被告人としては、特別の事情のない限り、前方の横断歩道上を横断しようとする歩行者はすべて横断歩道前方の赤信号に従って横断を差し控えるものと期待し信頼するのは当然で、自動車運転者に通常要求される前方注視義務を尽くしつつ運転すれば足り、赤信号を無視しして横断する歩行者のあることまでも予想してこれに対処し得る運転方法を執るまでの義務はない

19訂版執務資料道路交通法解説』p.368
大阪高判昭63.7.7

この裁判で言われているのは、以下である。

  • 横断しようとする歩行者は、赤信号に従って横断を差し控えてくれると信頼してよい(信頼の原則)。特別の事情のない限り、信頼の原則が適用される。

  • 赤信号無視横断歩行者の予測義務はない。ただし、前方注視義務は免除されない

これら二つの裁判の違いが分かるだろうか。

二つ目の判決を踏まえつつ、一つ目の裁判を読み返すと、こうなる。

  • 道幅が広いなどの特別の事情があれば、残存などの理由で、横断しようとする歩行者は赤信号の中を歩いているかもしれない。特別の事情がなければ信頼の原則が適用されるため、「歩行者のいないことが明らかな場合」といえる。他方、特別の事情があり、それが予測可能な範疇であれば、「歩行者のいないことが明らかな場合」とはいえないので、信号に関係なく法38条1項前段は適用される。

  • 赤信号無視横断歩行者の予測義務はないが、前方注視義務は免除されない。そのため青発進のような低速走行の状況なら、通常要求される前方注視義務に従い、残存する横断歩行者の存在には気づくべきである。そして横断歩行者の存在、その発見に伴い、信号に関係なく法38条1項後段は適用される。

そして裁判から外れ、この記事の主題に対して、以下の点を補足しておく。

  • 赤信号を無視してあるいは気づかずに横断する歩行者がいる場合、赤信号に従って横断を差し控えてくれるとは信頼できない、特別な事情が生じているのだから、信頼の原則は適用されない。そのため、信号に関係なく法38条1項前段は適用される。

  • 赤信号を無視してあるいは気づかずに横断する歩行者がいる場合、通常要求される前方注視義務で発見できる限り、発見する義務を負い、発見している以上は信号に関係なく法38条1項後段は適用される。

思ったこといろいろ

予測義務と前方注視義務の区別

ネットのコメントを見ていると、「赤信号無視横断歩行者の予測義務はないが、前方注視義務は免除されない」ということを理解できない人、予測義務と前方注視義務を区別できない人が、どうも多いように思う。

そもそも横断歩道抜きに考えても、交差道路などから飛び出してくる歩行者や車両を発見する程度の前方注視義務は、自車青信号だろうと常に負う。自車青信号だから発見義務も結果回避義務もなく、ぶつかってよいのだとはならないのである。至近距離まで接近していて結果回避可能性がないケースではともかく、そうでない限り、前方注視義務に基づく発見義務と結果回避義務を常に負う。それは青信号でも変わらない。

そしてそのような歩行者や車両を発見後は、事故を回避すべく、ある程度離れていれば減速、ある程度近接していれば一時停止するところまでは、法38条を持ち出すまでもなく当然の話である。

まだ発見できていない相手を、赤信号を無視して飛び出てくるかもしれないと予測し事前対処する義務だけは免除されているというだけに過ぎない。

この違いを理解できない人がどうも多いと感じる。

なお、至近距離まで接近していて事故回避可能性がないケースでも、前方注視義務に基づく発見義務が免除されるわけではない。また、軽微な加害が不可避であっても、重大な加害の回避が可能であれば、その重大な加害という結果の回避義務は負っている。つまり、可能な限り加害を回避し、不可避であっても可能な限り加害を軽減することは義務である。

そして、相手が横断歩行者の場合は、歩行者保護の観点があるため、一時停止義務と通行を妨害しない義務を、追加で課している程度のことである。発見時点である程度近接していれば、事故回避のために一時停止までは当然なので、実際のところ、あとは通行を譲るだけのことである。そんな難しいことは要求されていない。どうもこの感覚に欠ける意見を目にする。

警音器の使用

赤信号に気づかずに横断している可能性を考え、危険なことを行っていると気付かせる目的での警音器使用は認められると思われる。

赤信号であることや自車の接近に気づいていないなら、対向車両や後続車両など他車の接近に気づいていないこともあり得るだろう。他車が横断歩行者に気づいていなければ、減速せずに横断歩道に向かっていくことも考えられる。これを防止する手段は、警音器を使用して注意喚起し、赤信号横断者の横断を思い留まらせるくらいしか思いつかない。

(警音器の使用等)
第五十四条
2 車両等の運転者は、法令の規定により警音器を鳴らさなければならないこととされている場合を除き、警音器を鳴らしてはならない。ただし、危険を防止するためやむを得ないときは、この限りでない

道路交通法54条2項

それで横断を思い留まれば、赤信号に従う意思を見せたのだから、「赤信号に従って横断を差し控えるものと期待し信頼」できることになり(信頼の原則)、「歩行者のいないことが明らかな場合」となって、法38条1項は適用されなくなる。横断歩道に車両が到達する前に信号が黄や赤に変わらない限り。

もちろん「邪魔だ退け」的な警音器使用が認められていないのは言うまでもない。横断者が横断を思い留まろうという意思を見せない限りは、「赤信号に従って横断を差し控えるものと期待し信頼」できず、信頼の原則は適用できない。この場合、「歩行者のいないことが明らかな場合」とはいえないため、依然として法38条1項は適用される。

拓一的考え、是々非々

もうひとつ、法38条よりも法7条が優先といった、択一的に物事を見ている意見もよく見るように思う。歩行者は法7条違反であり、自動車は法38条違反という、双方が違反になるということが理解できていない人が多いように思う。

交通の場面に限らず、択一的に物事を見ている、是々非々で物事を考えられない意見をしばしば見る。

  • この人には悪い側面があるから、その人のやることはすべて悪いはず。

  • この人にはいい側面があるから、そんな悪いことをしないはず。

  • 騒動の当事者の一方に悪い面があるから、もう一方は良い人のはず。

  • 騒動の当事者の一方に良い面があるから、もう一方は悪い人のはず。

……などである。このように考えるのは適切でない。

これらと同様の話であり、当事者の一方が赤信号を無視しているからといって、もう一方が義務を果たさなくてよいとはならないという話である。

交通の場面では、相手が悪いからといってこちらも悪いことをしてよいとはならない。煽りにしても、車を停車させて警察を呼ぶのが基本である。車ごと押されて田んぼに突き落とされそうになるなどの直接的人身加害の具体的危険性、殺人や傷害の確信的故意が認められるようなケースでやっと、停車で警察を待っていられないという話が出てくる。ましてや信号の青赤程度のいざこざで持ち出す話ではない。

この感覚を持てないような人は、運転適性が乏しいように、個人的には感じる。


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