危険運転 神戸地裁 令5.10.27
あるYoutube動画で取り上げられていた交通事故裁判、神戸地裁令5.10.27について思うことをまとめた。当方がYoutube動画でコメントした内容を中心に、記事様にまとめなおしたものとなる。
なお、交通法規の専門家ではないので、正確性は紹介書籍や弁護士サイト、さらに正確性を望むなら弁護士相談などで補完してほしい。
まとめ
先に感想をまとめる。
危険運転の適用、司法判断は妥当と考える。
報道機関の姿勢には疑問を感じる。
事故現場
事故現場のGoogleMapを以下に示す。
兵庫県尼崎市での事故。東西に走る山陽新幹線の両側を一方通行道路が走っている。また、それに交差するように南北に小道が走っている。事故は、これらの道路の北側の交差点で発生した。
ワゴンタイプの車両が、一方通行道路を約60m後退し、16km/hで当該交差点に後退で進入。自転車に気付かずに衝突、死亡させたというもの。
危険運転の該当性
今回の事故は、危険運転と認定されている。この点に関する法令を確認する。
今回の事故態様に対する危険運転適用は、通行禁止道路類型によるもの。一方通行道路を後退しており、これが一方通行道路での逆走と判断されている。なお裁判上は、一方通行道路での逆走よりも、「重大な交通の危険を生じさせる速度」の該当性が争点となっている。
これらを掘り下げて確認する。
逆走は通行禁止道路類型か
これが該当することは、自動車運転死傷処罰施行令2条2号に記されている。
施行令内の「法第二条第八号」は、通行禁止道路類型を意味する。
一方通行道路での後退は逆走か
まずは一方通行道路ではなく、片側1車線道路を想定して考える。
後退の扱いに関連する解説が『18‐2訂版執務道路交通法解説』に記されている。同書のP.187とP.255を記す。
イメージを図示すると以下のようになる。
一時的な後退であれば、通行方向は北向きのまま維持される。しかし、後退を継続すると、通行方向が南向きに変わる。通行方向が南向きに変わると、南向き方向に対して左側通行する必要がある。
ここまで片側1車線道路を考えた。一方通行道路もこれと同じ状況になる。ただし、一方通行道路の場合、後退方向に向かうことのできる車線はない。そのため、通行方向が変わった時点で、それ以上後退を継続できなくなる。
どの程度の後退を続けると、通行方向が後退方向に変わるのだろうか。書籍では前記のとおり、P.187「17条4項、通行区分」の説明では約100mと記しながらも、P.255「25条の2第1項、横断の禁止」の説明では「固定的、一義的に決めることは困難」と記している。ネット上では、38.8mで逆走を認定した裁判例があると記しているサイトもある。
個人的には、限定的なケース以外は逆走と考えるのが自然と思う。限定的なケースには、以下のようなものを想定する。
・前進方向への通行に含まれる、一時的後退といえるもの
・鋭角の切り返し
・近接障害物避譲
・スイッチバック
・駐停車時や発進時に発生する、一時的後退といえるもの
・路外施設入出庫
・路上駐停車、たとえば縦列駐車など
・荷物の積み下ろしに伴う位置調整、土砂運搬等がありがち
そして、今回の事故における60mの後退は、ここに記したような一時的な後退を超えるもの、逆走だと思う。そのため、一方通行道路における逆走と認定したことを支持する。
約16km/hの後退は「重大な交通の危険を生じさせる速度」か
「重大な交通の危険を生じさせる速度」という表現は、8号の通行禁止道路類型だけでなく、7号の殊更赤信号無視類型でも用いられている。これらは同様の扱いとされている。例えば下記の書籍で解説されている。
「重大な交通の危険を生じさせる速度」はすでに過去の裁判で解釈されている。東京高裁平16.12.15の法的解釈が分かりやすいと思う。以下に記す。ただし、今回の事故とは異なり、殊更赤信号無視類型である点に注意して読む必要がある。
重大な事故の惹起や回避困難がポイントとなる。これを踏まえたうえで、今回の事故報道を見てみる。
今回の事故は、16km/hの速度で一方通行道路をバックで走行するというものだった。裁判ではこれを、「バックの場合、見通しは前進の場合とは比べものにならないほど悪く、後方を通行する人などを見落とす可能性がある。時速16キロとはいえ人と衝突すれば大きな事故につながる速度にあたる」という理由で「重大な交通の危険を生じさせる速度」と判断した。
先の裁判例、東京高裁平16.12.15に沿った表現で言い換えるとこうなる。見通しがきわめて悪いため、後方を通過する歩行者や自転車を見落とす可能性があり、そのような場合に重大な事故を惹起することになると一般的に認められる速度。そのように判断されたといえる。
個人的見解。一般道で交差点にバックで進入する行為は、対歩行者あるいは対自転車の事故が十分あり得ると言える。このような状況下でのバック走行は、徐行を超える速度、すぐに停まれると言えない速度なら「重大な交通の危険を生じさせる速度」と考える。そのため、今回の裁判結果を支持する。
法解釈のまとめ
危険運転の一類型に、通行禁止道路類型がある。
一方通行道路における逆走は、この類型に含まれる。
一方通行道路におけるバック走行も、一定以上続けると逆走と扱われる。今回の60mのバック走行は、逆走と判断された。
バック走行で16km/h程度であれば、「重大な交通の危険を生じさせる速度」と判断される。
逆走と「重大な交通の危険を生じさせる速度」の成立により、通行禁止道路類型の危険運転が成立する。
どのように行動すべきであったか
どこに向かうつもりであったかは分からないものの、そのまま前進し、次の交差点で右左折して目的地に向かうべきといえる。
今回の事故では、約60mも後退したという。仮に5m程度の短い後退ならどうだろうか。交差点を越えてすぐに間違いに気付いたような場合など。逆走と判断される可能性はあっても後退したくなるかもしれない。
ただしそのような場合でも、ハザードランプをつけて、極めて微速ないしは徐行する、同乗者がいるなら車から降りて後方の安全確認を同乗者に行ってもらう、これらのようなより安全な方法を採り得たようには思う。
2022年5月以降の新車には、後退時車両直後確認装置、バックカメラ等の装備が義務付けられているという。今回の車両はワゴンタイプ。荷物の積載状況は分からないものの、後方を確認しづらい状況にあったのかもしれない。バックカメラ等の設置義務化により、事故が起こりにくくなることを願う。
量刑
量刑判断に対する私見
今回の裁判では、求刑懲役5年に対して懲役2年6月の実刑となった。『裁判例にみる交通事故の刑事処分・量刑判断』P.226の表5を見る感じでは、おおよそ妥当な範囲と見る。
表5の致死例はいずれも懲役5年以上。しかし、いずれも危険運転致死以外に轢き逃げや同種前科がある。これらの量刑よりは軽くても妥当と見る。
また、表5の致傷例の重いものを見ると、加療6か月や1年以上のものに、懲役2年6月、執行猶予がついている。今回の判決も懲役2年6月ではあるものの、執行猶予はつかなかった。致死の結果を受けたものといえるように思う。書籍の以下文面が、今回にも適用されたといえると思う。
なお、交通事故の量刑は総じて軽いのではないかという点は、今回の記事では触れない。別記事で触れることになるかもしれない。
報道
報道記事に思うこと
報道記事を見るに、危険運転の類型を詳しく説明することもなく、通行禁止道路類型にもかかわらず速度面を大きく取り上げることに疑問を感じる。
通行禁止道路類型の場合、よほどの微速や徐行でない限り「重大な交通の危険を生じさせる速度」の要件を満たす。今回は、最高裁平18.3.14で認定されている20km/hよりもやや遅い速度だったこともあって、争点になっていたのだと思う。そうでもない限り、通行禁止道路類型の危険運転成否において、速度が問題となることはほとんど考えられない。
一部の報道メディアの論調は、こうある。
「時速16キロでも『危険運転致死』認定」
こんなに低い速度でも危険運転が認定された。じゃあ194km/hは危険運転認定されないのか?そんな言葉が聞こえるように思う。そうでないかぎり「でも」という言葉を使う理由がない。
このような中途半端な解説が、国民の誤解に繋がる。
高速度類型で問われる速度は「進行を制御することが困難な高速度」、今回の通行禁止道路類型で問われる速度は「重大な交通の危険を生じさせる速度」、条文上もまったく表現の異なるもの。
一部の報道メディアは、それらを区別せず無頓着に扱う。
NHK報道記事の教授コメントに思うこと
NHKの報道記事では、松宮氏の意見を取り上げている。
氏は、もとより危険運転には否定的意見だったと思う。『刑法各論講義 第5版』という書籍を著している。この書籍を持っているわけではないものの、この第3版の補遺PDFを読む限り、危険運転に否定的意見であることが伺える。
「本罪の前提となる危険運転行為が、必ずしも暴行とはいえないにもかかわらず、 危険な運転行為を認識しているという理由で、故意犯とされ、過失致死傷罪ではなく傷害致死傷罪に準じたものとして重い法定刑が定められている」という点を、「自動車による故意のない結果犯を特別扱いする規定を設けるのは、法の下の平等 (憲法14条1項)からみても疑義がある」などのように批判的に取り扱っている。
今回の判断、個人的には「重大な交通の危険を生じさせる速度」の従来の解釈を変えるものではないと思っている。その意味において、記事中にある氏のコメント「この罪の適用範囲が広がるという印象を与えるのではないか」という評価は妥当でないように思う。そのような印象を与えているのだとしたら、それは、こういう専門家であり、それを報じるメディアによるものだと思う。
また、記事中にある氏のコメント「徐行に近い時速16キロ」「被告の運転がこの罪にあたるほど悪質で危険だったのかという点については疑問に思う」などは、危険運転への否定的考えゆえの意見のように思える。
徐行といえば、よく言われるのは10km/h未満。徐行は絶対的速度を指す言葉ではないので、本来は正しくはない。ただ、その目安に比べて16km/hは相当高速といえる。この16km/hに対して「徐行に近い」などと言う感覚には、個人的には同意しない。
「悪質で危険だったのか」というと、そうだろうと思う。仮に違法の逆走バックを行うとしても、ハザードのうえ、微速あるいは徐行で後退していれば、事故には至らなかっただろうと思う。それに比して十分に悪質で危険と感じる。これまた、個人的には同意しない。
最後に。報道メディアは、氏のような危険運転に否定的な意見を持つ人を、高速度類型危険運転の解説のときには呼ばないように見える。こういったところに、報道メディアの不公平さや醜悪さが垣間見える。
報道リンク
朝日新聞デジタル
日本経済新聞
時事通信
NHK
神戸新聞
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