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死刑制度廃止後の代替刑

まず、死刑制度存置の立場と記しておく。しかし、犯罪人引渡条約との関係で、死刑制度廃止に意味があるかもと思って調べた結果をまとめた。

この記事内には、当方の死刑制度存置/廃止の考えは極力省くこととした。論点整理、どのような観点が問題となり得るか、それをまとめたものと捉えていただきたい。ただし、死刑制度そのものの是非というより、死刑制度廃止後にどのような法制となるかという視点が中心となっている。

なお、法の専門家ではないので、正確性に欠ける素人の感想と捉えてほしい。正確性を求める場合は紹介書籍や日弁連PDF原典や弁護士サイトや弁護士相談などで補完してほしい。


観点

死刑制度廃止の理由

死刑制度廃止の理由のひとつは、各種人権宣言や条約に基づくものだと思う。これらには、残虐な、非人道的な、屈辱的な、品位を傷つけるといった刑罰を禁止する規定がある。

何人も、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは屈辱的な取扱若しくは刑罰を受けることはない。
注:(拷問)又は((残虐な|非人道的な|屈辱的な)(取扱|刑罰))

世界人権宣言 第5条

何人も、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰を受けない。特に、何人も、その自由な同意なしに医学的又は科学的実験を受けない。
注:(拷問)又は((残虐な|非人道的な|品位を傷つける)(取扱い|刑罰))

市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約) 第7条

……、何人も拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰を受けないことを定めている世界人権宣言第五条及び市民的及び政治的権利に関する国際規約第七条の規定に留意し、……

拷問等禁止条約 前文

以下で単に残虐な刑罰と記しているところ、非人道的な、屈辱的な、品位を傷つける、これらすべてを含んでいると読んでほしい。

死刑制度廃止理由の掘り下げは、これ以上はこの記事では行わない。冒頭に記したとおり、死刑制度廃止後にどのような法制となるかという視点を中心としているため。

死刑と代替刑

死刑や、死刑制度廃止後の代替刑の候補を記す。
この記事では、以下の番号で略記している。

①死刑
②仮釈放のない無期刑、終身拘禁刑
③寿命に比して極めて長い有期刑
④最低拘禁期間が定められた仮釈放のある無期刑

現行法制および現行運用における無期刑は、④に近い。最低拘禁期間という言葉は、日弁連の2010年12月17日の意見書に記されたフランス法制の説明から拝借している。日本の法制における、仮釈放の開始期間がこれに相当する。『新コンメンタール憲法第2版』p.61には法定期間という言葉があるが、意味を掴みやすい最低拘禁期間を、この記事では用いることとした。

現行法制では、最低拘禁期間が10年(刑法28条)となっている。

(仮釈放)
第二十八条 懲役又は禁錮に処せられた者に改悛の状があるときは、有期刑についてはその刑期の三分の一を、無期刑については十年を経過した後、行政官庁の処分によって仮に釈放することができる

刑法28条

しかし運用上、最低拘禁期間は30年とされている。30年という期間は、法務省のサイトに説明がある。30年の経過ののち、認められなかった者は約10年おきに仮釈放審理を再度行うこととなる。以降では、再審間隔という言葉で表すことにする。

(1)無期刑受刑者について、刑の執行が開始された日から30年が経過したときは、1年以内に仮釈放審理を開始(平成21年4月1日より前に、刑の執行が開始された日から既に30年が経過していた無期刑受刑者については、平成24年3月31日までに、審理を開始。)。

(2)上記(1)による仮釈放審理の対象とされ、仮釈放を許す旨の決定がされなかった無期刑受刑者について、その者に係る最後の仮釈放審理の終結の日から10年が経過したときは、1年以内に仮釈放審理を開始。

法務省:無期刑受刑者の仮釈放の運用状況等について

最低拘禁期間=30年は、有期刑の最長が30年というところから来ていると思う。無期刑の仮釈放が、より軽い刑であるはずの有期刑の満期よりも短くなることがあってよいのかという理由で30年になっているのだと思う。

(有期の懲役及び禁錮の加減の限度)
第十四条 死刑又は無期の懲役若しくは禁錮を減軽して有期の懲役又は禁錮とする場合においては、その長期を三十年とする
 有期の懲役又は禁錮を加重する場合においては三十年にまで上げることができ、これを減軽する場合においては一月未満に下げることができる。

刑法14条

残虐な刑罰に対する共通認識

人によって、①②③のどれが残虐か、どれも残虐でないか、どのように考えるかは異なる。残虐な刑罰への共通認識がない者同士では、話は嚙み合わないと思う。

②終身拘禁刑や③寿命以上の長期刑は、①死刑よりも非人道的という意見もある。①②③のいずれも社会復帰できない。社会復帰の希望なく、①命を絶たれる死刑、②③寿命尽きるまで隔離される拘禁刑。どちらがより非人道的かというのは難しい話かもしれない。

死刑の代替刑

①②③すべてを残虐な刑罰と考える者、
さらには前節のように②③は①死刑よりも非人道的だと考える者は、
死刑制度廃止後の代替刑には④仮釈放のある無期刑を期待するだろう。

それが死刑制度存置の立場の者に受け入れられるかは疑問がある。

現行制度で死刑と扱われる者に、新制度では仮釈放が許され、社会復帰の余地がある扱いとなる。このような制度変更が、死刑制度存置の立場の者に受け入れられるかは疑問を感じる。

犯罪人引渡条約

日本が犯罪人引渡条約を締結している国は少ない。日本に死刑制度が残っており、死刑制度が残虐な刑罰であるため、締結できない。このような話を聞いたことがある。記事冒頭に記した、この記事をまとめた理由である。

日本が死刑制度を廃止し、代替刑に②③を選んだとする。

死刑制度の代替刑に④を選んだ国は、代替刑に②③を選んだ日本と、犯罪人引渡条約を締結しようとするだろうか。
②③を残虐と考えている国は、②③の刑を科すこともあり得る国に、犯罪人を引き渡してもよいと考えるだろうか。

犯罪人引渡条約と死刑制度の関係を、そこまで考えている一般国民はどの程度いるだろうか。

犯罪人引渡条約:代替刑④

そもそも死刑制度の代替刑に④を選んだ国はあるのか。ある。

死刑制度の代替刑に④を選んだ国の例には、ドイツやフランスがある。情報がやや古いところ、2008年11月18日に日弁連が提出した意見書に、以下の情報がある。

5 諸外国の実情
(1)ドイツ
……
……,1981年から,保護観察のための残刑の執行停止(仮釈放が終身自由刑受刑者に対しても導入されるようになった。
……
(2)フランス
……
……,特別法でこの保安期間を無制限とすることも可能にして,事実上の終身刑の導入も図ったただし,刑の言渡し後30年を経過したときは,5名の破棄院判事により構成される委員会が3名の精神医学者により構成される鑑定団の意見を聴取して重罪院の決定を止めることができるとしている。

「量刑制度を考える超党派の会の刑法等の一部を改正する法律案(終身刑導入関係)」
に対する意見書

2008年11月18日

こうした国から見ると、②仮釈放のない無期刑で、減刑の余地がない法制の国に、犯罪人を引き渡してもよいと考えるかは疑問な気がする。

仮釈放の可能性を残した終身拘禁刑

日弁連が提言している一番新しいものでは、死刑の代替刑に②終身拘禁刑を考えている。終身拘禁刑には仮釈放の可能性がない。しかし減刑手続制度を設けることで、無期刑に減刑する余地を残すという制度となっている。

第1 提言の趣旨
1 死刑制度を廃止し、死刑に代わる最高刑として終身拘禁刑を創設することを提言する。
2 終身拘禁刑とは、……、刑法第28条(仮釈放)の適用のない終身の拘禁刑とする。
3 終身拘禁刑に処せられた者についても、改悛の状が顕著に認められるなど一定の要件を充足する受刑者については、その刑を仮釈放制度の適用のある無期拘禁刑に減刑する特別手続(以下「特別減刑手続制度」という。)を新たに創設することを提言する。
4 3で創設を提言する終身拘禁刑受刑者の「特別減刑手続制度」の具体的制度設計については、……、下記のような方向性での検討を提案する。
 ……
 (3)「特別減刑手続申立までに必要な期間(以下「特別減刑申立必要期間」という。)」は、15年又は20年とすべきである。
 ……
……

死刑制度の廃止に伴う代替刑の制度設計に関する提言
2022年11月15日

前節のフランスの法制に近い形だろうか。減刑手続制度を設けることで、更生による社会復帰の可能性が生じることになる。

厚生による社会復帰の可能性があれば、本当に厚生しているかを適正に評価できるのか、改悛なく社会復帰することがないのか、その懸念が観点となりそうに思う。

無期刑

日弁連は、死刑制度だけでなく、無期刑についても法制あるいは運用の変更を主張している。それによると、最低拘禁期間=10年~15年、再審間隔=3年以内というものを求めている。

意見の趣旨
2 無期刑受刑者に対する仮釈放審理の適正化を図るため,次の改革を行うこと。
(1)服役期間が10年を経過した無期刑受刑者に対しては,その期間が15年に達するまでの間に初回の仮釈放審理を開始し,その後は1~2年ごと,長くとも3年以内の間隔で定期的に仮釈放審理の機会を保障すること。

無期刑受刑者に対する仮釈放制度の改善を求める意見書
2010年12月17日

意見書がやや古く感じられるところ、比較的近年でもその考えを維持していることが分かる。

第1 提言の趣旨
5 無期懲役・禁錮刑については、仮釈放制度(刑法第28条)の適用があるにもかかわらず事実上終身刑化している状況にあることを、当連合会は2010年12月17日付け「無期刑受刑者に対する仮釈放制度の改善を求める意見書」で指摘したが、現在においても一向に改善されていない。したがって、終身拘禁刑の創設とは別に、無期拘禁刑受刑者の仮釈放の運用に対しては、同意見書で当連合会が提言した数々の抜本的な制度の改善を直ちに行うことを、改めて強く求める

死刑制度の廃止に伴う代替刑の制度設計に関する提言
2022年11月15日

日弁連の提言まとめ

死刑と無期刑の両方を合わせて、日弁連の提言をまとめると以下のようになる。

死刑 → 終身拘禁刑
 → 服役15年~20年経過すると、特別減刑申立が可能
 → 特別減刑が適用されると無期刑(最低拘禁期間=10年~15年)
 → 最低拘禁期間を経過しているため、即座に仮釈放もあり?
無期刑(最低拘禁期間=30年) → 無期刑(最低拘禁期間=10年~15年)

日弁連の提言要約
+そこからの類推

気になるところが2点ある。

上でも説明しているところ、現行運用での無期刑の最低拘禁期間=30年は、有期刑の最長が30年というところから来ていたと思う。無期刑の仮釈放が、有期刑の満期よりも短くなることがあってよいのかという理由で30年になっていたと思う。これが社会に受け入れられるかという点が1点目。

(有期の懲役及び禁錮の加減の限度)
第十四条 死刑又は無期の懲役若しくは禁錮を減軽して有期の懲役又は禁錮とする場合においては、その長期を三十年とする
 有期の懲役又は禁錮を加重する場合においては三十年にまで上げることができ、これを減軽する場合においては一月未満に下げることができる。

刑法14条

終身拘禁刑の減刑制度適用が服役15年~20年であり、即座あるいは早期に釈放となれば、有期刑の最長30年よりも短い期間で、仮釈放されることもあるように思う。従来、死刑と扱われていた者が、有期刑の最長30年よりも短い期間で社会に復帰することもあり得る。無期刑の仮釈放だから、生涯保護観察付き、とはいえである。これが社会に受け入れられるかという点が2点目。

無期刑者が有期刑者の満期よりも短い期間で仮出所する可能性があること、従来の死刑制度適用者が有期刑者の満期よりも短い期間で仮出所する可能性があること、それらを理解しておきたい。

死刑制度の代替刑を考えるうえで、現行の無期刑をどのように扱うか、有期刑の最長との長短、特別減刑申立必要期間との長短、これらの点も併せて考えたい。

少年法

少年法における死刑の緩和規定は、児童の権利に関する条約に合致する規定となっている。これは、『少年法第2版』p.356で記されている。

犯罪行為の時点で18歳未満であった者に対しては、死刑を科すことはできない。死刑を持って処断すべき場合には、無期刑が言い渡される(少51条1項)。我が国も批准している児童の権利に関する条約では、犯行時18歳未満の少年に対する死刑を禁止しており(37条(a))、本規定はこれに合致するものである。

少年法第2版』p.356

(死刑と無期刑の緩和)
第五十一条 罪を犯すとき十八歳に満たない者に対しては、死刑をもつて処断すべきときは、無期刑を科する
 罪を犯すとき十八歳に満たない者に対しては、無期刑をもつて処断すべきときであつても、有期の懲役又は禁錮を科することができる。この場合において、その刑は、十年以上二十年以下において言い渡す。

少年法51条

第37条
締約国は、次のことを確保する。
(a) いかなる児童も、拷問又は他の残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰を受けないこと死刑又は釈放の可能性がない終身刑は、十八歳未満の者が行った犯罪について科さないこと

児童の権利に関する条約 37条(a)

死刑の代替刑に②終身拘禁刑を設ける場合でも、未成年者には②を適用することはないことになる。④仮釈放のある無期刑ということになる。②終身拘禁刑を創設することで、②と④が明確に区別されることになる。

前節の日弁連の主張と合わせると、最低拘禁期間を成人と同じとするか変えるかという点が、観点となりそうに思う。

最後に

死刑制度の存置や廃止を考えるうえで、知っておく必要があるだろうことをまとめた。冒頭に記したとおり、死刑制度廃止後の代替刑を中心に考えている。そのため、ここに記していない、知っておく必要があることも他にあるだろうと思う。

死刑制度廃止の立場の者が、上に記したことへの理解、上に記した観点へのしっかりした考えを持ったうえで廃止と考えているのか、それらにはやや疑問に感じるところがある。

もっとも、死刑制度存置の立場の者は、以下の点についてしっかりとした考えを持つ必要もあるだろうと思う。

第六条
2 死刑を廃止していない国においては、死刑は、犯罪が行われた時に効力を有しており、かつ、この規約の規定及び集団殺害犯罪の防止及び処罰に関する条約の規定に抵触しない法律により、最も重大な犯罪についてのみ科することができる。この刑罰は、権限のある裁判所が言い渡した確定判決によってのみ執行することができる。
6 この条のいかなる規定も、この規約の締約国により死刑の廃止を遅らせ又は妨げるために援用されてはならない

世界人権宣言 第6条

ここで取り上げなかった点に少し触れる。

無期刑がらみでは、最高検マル特無期通達と呼ばれる問題も気になる。終身拘禁刑にも絡むものであるところ、調べてもよく分からなかったため、省くこととした。終身拘禁刑が導入されれば、マル特無期は終身拘禁刑にあたるように思う。しかし、仮釈放の可能性がない終身拘禁刑は、残虐な刑罰や犯罪人引渡条約の観点では解決策とはならないことは、すでに記したとおり。

また、刑務所内の老々介護問題も気になる。しかし、この記事は死刑制度を中心としているため、省くこととした。脳機能の低下により、自身の罪に対する改悛が期待できず、再犯の可能性にも乏しい状況にある者を、刑務所内に引き続いて留めておく必要性には疑問を感じる。ましてや無期刑となればなおさらである。これはまた別の機会でまとめるかもしれない。


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