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4/26 日記


『ネコを信じる者は救われる』


まだ体内に残るアルコールに頭がふわふわしながらも人混みに揉まれながら駅に向かった。今日は華の金曜日。飲食店は何処も混んでいたし、街は人で溢れ返ってる。正直その場に居るだけで気疲れしてしまう。早く帰って暖かい布団に包まれて眠りに就きたかった。でもあと一箇所、寄り道をしてから。


日本でのマナーに一ミリも構う気のない観光客が写真を撮る為に交差点のど真ん中で足を止めては行く道を何度も塞いできた。「邪魔だなあ」と、思っていても何も言わずにただ黙々と歩みを続けた。顔には出てしまっていたかもしれない。潔く家に帰る最短ルートを通れば良かったのに、心底面倒だと思っていたのに、そこに居るかどうかなんて分かりっこないのに、動く足を止められなかった。ただそこに居るのか居ないのか、それだけを確かめたかった。


交差点を過ぎて少し広がった場所を不審がられない程度にきょろきょろしていると、「居るよ」と付き添い人に優しく声を掛けられて指差された方を向いた。本当に、居た。つい二時間ほど前までガラス越しに見ていた飛びきり可愛くおめかしした君。月並みな表現だけど、君を見つけた瞬間、ほんの一瞬の間、何もかも止まったように思えた。勿論周りの人達は動き続けるし、足音やら話し声やらで騒音塗れで最悪な環境だ。それでも暫く足を止めて、見つめていた。見つめざるを得なかった。そういう魔法にかけられていた。


どんなに大金叩いても買えなさそうな、ショーケースの中に大切に飾られていたビスクドールが、ゴミだらけの汚い街に一人ぽつんと可憐に咲いていた。臭くて煩くて醜い街で、ただ君一人だけが綺麗に輝いて見えた。力も金も無い僕が君にしてあげられることなんて、悲し過ぎて涙が出てくるほど何も無い。ただその美しさを出来る限り長く享受していたいという下賎な欲求を満たすだけ満たして、地下へと降りた。

臆病な性格ながらも、時々欲張って樹の高い所に成った果実を一度で良いから口にしたくて、手を伸ばしそうになる衝動に駆られる。けれども、齧った瞬間に弾け出る甘味に溺れれば最期。禁忌を侵した罪で楽園から追放されてしまう。そんな終わり方は絶対嫌だ。この物語の終わり方は僕が決める。最高の瞬間で幕を閉じるんだ。


糸冬 存

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