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・・・への扉

「あれっ。」
俺は思わずブレーキを握り、自転車を止めた。

学校へ向かう途中、いつもの緩いカーブを曲がった先にそれはあった。

六月も下旬、梅雨のじめっとした朝のことだ。田んぼや雑木林が混じるあたりを抜け、ゆるく下りながら左にカーブする国道。国道を渡って右側にはまだ田んぼが広がり、その田んぼの先、自転車で十分ほど走れば海もある。

そんないつもの道のカーブを曲がると、百メートルほど先にでかい真新しい看板が立っていたのだ。
この間までは色あせた全国チェーンのスポーツジムか何かの看板が、その向こうに広がるごちゃごちゃした町の風景に溶け込んでいたはずだ。

思わず自転車を止めてしまった俺は
「なんだよ。」
と、小さく口の中でつぶやき、すぐ自転車をこぎ始める。
小さな苛立ちが心の中に生まれてくる。
自転車で近付くとそいつは頭上にそびえるように迫り、俺は太い支柱の横を走り過ぎながら
「浮きまくりじゃねーか。」
と小さく吐き捨てる。

そして看板の先に広がる、ごちゃごちゃした町のはずれにある高校へと、俺も吸い込まれていく。


七月に入っても天気は相変わらずうっとうしい。
広がる田んぼの稲は膝より高くなり、ツバメはその上を低く飛んでいる。
湿気が朝から体にじわっと染み込む中、学校に行くたびにちらっと眼に入る看板をできるだけ無視して、それでも毎日小さな苛立ちがよぎる。

今年は八月になるまで夏休みは来ない。
三月から五月まで学校が休みだったせいだ。夏休みに入っても学校の夏期講習だのがあるし、気合の入っていた夏の大会も合宿も全部流れた。
いつものやつらと
「今年の夏はどうするよ。」
なんていう話になっても、
「うーん・・」
とか
「様子見だな。」
とかグダグダ言っているうちに話はうやむやになる。

学校では夏期講習の日程が配られ、提出期限の日には希望教科の申し込みを仕方なく提出した。

そんな翌日。
その日は久しぶりに朝から晴れ上がり、学校に向かう時間には太陽はもうだいぶ高くなっている。
いつものカーブの手前、俺はいつものように心の中で小さく舌打ちする準備をし、カーブを曲がる。


「あれっ。」

俺は思わず自転車を止める。
とくん、と一つ、胸が鳴る。
ぐいぐい自転車を走らせる。
そいつのすぐ手前でもう一度自転車を止める。

首を急角度で見上げた先、そいつはずっと上にでっかく広がる夏の空に溶け込み、看板の縁は見えない。
見上げる俺の腕をじりじりと太陽が灼く。

胸はまだ、とくん、とくん、といっている。

俺は知らぬ間に、大きく息を吸う。
そしてその全部を使って、声に出さずに
「ひゃほぅ!」
と言う。


俺は国道を渡る。
その先に海の待つ田んぼの道を、立ったままぐいぐいとペダルをこぐ。
ポカリスウェットのロゴとマークだけが鮮やかに描かれた、でっかい看板を後にして。



以下のイカした企画に参加します。
創作です。

「青色」をイカしたつもりです。
大塚製薬のヒトではありません。
楽しい企画をありがとうございます。



お読みいただきありがとうございます。楽しんでいただけたなら嬉しいです😆サポート、本と猫に使えたらいいなぁ、と思っています。もしよければよろしくお願いします❗️