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あの街とあの人
あぁ、この道を通って家に帰るのもあと数回か。と不意に涙がこみ上げてくるほど愛した街を離れたこの春。交通の便が特段いいわけでもないし、いわゆるオシャレな店もないし、結構怪しげな人も多い。「ありがとうございます」の「ます」が「まぁす」って上ずっちゃうオッチャンがやってるヘビースモーカーおばちゃん達が集うコーヒー屋があって、駐車場には雑草を毟りながら「この前テレビ見たわよー」と声を掛けてくれる大家さんがいて、メガネが歪んだらすぐに直してくれるフレームよりレンズが遥かに高い昔ながらのメガネ屋があるような街で。もちろん芸能人が住んでいる形跡もなく、「どこ住んでるの?」と聞かれて答えると必ずや「なんでそこ?」と言われ。どうせ若者にこの街の良さは分かりゃしないよと隣街の名前を言ってよく逃げていた始末。そんな街でも20代のうち6年も住んじゃうと、青春を全て置いていくような気がして。随分悲んだ。長いこと住み過ぎたのかもしれない。引っ越し当日、お世話になった大家さんやご飯屋さんに挨拶して、ああもうヤバイ泣きそう。部屋の引き渡しのため管理会社の人をスッカラカンになった我が家で待つ間、部屋のあちこちにある傷を見てその時の思い出に浸る。あ、あれはあの時の、これはアイツがやったやつだ、あそうだ、ここの窓ガラスもヒビ入ってるんだった、懐かしいなぁ、懐かしいけど、あれ、傷、多過ぎねぇか。これまでの感傷モードはどこへやら。一体いくら請求されるのか恐ろしくて震えた。結果的に長く住んだからという理由で、大家さんのはからいもあり想定の五分の一くらいで済んだ。最後はちゃんとお部屋に挨拶をして行こうと心に決めていたのに、とうとうそれも忘れ最高にハッピーな気分で元我が家を颯爽と後にした。
そして、あの人に会いに駅に向かった。あの人と会わねば俺とこの街の物語は終われないのである。
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