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野菜ジュースの男

ある日のドラマ撮影。その日の入り時間は確か朝の9時か10時頃で、僕はコンビニでおにぎりを二つと野菜ジュースを調達してから現場に向かった。だいたい朝の8時頃までの入り時間だと、番組から朝ご飯が支給されることが多い。東京の沿岸部にあるオフィスビル。そこの広い会議室が俳優部の待機部屋兼支度部屋にセットされていて、既に他のキャストの何人かは衣装に着替え、メイクを施されていた。少し待ちかと待機スペースのテーブルに向かい、僕はさっき買ってきたコンビニの袋をバッグから取り出した。野菜ジュースにストローを刺し、一口。本当にこれで栄養が摂取できるのかは謎だけど、普通に美味しいし日頃の不摂生の気休め程度によく飲んでいる。野菜ジュースを一度テーブルに置き、袋からおにぎりを取り出そうとした時に僕はある事に気づく。隣の席にもストローが刺さった同じメーカーの野菜ジュースとおにぎりが二つ入ったコンビニ袋が置いてあったのだ。まるっきり被っている。辺りを見回すが、この持ち主らしき人物は見当たらない。僕はなんだか気恥ずかしくなって、おにぎりを食べるのを躊躇した。するとそこで、「白石さん、着替えお願いします」と衣装さんから声が掛かった。別に潔癖じゃないけど、俺の野菜ジュースを万が一間違って飲まれてしまったらあれだと思い、ストローが刺さったままの野菜ジュースをコンビニ袋に戻し、それをまたバッグにしまった。にしても、一体誰だろう、同じ魂胆の奴は。
着替えを済ましメイクをしていると、若い男が気怠そうに扉から入ってくるのが化粧台の鏡越しに見えた。その男はこれまた気怠そうにさっきの野菜ジュースを手に取り、チューチュー吸い始めた。あいつだ。メイクが終わり、僕は彼の元に向かった。

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859字

2018~2022年までtumblrに掲載されていたアーカイブ記事と未公開記事をまとめたエッセイ集。

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