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邂逅
舞台、脳内ポイズンベリーの公演が続き、我が家は荒れ果てていた。
床には何かしら印刷されたA4のコピー用紙やコンビニ袋が転がり、洗濯機からは衣類が滝のように流れ出し、ダイニングテーブルには黒豆茶をこぼしたシミと一口だけ残ったペットボトルが散乱していて、キッチンのシンクには辛うじて表面の汚れだけ水で洗い流された食器が積み重なっている。いつ害虫が現れても不思議じゃない狂おしい部屋に、僕はハウスキーパーを雇うことにした。彼らは実に真面目な性格で、頼んでもないのに24時間体制で部屋中を隅々まで点検しているようだ。お陰でゴキブリはおろか、コバエすら一匹も現れなかった。彼らの名前はアダンソンハエトリ。アダンソンという博物学者の名から取ったハエトリグモの一種で、よく家にいる黒々とした小さな蜘蛛である。まぁ、つまり、あれだ、家蜘蛛だ。
仕事柄、毎日同じリズムで生活を送ることがないのだが、舞台の時だけはそれが一定になる。いつも決まった時間に食事をして、適度に動いて疲れるからいい睡眠も取れる。とっても健康的で安定した生活である一方、どこか羽をむしられた想いに駆られてしまう。さらには未だに流行っているらしいコロナのご好意で基本的に外出は出来ない。二匹のアダンソンズとの交流さえも、ちょっとした心の癒しであった。長らく刑務所に入っていた人が独房でゴキブリをひっそりペットとして飼い、そのゴキブリが死んだ時に悲しくて涙が出たという、テレビか何かでやってた話を思い出した。
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