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「ハイウェイ・ホーク」第三章 鷹の目(4/6)【創作大賞2024ミステリー小説部門】

「それでどないすんねん、やっさん」
「実は、今日、刑事がやって来ていろいろと聞かれました。やつらはおれたちが下り線から逃げたことを嗅ぎ付けてます」
 安井は今日の規制作業時に、谷川から事情聴取をされたことを野村に話した。刑事は取引先の現場責任者に話を聞きに来て自分はついでのような扱いだったが、身元を知られてしまったことが少なからず安井の動揺を招いた。
「やっさん、一人で罪かぶって自首しようって思とんのか。それは何の解決にもならへんで」
「わかってます。一つ考えがあるのですが・・・」
「あの木場田ってやつに、罪をなすり付けようと思てんねやろ」
「ノムさんには、隠し事はできませんね」
「やっさんとは、長い付き合いやからなあ。何でもわかるで。あんなぁ、一つ言っておかなあかんことがあんねや。わしなぁ、末期ガンであと何カ月も生きられへんねん」
 安井は金槌で頭を叩かれたような衝撃を受け、何も言葉を発することができなかった。世の中で最も信頼する友があと数ヶ月で死んでしまうなんて、そんなことを突然、しかも笑顔で言われても何も理解することができなかった。
「わしがその木場田ってやつを道ずれにするわ。そんでええやろ」
 野村はあっけらかんとしている。
「何を言ってるんですか。この事件の首謀者はおれですよ。責任を取るのはおれです。まだ死ぬって決まったわけじゃないでしょ。ノムさんは治療に専念してください」
 安井は断固として、野村の提案を聞き入れようとはしなかった。

 翌日、安井は携帯電話で生機に連絡を取ろうとした。不審に思った木場田はなかなか電話に出ようとしなかったが、安井はしつこく電話をかけ続けた。
「あんたか、非通知で何度も電話してくるのは」
 木場田がやっと電話に応対した。
「川口の知り合いの者だ」
 安井は挨拶もなく答えた。
「何の用か知らんが話すことなんかない」
 木場田は電話を切ろうとした。
「待てっ、川口に代わって金を渡す」
「あんた、ひょっとして・・・」
「そうだ。現金を強奪したのはおれだ。金を渡してやるから、明日の朝に指定する場所まで取りに来い」
 安井は木場田を犯行現場となった小泉サービスエリアに呼び出した。木場田は金欲しさにのこのこと姿を現した。木場田がトイレの前で立っていると携帯電話が鳴った。
「やっぱり大金がかかっていると、おまえのようなやつでも約束は守るんだな」
 安井が携帯電話越しに木場田に話しかけた。
「うるせぇな、こんな朝っぱらに呼び出しやがって」
「そこから消火栓が格納されてる赤い鉄製の箱が見えるだろ。その扉を開けろ」
 木場田は恐る恐る消火栓の扉を開けて、中に置いてある紙袋を取り出した。中身を見て木場田は驚愕した。起爆装置付きの一本のダイナマイトだった。木場田は周辺の人たちに気付かれないように、それを紙袋の中に戻した。さらに紙袋の中を覗いてみると、小さな封筒が入っていて、中身を取り出してみると手紙と小さな鍵が入っていた。手紙には犯行計画の一部始終が記されていた。
「おい、これは何の真似だ」
「今、おまえが手に取ったものは、おまえが現場から盗み出したダイナマイトだ。それと手に持っている鍵は、そこから下り線側のサービスエリアに抜ける通路のゲートの鍵だ。どちらともおまえの指紋が今べったり付いた。そのダイナマイトをどうするかはおまえの自由だが、おれはおまえをずっと見張っている。おまえがどこにそのダイナマイトを捨てようが、そのことを警察に垂れ込む。それにおまえが今ダイナマイトを手に取った姿を写真に撮った。犯行の内容も今おまえの頭の中に叩き込まれた。この一連の現金強奪事件の犯人はおまえになるってことだ」
「はめやがったな」
「形勢逆転だな。さっきおまえが手に持った鍵は、警察がすでに嗅ぎつけてる。おまえの指紋がべったりだ。もうおまえはおれたちから逃げることはできない」
「おまえ、見つけ出して殺してやる」
「まぁ、そうかっかするなよ。取引しないか。おまえが知っていることを黙っている代わりに、一千万円をくれてやる。どうだ、悪くない条件だろ。信用するかしないかはおまえ次第だ。何ならすぐにでも刑務所に行きたいか」
「そうなったら、あんたも川口も捕まることになるぜ。それ、わかってんのか。この電話のことも全て警察に話すことになる」
「電話は非通知でかけた。録音でもしていない限り証拠にはならない。おまえの偽証として片づけられるだけだ。おまえみたいな社会から弾かれたようなやつの言うことを、だれが真剣に聞くと思ってるんだっ」
 安井はまるで反論することを許さないと言わんばかりに、怒気を強めて言った。

 木場田はその日の夜十時に、安井に指定された高速道路の橋の下に現れた。辺りはうす暗く、人の気配など全くない。すぐ横に梨田川という大きな川が流れていた。木場田の到着を確認した安井は、橋脚の陰からゆっくりとその姿を木場田の前に現した。
「金はどこだ。こんな所に本当に隠してんのか」
 木場田は太々しく安井に言った。
「この川の中に、橋脚が何本か立っているだろ。ここから二本目の橋脚の上に点検用の検査路がある。金が入ったバッグをブルーシートに包んで橋桁に縛り付けてある」
 安井は淡々と答えた。橋脚とは橋桁を支持する鉄筋コンクリート製の柱のことである。
「何でそんな場所に隠した」
「橋の点検は五年に一回しかやらない。この橋は二カ月前に点検が終わったばかりだ。あそこにはあと五年、誰も寄り付かない」
「どうやってあんな所に行くんだ」
「この目の前にある橋脚に取り付けられている昇降梯子で、一番上まで上がれ。そうすれば橋桁と橋桁の間に、橋桁に沿って移動するための検査路がある。そいつは金を隠してある橋脚まで続いている。それと先に言っておくが、金を強奪して本線規制内に戻って来てからバックごと隠そうと橋の下に降りた時、誤って一億円が入ったバッグを川の中に落とした。あそこには二億円しかない」
「はぁ、バカじゃないのか」


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