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「ハイウェイ・ホーク」第二章 運命(4/7)【創作大賞2024ミステリー小説部門】

「なんや嫌な目で見て行きよったなぁ。あいつら、おれらがどんな危険な仕事してるかなんて知りもせえへんし、存在すらわかってへんのとちゃうか」
 野村がぼそっと言った。
「おれたちは日陰者ですよ。良いように言ったら縁の下の力持ちってやつですかね」
「あいつらエリートのぼんぼんばっかりで、おれらはただの便利屋や。そんなこと思ってもないで。おれの部下が死んだときもな、そら冷たいもんやったわ。おれらは何も知りませーんって感じやったわ。死んだ部下の家族には何の保証もしよらんかったし。今頃どないして生活してんのやら」
「へー、そんなもんですか。冷たいもんですよね。命張ってあいつらの高速道路を守ってるのにひどい話ですね。うちの会社は何も言わなかったのですか」
 そう言った安井は部下を死なせてしまった野村の心の内を痛いほどわかっている。だからあえてぶっきらぼうに答えた。
「言える訳ないやないか。そんなこと言ったら、次の日から仕事なんかなくなってまうわ。情けない話やけどなぁ」
 そう答えた野村の顔が安井にはどことなく寂しそうに見えた。
 気が付くと品川がトラックの窓の外に立っていた。ネックウォーマーで鼻の下まで覆っていたので、一瞬誰かわからなかった。
「工事が終わったみたいです。順次作業車を規制から出していきます」
「了解」

 安井もトラックから降りて工事会社の作業員たちが、作業車に機材の積み込みをしている状況を確認した。品川がいればこのような依頼主との細かな連絡も全てやってくれる。
 作業車が規制から出ていく場合、規制の終点まで作業車を移動させ一旦待機させる。追越車線を走行する一般車両の切れ間を待って、一台ずつ規制から出していく。発進するタイミングは、全て安井たちの指示に従う。全作業車を規制内から出してしまうと、安井たちは規制の撤去作業に入った。撤去作業の順序は規制を張る時と全く反対になる。規制の終点からラバーコーンを順次トラックに積み込んでいき、最後にテーパー部に並べた矢印板を撤去する。この時も発煙筒を数本焚いて路肩に置いておく。それから一旦現場を離れてサービスエリアに止めておいた別のトラックに乗り換えて、標識の撤去に向かう。いつも通り手際よく標識を撤去してトラックに積み込み、もう一度集合場所であったサービスエリアに戻って請負先の工事会社の作業員と終礼を行い、これで全ての作業が終わることになる。時間ロスがあったので時間はすでに午後四時に差し掛かっていた。またもや昼食抜きになった。終礼時に工事会社の担当者から遅延に関する謝罪の言葉は一切なかった。ちなみに彼らは工事中に交代で昼食を取っていた。
「今日は昼めしにありつけると思ってたのにがっかりですね。」
 渡辺が残念そうに言った。
「あいつら一言謝ってもいいでしょうにね」
 品川が少し怒り気味に答える。
「まぁ、よくあることじゃないか。渡辺っ、残念だったな。でもよく頑張ったじゃないか」
 安井が渡辺を労った。
「昼めし、昼めしって、いつも食うてないねんから、今日に限ってがたがた言うな」
 野村の喝が入った。
「へー、へー、えらいすんません」
 渡辺が野村の関西弁を真似するから、皆が大笑いした。

 大阪支店に戻ると支店長の中野が安井たちを待ちかねていた様子で出迎えた。どうやらその日の夜に規制作業があるのだが、メンバーに欠員が出たらしい。安井はチームから応援を出すように依頼された。
 中野が大阪支店の支店長になって五年が経とうとしている。野村を除く安井たちのほとんどの社員より、大阪支店勤務が長い。中野は品川と同じ千葉県の出身で、単身赴任で大阪に勤務している。東京本社の勤務を待ち望んでいるのだ。現場勤務を離れて久しく、今では恰幅の良い体形になっている。
「今晩、浪速自動車道の本線規制があるんだが、だれか一人夜勤に行ってもらえないか」
 中野が誰に言うでもなく尋ねてきた。
「今帰ってきたばっかりっすよ」
 品川が愛想なく答える。
「川口を呼びましょうか」
「ぼくが行きます」
 安井が答えるや否や渡辺が名乗り出た。
「ぼくが一番若いんで行ってきますよ」
「調子ええこと言いよって、ほんまは夜勤手当がほしいだけなんやろが」
 野村の言うことは図星だった。
「まあ、渡辺のところも赤ん坊が生まれたばっかりで何かとお金が必要だしな。事故はするなよ。それと明日の朝、支店に戻ったら報告書も忘れるな」
 安井の一言でその日は解散となった。

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