「ハイウェイ・ホーク」第三章 鷹の目(2/6)【創作大賞2024ミステリー小説部門】
二人はそのまま歩き続け、下り線側のサービスエリア内に入ろうとすると、横方向にスライドさせて開閉する重厚な鋼製のゲートがあった。ゲートの取手と地中に埋め込まれている鋼製の支柱がチェーンで巻かれていて、南京錠で緊結されていた。南京錠は使い古されていて少し錆が付いていた。これでは上り線側から来た車両は、施設外の駐車場までたどり着くことができるが、サービスエリア内に進入することができない。だから下り線に流入することが不可能になる。南京錠が破壊された痕跡もなかった。
「下り線から逃走しようと思っても、ここで足止めされますね」
尾形が残念そうに呟いた。
「ここまで徒歩で来て、下り線側のサービスエリア内にあらかじめ別の車を置いておけば逃走可能だろう。そう考えれば、盗難車を準備していたこととも辻褄が合う。それとこの南京錠は、どこのホームセンターでも売っているものじゃないのか。それなら合鍵を持っていたら開閉できる」
「なるほど、確認してみます」
尾形は谷川の問いかけに答え、ゲートや南京錠の状況を携帯電話の写真に納めた。
二人は跨道橋を逆戻りして、施設裏の駐車場から犯人の逃走路を歩いて確認することにした。犯行時に尾形が走って追跡しようとした道である。
「おまえ、何であの時勝手に走って行ったんだ。走って追いかけたって車に追いつける訳ないだろう。おまえが戻って来るまで、こっちは待ってなきゃならなかったんだからな」
「勝手にってひどいですねえ。刑事の本能ってやつですよ。気が付いたら勝手に体が走り出してたんですよね」
「まったく良いように言うよな。どこまで走ったんだ」
「どれくらいでしたかねぇ。三百メートルは走ったように思います。行きは下り坂だったんで良かったんですが、帰りが逆に上り坂だったんできつかったですよ」
谷川は尾形が最後に言った言葉を聞いて、黙り込んでしまった。現金強奪時、尾形が走って追跡を始めてから、サービスエリア内の駐車場に戻ってくるまで五分程かかった。それまで容疑者は、施設裏の駐車場に戻ってくることができなかったはずである。三人目の犯人が現場を監視していたとしても、五分後ぴったりに現金を強奪してチームが駐車場に戻ってくることは難しいだろう。しかも現金を谷川たちが用意したスポーツバッグから詰め替える時間も必要になる。それを担いで下り線のサービスエリアに移動しようとしたら、跨道橋までどんなに急いだとしても十五分はかかる。谷川が水川に連絡して緊急配備が引かれ、パトカーがサービスエリアに到着するまでの正確な時間はわからないが、十分程度と仮定すると現金を担いで跨道橋へ走っていく犯人と、一般道からサービスエリアへ通じる上り坂を上がってきたパトカーが鉢合わせするか、容疑者グループが跨道橋にたどり着く前にパトカーが到着している可能性が大きくなる。施設裏の駐車場から車を使えば何とか回避できるかもしれないが、跨道橋端のゲートを通過しなければ下り線に出ることはできない。ここから先は、どう考えても谷川の新名の中に答えが思い浮かばなかった。
翌日、尾形から南京錠のことで報告があった。その南京錠は市販されているものではなく、公団の管理事務所内で施錠を必要とするゲートや門扉が多数あるため、全て同じ鍵で統一できるようにするために、メーカーに大量注文をして購入したものであることが分かった。谷川たちが見た南京錠も同じタイプのものであり、しかも使い古された状態で残されていたため、一旦は破壊して別のものに取り替えられたとは考えにくい。さらに市販されていない南京錠を、公団関係者以外の者が入手することは極めて難しい。
「ってことは、尾形・・・」
「そうなんですよ。ホシは公団の関係者って可能性があるかもしれません」
「南京錠の鍵を持っている社員を当たってみよう」
谷川と尾形は、公団の管理事務所へと向かった。
安井の携帯電話が鳴った。夜の十時を回っていた。そろそろ就寝しようとしていた時だった。
「川口がたいへんなことになりました。暴行を受けて、救急車で病院に担ぎこまれました。怪我自体は大したことはないのですが、暴行された原因が問題で・・・」
品川の悲壮な声が安井の眠気を吹き飛ばした。安井は品川から病院の住所を聞き出すと自分の車で急行した。病院に駆け込むと待合室に二人が並んで座っていた。川口は身体のあちこちに包帯が巻かれ、痛々しい姿に変貌していた。
「大丈夫か、何があったんだ」
安井は徐に問いかけた。
「ダイナマイトを調達してもらった友達に脅されたらしいんです。木場田って土木作業員らしいです」
品川がうなだれる川口の代わりに答えた。
「まさか、そいつにおれたちの犯行のことを話したのか」
安井が少し怒気を含みながら言った。
「テレビで散々報道されてて、嗅ぎ付けてきたんですよ。ダイナマイトは木場田に現場からくすねるように頼みました。もちろん使用目的なんかしゃべってません。三年後に五百万円を渡すことで了解させていたんですが、ギャンブルの借金が嵩んで支払いを前倒ししてくれって。断ったらいきなり殴る蹴るで、最後に警察に通報するって、捨て台詞を吐いて行きやがりました」
川口が事情を説明した。
「そうか、わかった。おまえは家に帰って休んでろ。品川、送ってやってくれ」
安井はそう言い残すと病院を後にした。深夜にアパートに戻った安井は眠ることができず、布団の中であれこれと考えた。計画に狂いが生じたことに間違いはない。しかし計画とは必ずしも上手くいくものではないということを、安井は自分の仕事を通して知っている。問題はいかにして軌道修正するかということである。安井はある一つの結論に辿り着くと深い眠りに落ちた。