【4月3日】Zippoとレモン
「お前、それやめろよ」
キッチンに立っていた彼が言った。
ある日突然、紅茶に目覚めたんだとか、なんとか言って
図書館にいって紅茶の歴史の本を借り、
大人の財力で道具をそろえているだけあって、
彼の紅茶は絶品だった。
温かい紅茶もすごく美味しいけれど、
私が大好きなのはアイスレモンティ。
陽気に満ちている季節は、冷たいものが欲しくなる。
「アレ飲みたいなぁ」というと、彼は喜んで淹れてくれる。
ガラスのティーポッドの中に茶葉を入れ、ケトルの注ぎ口から出るお湯はブクブク煮えたぎっている。
私はお湯を注ぐと茶葉が芳しい香りと共に、狂おしく踊り出す瞬間がたまらなく好きなのだ。
踊れば踊るほど、紅茶が美味しくなるような気になってくる。
そして、大きく透明なグラスの側面全てに薄いレモンの輪切りが張り付かせ、紅茶の為に買ってきた純度の高い氷をアイスピックで割って
グラスにぱんぱんに詰めたら、熱い紅茶を一気に注ぐ。
ぎしぎしぎし。
氷が解けていく音と小さくなっていくのを見るのも楽しみの1つで、
私は張り付いているレモンの酸っぱさを想像しながら出来上がりを待っている。
彼はマドラーで一番上の氷をゆっくり触り、1回しする。
溶けた氷が、カランと音を立てて更にグラスの下に落ちていく。
彼が紅茶を淹れる所が好きで、隣でよく見ていたのに。
今、私は煙草を吸いながら週刊誌をめくっている。
愛しのアイスレモンティが入ったグラスと別皿にレモンの輪切りを持ちながらキッチンから帰ってきた。
それ。
彼が指を刺した先には私のZippoライター。
「いいじゃん、何がいけないのよ」
アイスレモンティの中の氷の角がどんどん丸くなっている。
彼は私の右手を取り、
輪切りのレモンをこすってきた。
「ライターのオイルの匂い、手についちゃうでしょ」
一生懸命、私の指先にレモンを塗っている。
指先からレモン果汁が滴って床に落ちそうになっている。
私はなんの抵抗もなく、彼の姿を見ていた。
午後3時。
外からは春先のぬるい風がひとすじ。
どこからきたのか、一枚だけ桜の花びらが部屋に舞った。
ほら、匂いしなくなった。
そう言って彼は私の指先を自分の口の中にいれて
レモンの味を確かめるよう、1本1本果汁を舐めとった。
上目遣いでみてくる目が、私の顔にどんどん近づいてくる。
ほのかにレモンの苦みが私の中に入ってくる。
また一段、また一段、と、溶けた氷がグラスの底に落ちていく音が聞こえる。
彼への気持ちも一緒に落ちていく。
全部の氷が底に落ちたら、私はどうするのだろう。
でも、今日は、ぬるいアイスティを飲むしかない。
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