青春病…(前編)/#リュクスなクリスマス/【小説】
今年の春から始まった、世界中の人々の生活を一変させたウイルスの感染拡大に伴って、私の会社もリモート業務に移行した。
この1年は何も思い出がない。旅行もキャンセル、友達と食事やお酒を楽しむ時間もほとんどなかった。元々一人で過ごすことは嫌いではないけれど、ウイルスの恐怖に怯えながら人との距離が遠く感じる、いつもより寒さが身に染みる寂しい年の瀬を迎えている。そんな静かな日常に一通のメールが私のPCに飛び込んできた。
『 ZOOM 同窓会のお知らせ 』
開いてみると、通っていた高校の同窓会のお知らせだった。日付を見ると12月24日。暮れも差し迫ったそんな時期に同窓会?ZOOMといえども一番忙しい時だよ。無理だね。そう思いながら「不参加」にチェックを入れそっとメールを閉じた。
ー 28才 ー。同級生たちの生活はそれぞれに違った方向へ360度に散らばっているだろう。これまで結婚式に呼ばれた回数は片手では足りない。最初の数回はその度にドレスを新調していたけれど今はそんなに頑張らなくなった。ここ3回は「みんな気合い入ってるなぁ」などと披露宴会場で繰り広げられるおしゃれ合戦を放棄して、専らドレスはレンタルで済ませている。
よく考えてみると、仲の良かったグループのうちまだ未婚なのは私ともう一人、由佳だけになった。しかし由佳もとうとう来年の春に結婚が決まったらしい。
「どうしても30才までにしたくてね…。」
遠慮がちに招待状を送らせてほしいというラインを寄こしてきたのはつい先日のことだ。とうとう仲良しグループの中で独身は私だけになるのか。相手はどんな人なのかなぁ。ま、私には関係のないことだけれど。今度はどんなドレスを借りようか・・・・。
ラインを読み進めるうち、そんなお気楽な気分を一掃したのは、他でもない由佳の結婚相手が明らかになった時だった。
・・・洋介。
嘘でしょ?なんで?いつから二人は付き合ってたの?
私は高校時代、洋介のことが好きだった。その気持ちは結局自分の中で封印したまま誰にも明かすことはなかった。
何故なら、洋介のことが好きな子は私以外にも沢山いたからだ。私は女子高生特有の群れたがる熱や甘ったるさがどうしても受け入れられなかった。洋介のことが好きな女子たちが騒げば騒ぐほど、無関心を装って冷めたふりをしていた。本当に自意識過剰で可愛げのない女の子だった。それが私の苦い青春時代だ。
洋介はいわゆる「モテ男」だった。と言っても別にチャラチャラしているわけじゃない。どちらかと言えば硬派な方。勉強もできたしスポーツも万能。なのに浮いた話はほとんどなかった。仲良しグループの中の一人。男女関わらず人気のあった洋介はみんなに優しくて、男子からも女子からも一目置かれるような憧れの存在だった。
そして私もその中の一人だった。他の女子達は洋介への想いをあからさまに表に出して、これ見よがしに洋介に近づこうとした。でも私にはそれができなかった。何故だかわからないけれど、青春真っ只中のお年頃の娘特有のプライドとか羞恥とか、言葉にはできないあやふやな感情を自分で持て余していたようなものだ。あの時、もう少し勇気を出していれば。あの手を取っていれば…。今の由佳のポジションはもしかしたら私のものだったかもしれない…。
あの時に戻りたい。
高校3年の卒業を間近に控えた春。帰路について間もなく忘れ物に気づいた私は、一緒にいた数人の友達にことわりを入れて一人校舎へと引き返した。
放課後の教室は西日が眩しく差し込んでいた。
誰もいない教室。がらんと広い空間に日常の中の非日常を見た。
いつもそこに感じる窮屈さや喧騒はどこにもない。
その自由な空間と眩しくも神々しい夕日に魅了され、私はしばし異空間へトリップした。
窓際の席に座り、高台にある校舎から眺めのいい空を見上げた。
澄んだ寒い空気は美しく茜色に染まった空のパノラマを私だけに見せてくれていた。
「わぁ~~キレイ!気持ちいいなぁ〜」
でも…。もうすぐこの教室ともお別れなんだな。
卒業を控えた私の胸に、一抹の不安が宿った。これまでの人生は常に周りに友達がいて、一人ぼっちになることはなかった。
卒業するともうこれまでの日常は無くなる。まだ実感は全くないけれど、これから一つずつ、大人になるべく一人で決断し、行動することが増えていくんだろうな…。
そんなセンチメンタルな気持ちになった時、後ろに人の気配を感じた。
振り返るとそこに洋介がいた。
「何!?どうしたん」驚いた私はびっくりして強い口調で洋介に尋ねた。
「そっちこそ。こんな時間に一人で何やっとるん」
「え…っとぉ。忘れ物したのよ」
「それで?夕日眺めて一人物思いに耽ってたのか」
「ち、違うよ!あまりにも綺麗だから…その、もう帰るよ!」
二人っきりの空間に恥ずかしさと焦りを感じてまともに洋介の顔も見れないまま、急いで教室を出ようとしたのが悪かった。焦った勢いで机の脚に蹴つまずき、私は洋介の目の前で大きな音を立てて派手に転んでしまった。
「痛っ!」
「もう、何やってんだよ全く」
ほら、と言って差し出された洋介の手が目の前に降りてきた。その手に素直に掴まっていたら…。いまだに後悔する人生の分岐点。
私はとにかく恥ずかしさでその場を一刻も早く立ち去りたかった。
「やだなぁ、もう。カッコわる!」そう言って私は一人で起き上がり、洋介の宙に浮いた手は行き場をなくしてそのまま静かにズボンのポケットにしまわれた。
「気をつけろよ。一応詩乃は女の子なんだから。傷がついたらお嫁にいけなくなるぞ」
「うるさいよ!嫁になんかいかんわ」
笑ってその場をやり過ごそうとしたのに、洋介は想定外な一言を真剣な表情で呟やいた。
「誰ももらってくんなかったら、俺がもらってやるよ」
一瞬の沈黙。驚きと戸惑いの心はその言葉に対してどんな顔をしていいか分からず、照れ隠しの憎まれ口が思わずついて出た。
「やめてよ!大きなお世話だよ」
「ふふ…。そっか」
え? 冗談返してよ…。そう思った瞬間の洋介がどこか少し寂しそうに見えたのは気のせいだったのだろうか。
青春の煌めきは決して巻き戻せない間違いを犯しては、恥ずかしさにかまけて大切な瞬間をその手のひらで握り潰してしまう。
結局それっきり、洋介と面と向かって話すことは一度もなかった。
時間が経つほどその場面は幾度となく蘇り、もう一度だけチャンスが欲しいと思えば思うほど、洋介との距離は広がっていくように思えた。
あの時の自分が悔しい。なんで素直に言えなかったんだろう。
今なら言える?いや、今だってきっと同じだ。
もしも今、洋介と二人っきりになっても、あの時と同じように私は何も言えないままだろう。由佳の存在が私の行動を抑制するに決まっている。
卒業してからずいぶん時間が経った。風の便りにもそんな噂は聞かなかった。なのにいきなり二人が結婚するなんて知らせを聞いて…。
この10年間、まさかずっと洋介一人を想い続けていた訳ではないけれど。その間いくつかの恋は経験したけれど。それでもどこかであの日の悔やんだ青春の1ページを破り捨てる気になれなかった。時々思い出しては今頃どうしているのかな…なんて懐かしく考えたりしていた。
ー「 青春 」ー それは人生の特別な時間。誰もが必ず通るかけがえのない一瞬。その時の想いはきっと一生忘れない。純粋で危うくてとても大切な宝物のはずなのに、大人になるためにそっとその場所に置き去りにしてきたもの。それでも決して忘れ去ることはできなくて、普段は硬く閉ざされた感情の蓋を時々開けて中を覗いてはそこにまだちゃんとあることを確かめてホッとする。まだキラキラと輝いていることを確認すると、安心してまたそっと蓋を閉じて顔を上げて歩き出す。
この想いを片付けたい。
この先こんな風にいつまでもくすぶった想いを持ち続けるなんてイヤだ。第一、来年の春に行われる二人の結婚式に招かれることは決まっているのだから、その時には心から二人を祝福したい。というよりもいつまでも片付かないこの気持ちをこれ以上持ち越したくなかった。
洋介に連絡してみようかな…。
ルール違反なのは分かっている。何も由佳から横取りしようなんて魂胆はない。全くない。いや、本当のところは少しあるのかもしれない。それさえもよく分からない。私は悪い女だろうか…。
まさかまだこの番号を使っているとは思わなかった。だから一か八か、賭けのつもりで通話を押してみた。
○●○ー★☆◆□ー○▲◎▽
「はい・・・?誰?」
「え? あ、・・・あのぅ・・・。ごめんなさい、間違えました!」
「・・・もしかして、詩乃?」
なんでわかるのよ。すごくイヤだ。
パニクった私は思わず通話を切ってしまった。
ドキドキドキ・・・
心臓が早鐘のように飛び跳ねる。
するとすぐに洋介からのコールバックの着信が鳴った。
やばい。どうしよう・・・
迷う心とは裏腹に、すぐに指は画面をタップした。
「はい・・・」
「詩乃だろ?そうだよね?」
「う。うん・・・」
「どうしたんだよ、久しぶりじゃんか!元気にしてたんか?」
「ええ、元気よ。洋介は?」
「俺?ああ、元気元気!まさか詩乃から電話もらえると思わなかったなぁ。すんごく久々だよね!どうした?」
どうした?って・・・。そんなこと聞かないでよ。『なんで由佳と結婚するの?』って聞いたら答えてくれるの?
「え、あ、あのぅ・・・け、結婚する・・・んだよね?由佳と」
「あ。あぁ、そっか。由佳から聞いたんだんね。うん、まぁ、そんな感じ」
そんな感じ、って・・・
「おめでとう。あの・・・いつから付き合ってたの?由佳と」
「え?あぁ、それがさ、半年くらい前に渋谷で偶然再会してさ。それからなんとなく」
半年前・・・って・・・・つい最近じゃん。そんな。そんな・・・。
「へぇ、そうなんだ。最近なんだね・・・」
「あぁ、なんかさ、あっちは高校ん時からずっと俺のこと好きだったなんて言うもんだから、その勢いに押されちゃってな。ハハ・・」
そんな、そんな、そんなこと・・・ずるいよ。私だって、私だって、ずっと、ずっと・・・
「あ、あのさ、ちょっと由佳に内緒で、その・・・会えないかな? その、えっと。あ、あのね、お祝いのプレゼント。選びたいんだけど、その・・・洋介とお揃いの、何か、あ、パジャマとか、それかペアの食器とか、インテリアの何か。どうせなら洋介の趣味で選んであげて欲しくてさ」
思いつくままに口から出まかせがスラスラ出た。自分でも呆れるほどに。それはこのまま洋介が由佳のものになってしまうのを指を咥えてただ見ているだけには終われない、女のプライドのようなものだった。だってたったの半年前まで二人は何にもなかったのに。それより前に私と偶然会っていたら?そしたら私は今頃洋介と二人で新生活のためにペアのグラスやカーテンやベッドカバーを選んでいたんじゃないの?
頭の中がパニックを起こしているとしか思えなかった。そしてどうせ断れるだろうと思って半ばヤケクソでそんなことを言ってしまった。言った後で激しく後悔したがもう遅い。ここでハッキリ拒否られればそれはそれでスッキリと諦めがつくというものだ。覚悟を決めて洋介の返事を待った。
「あぁ、いいよ。いつにする?」
えぇ?いいんだ・・・なんでよ、断ってよ・・・。
より一層複雑な気持ちで口籠る。
「おい、詩乃?いつがいいの?」
「あ、あ、ええと。今度の木曜日、とか、急だよね?」
頼む、洋介、断って・・・
「OK!いいよ、どこに何時?」
いいのかよ・・・なんでよ・・・やめてよ・・・心の準備ができてないよ!
「あ、じゃあ、ええと、恵比寿。ガーデンプレイスに7時で。どう?」
「わかった。仕事終わって向かえばちょうどいい感じだ。楽しみにしてるよ。じゃあ!」
・・・。なんでそんなに簡単に。信じらんない。
そんな風に簡単に由佳とも付き合い初めて、そんなふうに簡単に結婚決めたの?
さて。どうする私・・・。
一体私は何をしようとしているんだろう。
今更洋介に会って、一体何を言うつもりなの?
わからない。わからない。わからないけどこの胸のモヤモヤを晴らしたい。
こうなったら、この気持ちにけりをつけるために、洋介の口からハッキリ言ってもらうしかない。
「もう遅いよ」って。
そしたらスッキリ諦めがつく。そうだ、うん、そうしよう!
決断して少し気持ちが落ち着いて、木曜日は何日だったかなとカレンダーを見て驚いた。12月24日。それはZOOM同窓会の予定日だった。
洋介、同窓会参加しないんだ。そっか。そうなんだ。
自分と同じ考えだったと知って、なんとなく嬉しくなったのも束の間、その日が自分の「失恋記念日」になるんだと思うと胸がキュッと痛くなった。よりにもよってクリスマスイブに。いや、その方がいいのかもしれない。一人ぼっちのクリスマスはもう慣れている。いつもと変わらない一人のクリスマス。単なる数字だ。毎月やってくる月末のその日が12月だけ特別なものになるなんてなんだかおかしいじゃないか。そう、いつもと同じようにその日を過ごし、毎年同じように26日にはもうお正月に向けて気持ちが切り替わるんだ。
クリスマスなんて特別じゃない。いつもと変わらない日常に溶かしてしまえば、青春の1ページに置き忘れてきた恋も静かに終えることができるだろう。
気がつくと頬に一粒の涙がこぼれ落ちた。それは苦くて冷たい涙だった。
木曜日までの数日間はフワフワと宙に浮いたような感覚で過ごした。自分の気持ちに決着をつける。それだけのために洋介に会う。余計なことは考えない。考えちゃダメ。万にひとつでも逆転劇が起こる可能性を全く考えないと言えば嘘になるが、それもまた儚い夢に終わるだろう。現実はそんなに甘くはない。私はそこまで子供じゃない。
諦めのよい、つまらない大人になりたくない気持ちと葛藤しながら、私はその日を迎えた。
ー明日に続く✨ー
《 後編はこちらから 》
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