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スキー教室

先日、放置気味の私のFacebookに一件のメッセージが届いた。


「お誕生日おめでとう」


それはかつてお世話になっていた学童の先生からのお祝いの言葉だった。

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「学童のスキー教室、興味ない?」

同級生・Aくんのお母さんからそう誘われたのは小学校2年生のとき。

私は学童には入っていなかった。
だが、Aくんのお母さんが学童クラブの役員だったこと、人数が足りていなかったことから、手近なところから声を掛けてくれたらしい。

その気まぐれから始まったスキー教室に、私はその後7年にわたり参加することになる。

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親と離れ、20人ほどの子供と数名の大人だけで雪山で過ごすニ泊三日。
ペンションというにはお粗末な、theサークル合宿という感じのロッジとも民宿とも言えない、レトロな建物。
今でいうゲストハウスの走りみたいなものなのか、ものすごく大きな3段ベッドをカーテンで仕切ってひと区画とする不思議な作りの宿泊スペース。
上のフロアに決まると大きなバックパックを持ってハシゴを登って荷物を持ち込まなくてはならないため、高学年が優先的に入れられた。それがすごく羨ましかった。
所々チープさが漂うインテリアで、壁紙がなぜか赤と黒の毒々しいカラーリングだったことは、子供ながらにギョッとした。

つまり、すべてにおいて最高だった。

フロント前には漫画用の本棚があり、ゲレンデで滑り疲れると友達と漫画を回し読みした。
高校生・大学生向けの少しエッチな漫画があったりして、キャーキャーしたなぁ。

そんな何物にも変え難い思い出はたくさんあるが、中でも印象的だったのは学童の先生達の存在だろう。

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同行した学童の先生達は施設長のような責任者を除き、まだ大学生バイトや、せいぜい20代半ばくらいの若手スタッフが3〜4人という様子だった。

自分たちより大人だけど、親より近い。
今までにない距離感の大人。
親や学校の先生が真上にいるのに対し、学童の先生たちは自分から斜めの位置にいる感じだ。

それでいて他人というのがまた良くて、変な繋がりがない分、親戚のお兄さんお姉さんよりなんでも話すことができた。一年に一度の彼らとの逢瀬もビッグイベントだった。

前述の通り大学生バイトで同行し、そのまま学童クラブに就職して、毎年スキー教室に来てくれたスタッフさんがいた。
それが橋本さん。
子供からは流行っていたキスチョコのメーカー名を拝借して「ハーシー」と呼ばれていたっけ。

若者らしい素朴さを残した顔立ち通り温和な性格。みんなのお兄さん的存在で、子どもからも保護者からも慕われていた。
教育テレビに出てくる体操のお兄さんばりの好青年だったが、実は彼にまつわるドキッとしたエピソードがある。

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当時ハーシーは、学童クラブに手伝いで出入りしていた女性スタッフと付き合っていた。

この彼女がまぁ強いのだ。
私たち子供に対しては愛情深いしっかりもののお姉さんだったが、その情の深さは恋人に対しては喜怒哀楽の激しさに変換されて向けられた。
子供の前でも恋人に対し、すぐ怒る、すぐ泣く。
いま思えば素直で天真爛漫。きっとハーシーもそんなところが好きだったんだろう。

ある年のスキー教室では、ハーシーはペンションの食堂で向かいに座る彼女にガンつけられ、蛇に睨まれたカエルのように小さくなって朝食を食べていた。
理由はわからないが昨夜喧嘩をしたようだった。


『大人の恋人同志って、どんなことで喧嘩するんだろう…』


興味津々。でも、なんとなく見ちゃいけないものな気がした。目を背けいちごジャムトーストをかじった覚えがある。

ところが、隣に座っていたひとつ上の女の子はそのさまを終始観察していたらしい。

「ねぇねぇ!ハーシー、食事中にテーブルの下で彼女に足蹴られてたよ!何回も!!」

目撃情報は強烈すぎて、その年のスキー教室のハイライトになってしまった。

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いつか心を許せる恋人ができたとして、私は人前で怒りを爆発させるようなことができるだろうか。

大人には嫌われたらどうしよう…とか、ないんだろうなぁ…

彼女さんは怖かったし、ちょっぴり引いたけど、どこか羨ましかった。
好きな人に嫌われないと信じられるのって、無敵だ。

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あれから25年。
私もそれなりに怒りをぶつけられる伴侶に巡り合ったし、当時怖かったハーシーの彼女についても「若いね〜可愛いね〜」と思うくらいにおばさんになった。
子供を預ける親目線になると、オイオイ大人気ないぞ、と思うのかもしれない。
でも、思春期に未熟な大人(良い意味で)に触れ合えたことは、なかなか悪くなかったと思う。

ハーシーとは数年前にFacebookで再会し、年に一回誕生日メッセージをやりとりする。
今は例の彼女とは違う人と家庭を築き、幸せに暮らしている。

ワガママで生意気盛りの私たちに根気強く寄り添ってくれた大人達の偉大さと、彼らが見せた人間らしい弱さを、私は誕生日のたびに思い出すのだろう。
ゲレンデの白さと寒風で染まる頬の赤さと共に。

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