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どうしてくれるんだ、ありがとう(BTSと私②)

2020年の晩秋、私はBTSのファンになってしまった。

BTSのファンに”なってしまった”。我ながら、なんだかとっても嫌らしい書き方だ。まるでそんなつもりはなかったかのような。でも文字通り、そんなつもりではなかった。BTSのファンになるということに、私はいまだに怯えている。

鬱々とした、まとまりのない、私のBTSへの気持ちの話。

1. アイドルのファンになるということ

BTSのみならず、アイドルのファンになるのはものすごい勇気がいる。アイドルは一つの偶像だ。作り出す音楽に関わること以外の、容姿や性格やチームの歴史、メンバー同士の関係性すらも一つのコンテンツとなる。だから「アイドル」のファンになるのは、とてもとても勇気がいる。

これはアイドルだけに限らない話だけど、基本的に私は好きな曲に出会っても、出来るだけ曲自体を歌う人とは切り離して考えようとするところがある。
同じような人は割といると思うけど、なんとなく、音楽を作り手と結びつけて考えたくないからだ。歌い手と繋げて作品を考えることで、歌そのものの価値を測り間違えないか?そんな風に考えてしまうところがある。
要するに怖い。例えばこの音楽が好きだ!と思ってその作り手のことを知る中で、たくさんのポジティブな面(楽曲への思い入れが強くなったり)があるけど、その一方で見たくない聞きたくない事実もたくさん出てくるだろう。

BTSの音楽をいいなと思った時、私はそれ以上彼らのことを知ろうとするのを戸惑った。
だって彼らの名前を知っていた。彼らの音楽にまともに触れるより前から。それは決していい意味ではなくて、「韓国の」「アイドルグループ」が起こした騒動として記憶されていた。いくつかの騒動について、私がここで何らかの意見を記述する権利はないかもしれない。だけど、それらの騒動の時に、深く悲しみ、傷ついた人がいたということだけははっきりと分かる。
かと言って私はBTSを責める立場にもないし、全肯定するつもりもない。BTSのメンバーだって人なんだから、考え方の違いはあると思うし、その違いが私にとって受け入れ難い断絶である場合も勿論あるだろう。私たちはみんな違う。国籍とか、教育とか、宗教とか。そしてアイドルのような公人ほど、そこに世論とか、もっと色んなものが被さって、混ざって、ますます問題が複雑になる。

だから、怖かったのはそういうどうしようもない考え方の断絶(が起こる可能性)そのものではない。
あ、この曲なんかいいなと思ってBTSのことをもっと知って、好きになって、もし、その先で彼らと自分の考え方の断絶に行き当たった時、私がかつて純粋にいいなと思った音楽の中にも、私は断絶の破片を探しそうになるかもしれない。私が好きだと思った曲の中にどうしようもない断絶の破片を見つけたら?私は、それがとても怖かった。


2. 終わりのあるものを好きになるということ

もう一つ、BTSのファンになる障壁がある。こちらはすごく簡単で、「いつか終わりが来るから」だ。

アイドルにも歌手にも、必ず終わりが来る。それはどういう形かは分からない。音楽性の違いかも知れないし、本当に考えたくないけど、メンバーのスキャンダルかもしれない。私は今までそんなに真剣に音楽やアーティストを好きになったことがなくて、だからこそ、今、すごく怯えている。

世界のトップまで上り詰めた彼らが、目標をなくしてしまったら?
年長のメンバーが兵役に行く時に、グループの活動まで終わらせてしまったら?

昔、東方神起のファンの友達がいた。彼女は東方神起が5人から2人になった時、「すごく寂しいけど、もし、離れるならその2人と3人だろうなと思った」と言った。
それは彼女の感想だけど、思い出すたびに考えてみる。
もしも彼らのうち誰かがグループを離れる選択をするとするなら、それは誰だろう?
だけどどう考えても7人じゃないBTSを想像できずに、結局その想像はそこで終わらせることしかできなくなる。

いつか終わりが来るその存在を好きになるのが、とてもとても私は怖い。


3. それでも、ファンになってしまった

2020年、私も世界の多くの人と同様、コロナによって変わった日々の中にいた。

趣味の山登りも、夏の数日間の縦走は山小屋の泊まりが難しそうだからキャンセルして。
大好きな洋服も、アクセサリーも、着ていく機会がなくてなかなか手が伸びなくて。
大好きなお酒は家でも飲めるけど、季節の香りを感じながらお店で飲むお酒の機会はぐんと減り。

今まで存在したはずの日常が急速に「あの頃」になり、懐かしむものになっていく、そんな薄らとした絶望を感じていた。停滞する日々は私の立ち位置を自分自身に改めて突きつけて、焦らせた。自分は孤独なのだと思った。

Dynamiteでバーン!と心臓を撃ち抜かれたみたいになっても、鬱々とした私は「こんなタイミングでBTSを好きになってどうするんだよ」と思ったし、できればやめとくべきだと思った。


でもRMが言った。いつかどこかで表出するかもしれない彼らとの断絶を恐れる私に。「音楽は言葉の上にあると思います」と。
SUGAが言った。いつか来るかもしれない終わりを恐れる私に。「落ちるのは怖いけど、着陸は怖くありません」と。
そしてジミンちゃんが言った。こんなタイミングでBTSを好きになりそうな私に。防弾少年団の修飾語は、「私の人生に一度だけの防弾少年団」だと。

https://youtu.be/CPW2PCPYzEE

言葉でならなんとでも言えるし、全てを信じられるわけじゃない。でも結局のところ、直感だけで動けない自分を納得させるのもまた言葉だから。(関係ないが、私はナムさんの言葉がとても好きだ。理路整然と、頭に響くから。)

ありがとう。変わってしまった日々の隙間に仕掛けた爆弾を、テテの視線一つで爆発させて、また一つ私の日常を変えてくれて。
私の2020年が劇的に変化しているわけでもなければ、私は未だにBTSのファンになることが怖いと思っているけど。でももう無理だ、好きになってしまった。もう諦めたし、納得した。


本当に、なんてことをしてくれたんだろう。
あなたたちのおかげで私の2020年は変わってしまった。
だから、本当にありがとう。

来年も私はずっと恐れながら、それでももっともっと、あなたたち7人のことを知りたいと思うだろう。

2020年最後の日に。今年の私の内面をほんの少しだけ変えたのは、コロナよりもBTSでした。

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