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SNSの炎上は人災に他ならない

こにゃにゃちは。
静香・ランドリーです。

突然の質問。

みなさん、長文は読めますか?

オンライン上で観覧できるニュースやコラム、さまざまありますが。
例えば、それら3,000文字以上の記事(テキストのみ)を、最後まで読むことはできますか?

長文離れが炎上を生み出している

筆者はもともと紙媒体の活字が好きなのですが、最近はレイジーな性格と経済クライシスが相まって、もっぱらオンラインで記事を読んでいます。

そこで、よく目にするようになったのが。
『この記事は〇〇分で読めます』と言う書き出し。

まぁーーーーーーーー違和感。

何とも形容し難い違和感です。
これは・・・何だ。
「読者様。今ご覧の記事は、ほんの〇〇分しかお手間を取らせませんので是非最後まで読んでくださいまし」
的な。

みんな、そんなに忙しいの?
一分一秒を争う状況に晒されているの?
まさか・・・腹を空かせたゾンビに追われているとか?!

"Run! Forrest! Run!"(From:フォレスト・ガンプ)

なんてね。

どうやら、TwitterなどのSNSが普及した影響で、ユーザーが長文を敬遠する傾向にあるそうです。
観覧者のサイト滞在時間を伸ばすために、大まかな時間を表示することで「そんなに長い記事じゃないから最後まで読めや」って伝えたいのでしょうかね。
これがニーズに合っているか否かは別ですが。

それにしても。
限られた文字数で最低限の情報を与えるSNSは、確かに手軽ですよね。
パッと見て理解できる文量。ゆえに自分の探していたワードをピックアップしやすい。
まぁ便利と言えば便利かな。

しかし、それに慣れすぎてしまうと、いざ長文を読む時に脳がバグってしまうような気がしてならない。

例えば、本文の中にあるいくつかの単語にのみ反応して、記事全体を理解したつもりになってしまわないかしら。

全部読み終えれば何を伝えたいか分かるはずなのに、起承転結の『承』の時点で、自分が拾った単語を集めて記事の内容を誤解しないかしら。

これって、ある意味『誹謗中傷』に繋がっていると思えてならんのですよ。

記事全体ではなく単語に反応する人たち

TVでも何かと話題になることが増えましたよね。
『オンライン上での誹謗中傷』によるトラブルは、年々増えてきています。

ネットの炎上も然り。

記事全文を読んでしまえば、決しておかしなことを言っているわけではないのに。
ほんの数回しか出てこないセンシティブな表現をピックアップして袋叩きする行為・・・浅ましい。

重箱の隅を突くように「それって不謹慎じゃないんですか?」「その発言で傷つく人もいるってわからないんですか?」的な口撃をする他人よ。

筆者、別に当事者ではありませんが。
「貴様は何者なのだよ」
と言いたくなります。

正当な言い分があるのならば、まずは全文に目を通しなはれ。
それでモヤッとしたら、次は投稿した当人の別の記事を読んでみなはれ。
それでもモヤッとしたら、礼儀を弁えた文章で当人に質問しなはれ。

誰もが手軽にコメントを残せる時代だからこそ、マナーを厳守すべきではないでしょうかね。
だってリアルな生活の中で、「何それモヤるんですけど」って赤の他人に言ったりしないでしょう?

『ネットだから何言ってもOK』なんて、誰が決めたんだよコンニャロ。

他人の意見を個人的に受け取りすぎる

プロのライターさんが書いている記事は、それなりにエビデンスに基づいたものが多い(と切に願う)でしょうが、個人が書いたブログは、如何せん価値観が偏りやすいものです。

普通に生活していて”ん?”と思うことも多いですよね。
そこで『こんなことがありました』『こんなふうに思います』って投稿したら、なぜか赤の他人から『不謹慎だ!!!!』と叱られる・・・いや落ち着けよ。

あくまでも個人の感想を述べているにも関わらず、なぜ意地になって揚げ足をとるか。
一般人だよ?
あらゆる情報を調査した上で賛成&反対の意見を踏まえつつ大衆に向けて発言するわけがなかろう。

すごく違和感を感じます。

あとね、完全にポイントがずれている口撃も多い。
例えばぁ・・・
『雨の日に出かけるのが好きなんです』
と言う、ごく平凡な”あるある発言”を例にしてみましょうか。

それに対して

『大雨で被害が出ている地域の人に対して失礼』

的なコメントが並んじゃう。

ほとんどは『私も好きです!雨の匂いって良いですよね』って感じの”共感コメント”ばかりですが、その中に上記のような明らかに理不尽な口撃が見受けられるんですよ。

何なのよ。
寂しいのか?構って欲しいのか?ん?ん?ん?

こんなんじゃ、下手に呟いたりできませんよね。

影響力のある人たちは考えて発言した方が良い

最近、話題になりましたよね。
メンタリストDaiGoさんの『ホームレス発言』大炎上。

あれはーーーーー・・・いかん(笑)。
明らかにマズかったですね。

筆者は彼の配信をいくつか見たことがあるですが、あの『ホームレス発言』は頂けません。
極論&暴論で、独りよがりのオンパレード。

彼ほどの影響力がある身で、なぜあのような配信をしたのか・・・ご本人は「ちょっと酔ってた」的なことを後日おっしゃってたようですね。
うん・・・プロの配信者なら、酔った状態で世間に姿を晒しちゃいけませんぜ。

お仕事なんですから。

著名人の方は、やはり発言に責任を持つべきですね。

しかし。
間違った発言をした著名人に対して、必要以上に謝罪を求めたり、過去の発言にまで遡って叩きまくるのは、浅ましい。

それもこれも『有名税』と括られてしまうのが、ちょっとかわいそうです。

オンライン口撃する人は自分の環境に不満がある人

会ったこともない人と交流できるSNSって、使い方次第で天国にも地獄にもなります。
同じ”好き”を持つ不特定多数の人と繋がったり、新しいものに出会えたり、自分が夢中になっている何かの魅力を誰かに伝えたり、そんなフィールドになるのがSNSだと筆者は思います。

あえて他人の発言に”いちゃもん”をつけて、ひたすら個人口撃する人たちは、悲しきかな『自分に自信がない』『自分の置かれた状況に不満がある』のかなぁと。

気持ちに余裕のある人は、気持ちよく「へぇー、なるほど」と返す場面でも、余裕のない人は「え、何それどーゆー意味よ」と突っかかる。

何と申しましょうか・・・
「アンタの発言でこんなに傷ついたんですけどぉ?!すごく不愉快な思いをしたんですけどぉ?!謝ってくれませーーん?!聞こえてますぅーー?!」
ってね。

他人の発言にあーだこーだと理不尽な言いがかりをつけるのは、掘り下げれば『全てを他人のせいにする自分』を晒す行為に繋がるんじゃないかと、そう思えてなりません。

”アンチコメント”を見つけたら、『あ、この投稿にはその方向性で口撃するのね』と便乗して、追加のアンチコメントを打ちまくる的な。
『だってみんな”この発言のココが間違ってる!!”って言ってるじゃん?自分はアンチじゃなくて、正そうとしているだけだよ』って歪んだ正義感。

何だろう・・・残念な時間の使い方です。

ゆるっと行きましょうや

SNSを通していろんな意見に出会うと、意外と自分の中にあるエゴや偏見に気付くこともあります。
人間ってみんな違いますからね。
「ホォー、そういう考え方もあるのか」なんて出会いがあるのは素敵です。

TwitterもFacebookもInstagramも、ある意味『自分に出会える(気付ける)フィールド』として使って行きたいものです。
生活に余裕がなくてもね、気持ちだけはゆとりを持って参りましょう。

ちなみに。
SNS上で意図的に差別発言や詐欺行為を繰り返す輩は断固として許すまじ。

では、アデュー。

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