見出し画像

『夜の女たち』が語りかける

「往年の大女優・田中絹代主演映画の『夜の女たち』」と言っても知らない人がほとんどだと思います。戦後すぐ、私の生まれるずっと前に作られた映画であり、その映画を観たわけではありませんが、ホームページからの情報を基にご紹介すると……。

1948年、戦後すぐに公開された『夜の女たち』は、戦後間もない大阪・釜ヶ崎(現在のあいりん地区)を舞台に、生活苦から夜の闇に堕ちていった女性たちが、必死に生き抜こうとした姿を描いた作品です。敗戦により価値観が全てひっくり返り、何が間違っていて何が正しいのかを見失ってしまった迷える人々。怒涛のように流れ込んできた自由の象徴であるアメリカ音楽と、心の奥底にだらりと横たわる勝利を確信したはずの軍歌……。思想を、家族を、生きていく術を、全てを失った日本人を写し出した名作といわれています。

そんな映画を舞台化、しかもミュージカルで再現され、北九州文化芸術劇場まで足を運びました。『夜の闇に堕ちていった女性たち』、つまり『街娼』を生業とする3姉妹の行き方を描いた映画を、舞台で、しかもミュージカルで再現する。舞台を観る前、あらすじを読んでもイメージが湧きませんでした。

芸術監督2年目の長塚圭史氏は、今年のテーマを『忘』として、猛スピードで進む現在に立ち、大切なことをどんどん忘れていく私たちが、忘れてはならないこと、これまで日本人が歩んで来た歴史を見つめることで、生きている今を考えるとしています。どんなに素晴らしい作品も、伝わらなければ意味がありません。辛く、重苦しいセリフを音楽に乗せることで、心の奥底にしみわたってくるかのようで、監督がミュージカルに挑んだ意図がわかったような気がしました。

日本にとって戦争は過去の出来事でありながらも、今世界で起きている戦争ともつながっています。「そんなことはあり得ない」と言い聞かせつつ、いつまた始まるかもしれないとの不安は高まるばかりです。戦争は一夜にして、すべてを一変させることになります。故郷を離れざるを得ないウクライナの人々、徴兵反対のデモを行い連行されるロシア国民を見てもそう感じます。どちらか一方が絶対的な正義で、もう一方は悪であるという単純なものではないのでしょうが、政治的指導者の思惑で、多くの人たちが翻弄されることになります。

時代にあらがわずに巻き込まれていく人たちがほとんどです。舞台で描かれていたのは、戦争が終わり、平穏な日々が訪れるかと思いきや、それまでと全く違った価値観を押し付けられることに戸惑う女性たち。そんな中にも、懸命に生き抜こうとする姿に、かすかな希望を感じとることができました。

終わって観客席を見回すと、まさに老若男女、幅広い世代の人たちが席を埋めつくしていました。私もその中のひとりとして、感じたことを伝える責任を負った、そんな気分にさせてくれました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?