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理不尽な環境で働いていると感じた外科医が読むブログ

 facebook のフィードに「思い出」として、1年前に自分が投稿した記事が出てきました。とある私立高校のサッカー部の暴力事件について、外科医の職場環境と絡めてやや長文の所感を述べたものです。

 折角なので、この記事を加筆修正してご紹介します。


高校サッカー部の暴行事件を受けて思うこと

 暴行の事実はもとより、炎上に対する初期対応において動画や音声のSNS流出が続いたことですべて裏目に出てしまい、監督は世間からの信用をすっかり失った。
 良くも悪くも現代は、SNSによる一億総監視社会である。

 このサッカー部の暴力体質の原因として、個人的には以下の要素を考える。

1)地方の寮生活という社会から隔離された閉鎖環境。

2)部活動の監督と生徒という圧倒的な上下関係。

3)試合への出場という生徒の生殺与奪を監督が一元的に握っていること。

 こうした閉じた環境においては、支配と被支配という関係が生まれやすい。支配する方もされるほうも一般的な価値観から乖離していきやすく、修正が効きにくい。「試合に出させてやる」という餌があることで、不法行為が行われていたとしてもほとんど顕在化することはない。

 他人を支配したがる者(マニピュレーター)にとって、このような環境は大変都合が良い。ある種の新興宗教や悪徳商法などは信者やカモを洗脳するために、研修や勉強会と称して、意図的にマンションの一室や山中の関連施設といった閉鎖環境へ連れて行く。
 心理学者のマーサ・スタウトが著書「良心をもたないひとたち」(草思社文庫)の中で述べているように、「何かおかしい」と感じたら、直ちに距離をおかないと、気がついたときには既に籠絡されていて、身動きが取れなくなってしまう

 さて、ここで我々の勤務する病院という環境、特に外科医の職場環境に目を向けたい。この高校のサッカー部で起こった出来事について、自分たちと全く関係ない、と我々外科医は胸を張って言えるだろうか。

 今のご時世、さすがに目に見える暴力行為があからさまに行われることはない(と信じたい)が、外科医は当直とオンコールを繰り返す生活をしており、どうしても一般社会との接点が少なくなりがちである。
 専門性という社会から見えにくい砦の中で、「指導する側」と「される側」という強い権力勾配が存在する。食事や睡眠を制限された過酷な労働環境によって、易洗脳状態にあるメンバーを上に立つ者がほしいままにすることは、残念ながら難しくない。
 手術を執刀させる、患者を割り当てると耳元で囁くことと、サッカーのスタメンに入れることは完全に相似形ではないか。

 残念なことに、これまで実際にそのような体制が敷かれている現場を見聞きしてきた。それを踏まえて、自分がこうした環境に巻き込まれていると感じた場合は、速やかに距離を取ることを強く勧める。
 たとえキャリアプランの変更を迫られたとしても、マニピュレーターには「関わらない」以外の対処法がないからだ。

 SNSが普及する以前に水面下で跋扈していた理不尽。そんなものは今後の一億総監視社会においては通用しない。閉鎖性と権力勾配に胡座をかいて時流を読み誤り、「今まで通り」やってきたこの高校は大炎上の渦中にある。
 各々が他山の石とすべきニュースである。



 上記の投稿記事中で名前を挙げた マーサ・スタウト は言っています。
 「マニピュレーターに酷い目に遭わされたとしても、復讐を考える必要はない。唯一にして最大の復讐は “別の場所であなたが幸せになること” である」と。

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