巷説、オルクセン芋煮会(オルクセン王国史二次創作)

芋煮会の朝は早い。

なにせ回り近所中のオークが一堂に会するのである。
彼らの胃袋を満たすためには、規格外の大鍋が必要であり、竈もまた規格外の大きさとなるのだ。

それ故、資材屋には夜明け前からレンガを買い求める長蛇の列ができる。
中には芋をほおばりながら並ぶオークの姿まで見える始末だ。

一方、芋煮会の予定地では場所取りが始まっている。

それもただスペースを確保しているのではない。
竈を設置する場を作るために、草を刈りとり地面に水平規をあてながらならしている。
竈が傾いていては鍋も傾き、汁がこぼれてしまうからだ。
貪婪なオークたちにとっては妥協のできない部分なのだ。

男たちが竈の準備をしている一方で、女たちは鍋の具材の準備に追われている。
芋と野菜、塩漬け肉や腸詰めなどのさまざまな具を用意する。

具材だけではない。
パン、ワイン、ビールにチーズと、さまざまな鍋の「おとも」をいっぱいに抱え、家を後にするのだ。

早朝からの男たちの奮闘の甲斐あって、昼前には無事竈の支度が完了する。
だが、ここで問題が発生する。

肝心の大鍋がまだ到着してないのだ。
このシーズン、芋煮会場をめざす馬車の列が渋滞を起こし、大鍋を運搬する馬車も渋滞に巻き込まれてしまったのだ。

待ちぼうけである。

しかし、当のオークたちは慣れた様子で、鍋の到着を待たずに酒盛りをはじめてしまった。
「こんなことはよくある話」「何時に到着するか賭けでもしよう」と口々に言い合い、腸詰めやチーズを竈の火で炙りながら哄笑している。

しまいにはすっかり出来上がり、午睡をはじめてしまったのであった。

これに困ったのは、やっとの思いで鍋を運んできた運送業者のコボルトである。

特性の大鍋はその重量ゆえに馬への負担が大きいため、御者は小柄なコボルトがつとめる事が多い。
しかし、彼の体格では荷降ろしが不可能である。
注文者のオークたちの膂力が不可欠なのだが、生憎彼らは夢の中だ。

仕方なく馬に水と秣を与えながら待つこと2時間余り、ようやく目を覚ましたオークたちによって大鍋が竈にセットされた。
夜明け前から準備をはじめてようやく芋煮会がはじまるのである。
なお、この時点で鍋の材料の何分の一かはすでに食べられてしまっているのだが、豪放なオークたちの気にもしない。

陽が西の空を茜色に染める頃、たっぷりの具材と清涼な湧水でつくられたスープが大鍋いっぱいに完成した。
それを口いっぱいにほおばるオークたちに混じってご相伴にあずかるコボルトの御者の姿もある。

そう、彼はこの芋煮会が終わったらまた鍋を持って帰る仕事があるのだ。
規格外の大鍋ゆえに維持管理も大変なため、いつしか専門業者に頼んでレンタルするのが当たり前になっていた。
かつてはオークの家の蔵には大鍋があったと言われているが、それも近年では希だという。

通信と流通の発達により形を変えながらも受け継がれていくオークの文化の姿がそこにあった。

【明迷書房「かわりゆく芋煮会文化とコボルト通運の発展」より】

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