さとうはな

短歌と詩

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『未来』2024年9月号詠草

『未来』2024年8月号詠草 祝日のたびに花火を売るバスは訪う 夏は近づいていて 手花火も打ち上げ花火も並びいるコックピットのような車内に ひと束の手持ち花火をはつなつの類義語として買い求めたり 夜の窓ひろく開いて涼風と花火のにおいを部屋に招いた 恒星のならびを思う一つひとつ食器を食器棚に戻せば 歯の抜ける夢、明け方にみたのちに寝ぼけまなこで飲む檸檬水 外界と部屋を隔てるいちまいのカーテンが生むひかりの領土 はつなつを留めるように桜桃を食めばひとりの朝のしずけさ 草木に人格あ

    • 『未来』2024年8月号詠草

      『未来』2024年8月号詠草 踏まれては朽ちる花びら ほんとうを告げたとしても後悔のなか 海中の深くに沈みゆくほどの眠けのなかに過ごす春の日 “住む”よりも“棲む”が似合えりサラダ菜を木皿に盛って暮らすふたりの くちびるを呼ぶかたちしてうす紅の躑躅は朝の庭にたゆたう 膝の上きみが広げるナフキンにたちまちひらく菜の花ばたけ 昨日からギャング映画を生きている冷めたキッシュにフォークを刺して 後ろ手に髪を結うとき流星は朝のつめたい海へと落ちる 水を含む髪の重さよ一瞬のめまいを花の嵐

      • 『未来』2024年7月号詠草

        『未来』2024年7月号詠草 月光に冷えたフルート吹くひとの世界を綴じるような息継ぎ 四月にも夜は寒くてカモミールティーのカップをふうふうと吹く メタファーが繰り返される映画に羽ばたくしぐさをする主人公  ※映画=ムービー 親密な場面の曲のあかるさはのちの別れの暗示となれり 昼のあかり夜のあかりを引き連れて気だるげにジョン・トラボルタ踊る 結末に向けて惨さを加速するヴィランのように春の夕暮れ ひとしきり夕刻を待つヴェランダに破滅はときにうつくしいこと 植物になるなら何がいい

        • 夏の雷

          夏の雷 スポークに雨をはじかせはつなつのきみは全き光源である 霧雨に濡れた場所から冷えてゆく たてがみ、蹄、羽やたましい ずぶ濡れの背中にふれて鳥を呼ぶように名前を呼んでほしいよ うつむいて傘を開けばやわらかくわたしに撓うひとつのことば まぼろしや永遠のこと語りつつ驟雨のなかに閉じ込められる 夏の雷遠く響いてこの世には失うものを持たぬふたりだ 初出『みづつき12』2024年6月

        『未来』2024年9月号詠草

          『未来』2024年6月号詠草

          『未来』2024年6月号 氷点下また戻りくる三月にみずうみまで、とUberに告ぐ 推理小説の結末だけを思いだす地下鉄、地上に出る瞬間に ※ミステリー これほどに水族館を求めつつあなたは青い傘をたたんだ ハンカチを開いてはまた折りたたむ海を言葉に閉じ込められず うつつにも伝えたサルバドール・ダリ、そのやわらかな時計のことを 白鳥を生み出せそうにひらめいてあなたのうつくしい箸づかい 角ざとう紅茶に落とし訥々と起こらなかった不幸を言った 花嵐あかるく筆者の死をもって未完のままに終わ

          『未来』2024年6月号詠草

          『未来』2024年5月号詠草

          雪解けの水たまり踏むひとときに空はわたしに近くあること 冬って、とあなたは言ってふるさとを思い出すのかまた口ごもる みずからを追うように降る雪の日のわたしは何のレプリカだろう 夕暮れの坂のぼりつつ冬に咲く花のなまえをしりとりしよう 夜の雨 記憶のなかに幾千の旗ひるがえり夜の雨降る 浴室のしずくを拭い沈黙には色も温度もあるのだと言う 冬の詩集ひらけば遠いあなたからはじまってゆく山火事のこと 一月を過去にしてゆく恒星のようなひかりよ ただ青白く フエラムネ舌につめたいさみしさを音

          『未来』2024年5月号詠草

          だまし絵

          だまし絵 噴水に降る春時雨 ひかりとも影ともつかず瞬いている ぬすまれた傘はどこかの書店にてまた別の手に開かれるころ シロツメを摘みながら行く早春のふくらはぎにも触れる草原 Kneippのソルトを溶けば春の夜のこのバスタブも海のはじまり トンネルに再びもぐる地下鉄よ ひかりはひかりのまま運ばれて 駅前の生花店には黄水仙ならび異国の水辺のにおい それぞれの楽器ケースを抱え持ち春の車両に出会うひとびと だまし絵にだまされたいね蔓草の飾り文字濃き洋書を開く 『置き場』第3号 20

          未来2024年4月号詠草

          どこまでを声はゆくのか冬の日のラスコーリニコフただうつむいて 日々もまた旅であることふかぶかと紺のマフラー巻いて駅へと 指をかけきみが引き出す全集のあおい背表紙あれが金星 ろうそくの明かりを、または感傷をとどめるためにカーテンを引く 怒りとは水晶のよう砕け散るときがいっとう美しかった 朝霧は深くただよう早足にわたしが森を抜け出たあとも やわらかな冬芽を露にひからせてことばにはまだ足りない木々だ ふたりとも生まれなかった世界線の話をあおい林檎むきつつ 夢のなか桃のにおいがすると

          未来2024年4月号詠草

          皆既日蝕

          4月8日、北米で皆既日蝕がありました。去年末から話題になっていて、この日蝕に合わせて学校も休みになったほど。午後の3時が日蝕のピークなので、運が悪い子はスクールバスに乗っていて見逃しちゃうからというのが理由です。 オンタリオ州ではナイアガラの滝付近が一番観測に適しているということで、ナイアガラは観光客が押し寄せるという予報から、緊急事態宣言も出ました。 わたしはトロントの家で、庭で見ることにしました。 あいにく当日は曇り空。庭にござを敷いて、本を読んだり犬を遊ばせたりしながら

          冬至祭

          冬至祭                    さとうはな 北の国の冬は日の落ちるのが早い 一年でいちばん夜が長い日、学校も商店街も工場も役場もおやすみで 街中はランタンやひいらぎ、たくさんの花でかざられる 街外れにあるみずうみからのぼる霧はしずかに流れ、街全体を満たす まだ正午を少し過ぎただけだけれど 陽が傾き、もう薄暗い広場に 出店が立ち 篝火は焚かれ 音楽家たちが冬至祭の音楽を奏ではじめる 広場には人々が集まってくる (ほら見てごらんあの子だ)(冬を終わらせる)(春を

          やわらかにつぶす 

          やわらかにつぶす              さとうはな  屋上より見下ろす街よ ひと冬は手負いの草食獣のさみしさ 夜のシャボン玉は怖いねふたりきりたましい吐き出すよう息つけば いちにちを読書のままに過ごす日の椅子の影にも育つ感情 対岸という遥かさをつなぐゆえすべての橋に名はつけられて サーカスの訪れ、そしてひと晩に降る雪の嵩ラジオは告げる 金にきん 銀にはぎんのひかりあり棚の奥から冷える楽器庫 ともすれば武器にさえなる真鍮の楽器をきみはするどく鳴らせ 祈らないことが増えゆく

          やわらかにつぶす