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特別支援教育担当指導主事向け勉強会Vol.1〜指導主事による学校巡回相談と応用行動分析〜

開催日時:令和6年7月26日
場所:オンライン
参加者:約30名

学校巡回相談や就学相談などで、日々、学校や子どもたちの多様な悩みや困りごとに接する、特別支援教育を担当する指導主事の先生がた。「学校から助言を求められたとき、状況をどのように見立て、助言したらいいのだろう?」「困難ケースへの介入のポイントは?」そんな声にお応えすべく、支援のヒントとなる事例を共有し、先生がた同士の交流を深める場をつくりたい、と企画を練りました。全国の特別支援教育・インクルーシブ教育をより一層推進することを目指し、LITALICOインクルーシブ教育実践研究会初となる指導主事向け勉強会を開催しました。
話題提供には、千葉県柏市こども相談センター専門監の北村大明さんが登壇。応用行動分析学の視点から、学校巡回相談の場面で意識したい着眼点、担任の先生とのコミュニケーションの工夫などをお話しくださいました。指導主事のかただけでなく、子どもたちと直接関わる先生がたや、対人援助職など、人と関わるあらゆる面でヒントになるお話がたくさん詰まった会でした。

北村 大明 氏
千葉県柏市 こども相談センター 専門監
小学校の通常の学級の担任、特別支援学校小学部の担任、小学校特別支援学級の担任を経て、大学院への現職派遣にて応用行動分析学を学ぶ。その後、柏市教育委員会で特別支援教育担当の指導主事を7年務める傍ら、大学院の博士課程にて認知行動療法を学ぶ。令和5年度から大学の非常勤講師を兼任し、教育相談の講座も担当している。令和6年度より、柏市こども相談センターの専門監として着任し、発達支援と虐待予防の観点から小中学校や学童保育への研修や助言を行なっている。


「言葉にならない言葉」を聞くために

教員としての経験も積むなかで、応用行動分析学に出会った北村さん。学ぶことで、「考え方がすっきりした」と振り返ります。「応用行動分析学では、子どもの問題行動を、その子の特性やパーソナリティに関連づけることはしません。問題を子どもの責任にせず、環境づくりの工夫によって子どものいいところをどんどん伸ばす、という発想なんです。応用行動分析学の倫理に『何よりもまず、傷つけるなかれ』という言葉があります。問題行動が見られる子を𠮟責のみに終始し傷つけるのではなく、その子が言いたいことを理解し、適切な行動に置き換えるという考え方は、僕自身にもすごくフィットしました」応用行動分析学では、問題行動だけに着目するのではなく、必ず「きっかけ」「行動」「結果」という3つの流れが関連しあっていると考えます。その3つの関係性から、子どもの行動の意味に関して仮説を立てることを「ABC分析」といいます。

例えば、授業中に飛び出す子がいたとき、「飛び出してしまう」という行動だけを見ると、「落ち着きがない」「協調性がない」といったラベリングになりがちです。しかし、きっかけに着目すれば、「授業が分からなかったのかもしれない」「以前、先生から理不尽に怒られたと感じる経験があったのかもしれない」といった理由が考えられます。さらに、結果に目を向けると、飛び出したことによって「苦手な勉強をやらなくてすむ」「好きな先生の注目を引くことができる」「遊具で遊べる」「走り回ることですっきりする」など、ここでもいくつかの理由が考えられます。

「行動の前後、文脈に目を向けてみることが大切です。そして、子どもたちの『言葉にならない言葉』の仮説を立てていくのが、応用行動分析学の基本です」

アセスメント時に大切な3つの視点

困りごとを抱えた子どもたちの指導について、担任の先生の相談に乗る学校巡回相談。相談は、「授業中に立ち歩いてしまう」「周囲の子の学習の邪魔をしてしまう」などの困りごとのヒアリングから始まります。

「担任の先生のお話を聞きながら、アセスメントをしていきますが、私はこのアセスメントをしながら、どんな工夫ができるかまでを考えていきます。アセスメントの際に、私が大切にしているポイントは3つ。『環境』、『その子自身の発達の状況』、そして周囲の友だちや担任の先生を中心とした『関係性』です」

「4S+U」を手がかりに環境をチェック

教室の環境をチェックするポイントはたくさんありますが、北村さんはまず「4S+U」に着目するといいます。

4Sは、「整理」「整頓」「清潔」「(子どもの)姿勢」の頭文字。Uは「上履き」の頭文字です。

「視覚的、聴覚的に雑然としていないか? 姿勢が崩れやすい場合には、机や椅子の高さは合っているか? 小学校の場合、意外と見過ごされがちだな、と感じています。また、上履きは口ほどに物を言いますね。情緒が安定していない子は、かかとを潰したり、裸足で歩いたりする傾向があると感じます」
さらに、授業の内容が構造化され、子どもにとって分かりやすいものになっているかも大切なポイントです。

「どこで、何を、どのくらい、いつまでやればいいのか? 終わったらどうすればいいか? 分からないときはどうすればいいか? ということが、子どもたちにちゃんと分かるように提示されているかをチェックします。もし、子どもから「先生、次は何をすればいいですか?」といった質問が出る場合は、情報提示が不足している可能性があります。工夫のチャンスと捉え、分かりやすく視覚化していきましょう」

そのほかにも、あいさつや返事、靴を揃えるといった行動がルーティン化されているかも確認するそう。クラスで求められる望ましい行動が学級全体で共有され、先生の気分によってルールが変わらないことは、大きなポイントです。まずは、先生自身がそれらの行動をできているかを見直してみることも大切です。

このように、対象の子どもを取り巻く環境への気づきが、支援の第一歩となります。

発達に関する知見を蓄積し、多角的な視点を持つ

「学習の困難や疲れやすさ、注意・集中の持続や多動性、対人関係・こだわりなどの特性が、どの程度あるかという視点を持つことも大切です。発達特性だけでなく、チックや自傷行為、過度の眠気など、身体症状についても見ていきます。また、個別と集団で様子が異なるなど、ムラのある凸凹が見られる場合は、愛着形成に問題を抱えているケースもあります」

発達に関しては、多種多様な見方があります。だからこそ、北村さんは研鑽を積み、知見を蓄積することを重視しているといいます。

「子どもの発達に関する知見は、研鑽を積んだ分だけ学校に還元できるものだと思います。私自身も、いろいろな研修をたくさん受けるようにしています」

共通の興味・関心を通じた信頼関係へ

北村さんは、「2人の間の共通の関心事」が信頼関係を深めるポイントだといいます。教える先生と教えられる子どもという二項関係ではなく、先生と子どもたちが対等に話せる共通の話題があることが大切だ、ということです。

「信頼関係の構築はゴールではない、ということも頭に入れておきたいポイントですね。目指すのは、子どもの学校生活の質の向上で、信頼関係を築くことはその基盤となるものです」

ABC分析で行動を理解「授業中に教室を歩き回る」場合は?

「環境」「発達特性」「関係性」の3つの視点を踏まえたうえで、実際にABC分析をどのように行えばいいのでしょうか?

例えば、「授業中に教室を歩き回る」という行動が見られる場合で、その行動のきっかけとして「苦手な課題がある」「書字が苦手」「周囲の騒がしさ」などが考えられるケースがあったとします。

まず環境調整で、教室の整理整頓や授業の分かりやすさの工夫などを行うほか、苦手な課題に対しての個別の声掛けや視覚的な支援を行います。また、担任との信頼関係を構築することで、自分の気持ちを伝えやすい状況を作ります。

ファーストステップは「先生、もう無理!」と自己申告したり、無言で飛び出すのではなく「保健室に行ってきます」と行き先を伝えたりできるようになること。問題行動を適切な「機能的代替行動」に置き換えることをねらいとします。

次に、授業に取り組みやすくなる支援を続け、本人のなかに達成感や「頑張るといいことがある」という実感を持たせることで、「授業に取り組む」という望ましい行動へとつなげていきます。

先生や友だちから認められたり、賞賛されたりすることも、望ましい行動をする動機づけになります。

「頑張ればいいことがある、『頑張り得』な環境調整が大切です。できたことがあればすぐに褒める、子どもの言葉にはすぐに応じて『ちゃんと伝わる』という経験が積めるようにしていきましょう」

また、「社会的妥当性」という概念も大事にしているそう。
「『社会的妥当性』とは、行動の目標、方法、成果が真に本人の生活の質を高めているかを見よう、という考え方です。よく『学級への適応』と言われますが、子どもにとって適応するだけの価値のある集団になっているか、という視点も忘れてはならないと思っています。その子にとって学校生活の質が高まることが大切。学校生活の質が高まらないのに我慢して適応させるのではなく、子どもを中心に考えることが重要です」

担任の先生へのフィードバックは「明るく、楽しく、簡単に」

子どもたちの様子を見たあと、巡回相談では担任の先生へのフィードバックを行います。北村さんは応用行動分析学の理論に基づきながらアセスメントを行いますが、先生にフィードバックするときには専門用語は一切使わないそう。

「初対面の先生も多いので、まずは信頼関係を構築できるよう、笑顔で丁寧に自己紹介をし、雑談で共通点を見つけ、声量や目線などを徐々に先生と合わせていきます。

そして『授業を見させていただきましたが、先生はどんなことにお困りですか?』といった質問を投げかけ、自由に話してもらいます。そうすると、『私(先生)が困っています』と自分を主語にして話す先生、『子どもが困っています』と子どもたちを主語にして話す先生に分かれます。先生の視点が主観的なのか客観的なのか、精神的消耗度の度合い、その先生の価値観・教育観などが見えてきます。このとき、大切なのは担任の先生の立場に立って、日頃の指導場面をイメージしながら話を聞くこと。話してもらったあとは、まず思いっきり日頃の苦労をねぎらいます。人に助言をするというのはリスクが高いことなので、的外れにならないよう、お互いの目線を揃えていきます。」

リフレーミングのきっかけとなる質問を

先生と視点を合わせたところで、見立てと手立てを伝えていきます。

見立てを伝えるとき、北村さんが意識するのが「リフレーミング」です。
「問題行動が起きにくい条件を質問し、先生が気づいていない視点を引き出していきます。算数の時間、音楽の時間、図工の時間ではどうですか? 校庭では? 理科室では? 問題行動が起きにくい活動内容や場所、時間はどんなときか、ちょっと視点を変えて、今まで気づいていなかった見方を促していきます。これを『リフレーミング』といいます。同時に、問題行動が起きやすい条件も見ていって、可能性として共有します。先生が『もしかして』という視点を持って、今後の指導に活かせるようにするためです」

また、北村さんは「この子の得意なことは何ですか?」という質問も投げかけます。

行動に問題があると見られる子や学習のつまずきがある子は、ついネガティブな部分にばかりフォーカスがされがちです。周囲から「落ち着きがない子」「わがままな子」「勉強が苦手な子」といったレッテルを貼られてしまっていることも少なくありません。これを、応用行動分析学では「個人攻撃の罠」といいます。

つい「個人攻撃の罠」に陥りそうになるところを、「得意」に着目することで認識を変えていくように促します。「運動が得意な子」「人に優しい子」「お手伝いが上手な子」と、視点を変えればきっといくつものいいところが見つかるはずです。これもリフレーミングの手法です。

「副作用」の少ない支援を提案する

リフレーミングのあとは、具体性のある手立てを考えていきます。

「子どもが帰ったあと、ちょっと机を揃えておくことはできますか?」
「気づいたときには、ゴミを拾いながら机間巡視ってできますか?」
「1日の日課を黒板の端に書いておくことは可能ですか?」

このように、先生にとっても周りの子にとっても価値のある手立てを考えていくことがポイントです。同時に、先生が今実行している工夫が効果的な場合は、なぜその工夫が効果的なのかも伝えます。

また、「大変だったらほかの先生に手伝ってもらうことはできそうでしょうか?」と、教職員間の協力を引き出すような問いかけも意識しているといいます。行動上の問題がある子どもの支援には、校内支援による対応が不可欠です。先生がひとりで抱え込まないように、そのきっかけを探っていきます。

担任の先生にしかできないこと、時間があるときにしかできないことではなく、なるべく日常的に実行可能で、どんな先生でもできる支援を考えることが重要です。これを北村さんは「副作用の少ない支援」と表現します。
「初回の相談ですべてを解決に導くことは不可能です。日々、実行できる『副作用の少ない支援』を提案し、繰り返すことで、徐々に先生の支援の精度が高まるようにサポートします」

「ほめほめスパイラル」で自己信頼感を回復!

北村さんが、実際の学校巡回相談の現場でよく見るのが、「悪い循環」ができてしまっているケースだといいます。その日に起きた子どもの失敗を連絡帳や電話を通じて保護者に連絡すると、保護者は家で毎日のように子どもを叱ることになります。すると、家で叱られたストレスで、学校でもまた失敗をしてしまったり、問題行動が起きやすくなったりしてしまう……。こうした悪循環を断ち切るために、北村さんが提案しているのが「ほめほめスパイラル」です。

「連絡帳にポジティブなことをひとつ、書いてみませんか?と提案します。友だちの消しゴムを拾ってあげた、あいさつが上手にできた、なんでもいいんです。それをおうちでも褒めてあげてください、と書き添えます。子どものいい面を、子ども自身、保護者、担任で再確認するのが目的です。これによって、本人も自己信頼感を回復し、つい悪いところばかり見ていた保護者も、我が子のいい面を見てリフレーミングができるようになることを目指します」

5つの工夫で信頼関係を構築する

とくに経験年数の浅い先生に多いのが、「子どもと仲よくなりたいけれど、何から手をつけていいか分からない」という悩みだといいます。家庭環境が複雑なときに子どもが学校でストレスを発散する、それによってクラスが安定しない、ほかの保護者から意見がくる、そして先生や周りの子どもが追い込まれてしまう……ということもあります。

北村さんは、5つの工夫の例をよく伝えるそうです。

・三項関係:共通の話題や関心事を作る
・オウム返し:子どもの言葉をオウム返しにして、共感を示す
・アイコンタクト:子どもの「楽しい」「うれしい」というポジティブな感覚への共感をアイコンタクトで伝える
・I(アイ)メッセージ:「先生、うれしくなっちゃったな」というように、自分自身の感情体験を子どもに伝える
・CCQで褒める:「Calm(穏やかに)」「Close(近づいて)」「Quiet(静かな声で)」

子どもの安心・安全な感覚を醸成し、共有する工夫が、信頼関係の構築につながっていきます。

巡回相談後のフォローアップ

巡回相談はその場限りで終わりではなく、その後のフォローアップも大切です。連絡がなければ電話で話を聞いたり、別の要件で当該校に出向いた際に、様子を確認したりします。
「改善されたことがあれば、『先生、どんな工夫をしたんですか?』『すごいですね』と称賛を言葉にして伝えます。状況が悪くなってしまった場合は、ほかの手段を検討します。違う視点が必要な場合もあるので、相談機関につなぐこともあります。社会資源とつながれているかどうかは、大事なポイントです」
こうして、常に「学校のことを気にかける存在」がいるということ自体が、学校の孤立を防ぐ、と北村さんは考えています。
「私が学校支援の際に大切にしているキーワードは『子どもの成長を信じても、子どもの成長に甘えない』です」と語る北村さん。
北村さん自身も、今でもさまざまな学びを継続し、また先生との対話のなかでも学んでいるといいます。
講演のあとには、参加者同士での情報交換会も。「みんなで情報を出し合える場が必要だと思いました。」「複雑で多様な現場での状況について、北村先生のお話で、ずいぶんと整理できた」と明るい声が聞かれました。
「何よりも子どものために」という視点と、理論に基づいたブレない提案やフォローに気づきが満載のセミナーでした。

〈ご案内〉

特別支援教育に携わる先生がたをサポートするために開発された「LITALICO教育ソフト」では、子どもの実態把握をアセスメントツールを通して行うことが可能です。子どもの実態に合わせた手立てをご参考にしながら、支援方法や合理的配慮を検討する際にもご活用いただけます。

「LITALICO教育ソフト」について気になる方は下記問い合わせ先よりお問い合わせくださいませ。
TEL: 050-3138-4614(平日9:30-17:30)
Mail: iep_sys4school@litalico.co.jp
HP: https://s-edu-soft.litalico.jp/

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