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ドーパミン危ない説って本当?

「ギャンブル等依存症」などを予防するために 生徒の心と体を守るための参考資料 平成31年度 文部科学省 にはこんな記載がありました。
 
脳には、美味しいものを食べる、試験に合格するなどによって快感や幸せを感じる機能があります。これは、行動嗜癖が生まれるプロセスに重要な役割を果たしています。ギャンブル等を行ったり、依存物質を摂取したりすることにより、脳内でドーパミンという神経伝達物質が分泌されます。ドーパミンが脳内に放出されることで中枢神経が興奮して快感・多幸感が得られます。この感覚を脳が「報酬(ごほうび)」と認識すると、その報酬(ごほうび)を求める回路が脳内にできあがります。しかし、その行為が繰り返されると次第に「報酬(ごほうび)」回路の機能が低下していき、「快感・喜び」を感じにくくなります。そのため、以前と同じ快感を得ようとして、依存物質の使用量が増えたり、行動がエスカレートしたりしていきます。

もっともらしい説明だし間違っているわけではありません。たしかに、覚せい剤など精神刺激薬やアルコールの摂取で「報酬回路」が活性化します。ギャンブリング、ゲーミングでも同じ回路が活性化します。だから「報酬回路」に解を求めるのが嗜癖研究での流れです。しかし「ドーパミンは危険」という理解をするなら間違っています。
 たとえばLinnet J(2020)の総説によれば、物質使用障害ではドーパミンが結びつく力が弱まり物質に対するドーパミン反応が鈍化しますが、ギャンブリング障害では結びつく力の低下はなく、報酬への反応が鈍化するという報告もあれば、しないという報告もあり一定しません。ですから、上記の説明は物質使用障害にはまあまああてはまっても、ギャンブリングにはうまく当てはまりません。そのため、行動嗜癖の基準では耐性や離脱を入れないのが普通になっています。
 また、一般にドーパミンは逆U字型で働きます。枯渇した状態でパフォーマンスが低下するだけではなく、過剰な状態でも低下します。パフォーマンスを最適化する量があり、しかも、その量はドーパミンが働く部位やネットワーク、関連する機能によって異なるらしいのです。そのため、いわゆる健常対照者とギャンブリング障害うたがいの人の間にドーパミン機能の一般的な違いがあるという研究は少なく、単一のドーパミン作動薬がギャンブリング障害一般に効くことはないだろうと考えられています。ギャンブリング障害におけるドーパミンの研究の多様な、時には矛盾した知見は、ギャンブリング障害というのが均質な集団ではないことを示しているようなのです(Kayser A.2019)。
 一方で、「やる気」とは何なのか、「モチベーション」にかかわる神経回路はどこなのかの研究が進み、「報酬回路」が「やる気」「モチベーション」の回路であることが明らかになっています。遊び、娯楽に限らず、仕事、勉強へのやる気、コミュニケーションへの意欲、社会奉仕へのモチベーション、SDGSへの熱意、みなドーパミンが強く関与する「報酬回路」なしにはありえません。
 「報酬回路」の働きは3種類あることがシュルツらによって1990年代から明らかになっています。単に「報酬」で活性化するだけではなく、「報酬の予測」で活性化します。「報酬」が繰り返されると、その「報酬」につながるトリガーでドーパミンが大きく分泌するようになります。「報酬を求める回路」とはこのことです。 そしてギャンブリング障害のうたがいのある人と健常対照者を分かつ現象として、ギャンブリング関連画像などを見せたときのトリガー反応がよく取り上げられます。しかし、この時注意してほしいのは健常対照者のギャンブリングへの興味です。たとえば、鬼滅の刃が好きなら市松模様や竹に反応するでしょうし、「集中」が「(全)集中」と響きます。「報酬回路」が予測的に働いて「報酬予測」するからです。しかし、この反応は好きな対象に対して普通に起きる反応です。健常対照者でも例えばゴルフ好きならいいゴルフクラブに反応したりします。トリガー反応があるからといって「鬼滅障害うたがい」なわけがない。精神性障害では必須の「顕著な苦痛や臨床的に意味ある機能障害」が生じているわけではないからです。せいぜいhazardous鬼滅、いいところ「鬼滅ハマり」です。「好き」が「渇望」に近づきそうな「危うい予感」を、直線的に「障害」と同一視する見方や解説は眉唾しましょう。国際疾病基準ICD-11のゲーミング障害、ギャンブリング障害には除外項目があり、hazardous gambling or betting, hazardous gamingはギャンブリング障害、ゲーミング障害ではありません。その差を分かつのが「顕著な苦痛や臨床的に意味ある機能障害」です。
 ところで、報酬回路は「報酬」「報酬予測」での反応のほか、「報酬予測」と「(実)報酬」の誤差を計算することが明らかになっています。予測以上の報酬が得られると、次回もその報酬を得る確率を高めるように「報酬予測」を高めます。一方で、報酬を予測したのに報酬が得られない、あるいは予測より報酬が小さいと、報酬回路はその差を計算して活動を減じたり止めたりします。「ギャップ」「がっかり」の脳内表現です。「がっかり」が繰り返されると、報酬予測が小さくなります。行為への意欲が低下し、「飽き」ます。嫌になります。行為が繰り返されると「快感・喜び」を感じにくくなるのは、報酬回路の機能低下というより、むしろ報酬回路の基本的な性質です。最初は意欲十分で始めた勉強でも仕事でも、うまくいかないとモチベーションが低下していく、飽きていく。嫌いになる。「はずれ」「ハマり」「負け」が意欲を減じていく。
 ですから、嗜癖行動の問題は「報酬予測」をめぐる快感条件付け(快感にハマる)問題というより、「なぜ飽きないのか」「負けの痛みがなぜ効かないのか」「その背景にあるものは何か」にこそあります。それが日常の生きづらさだったり、神経症傾向の強さだったり、背景障害の故だったり。だから、単に快感に条件づけられてハマる場合は軽症だったり、流動性が高かったりするのです。そして日々の暮らしでの「報酬予測」低減が起きないようにする、「報酬予測誤差」を負にしないようにする工夫が回復支援の重要なポイントです。「快感、気持ちいいものはみな危ない」「がまんして勤勉に、こそ美徳」といった認識や態度の強化というより、日々の喜びの向上、「日々快適」、生きやすさ向上のための環境調整こそだいじです。

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