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天使に粗相はできかねる 第六話「雨の夢」

-1- 暗くて冷たい雨の夢だった。 母がおとなたちに連れていかれ、 本当に一人ぼっちになった日のことだ。 街は少年の母親を引き渡すことに抵抗せず、 喚く少年を止めてやることもしなかったので、 魔女狩りを自称するおとなたちは元から決まっていたように、 見せしめのような暴力を少年に浴びせ続けた。 少年は、からだのあちこちに鈍く重たい痛みが脈打つなかで、 子どもに暴力を振るうことになんの抵抗もないのだと知って、 子どもの無力さに絶望し、母は連れて行かれるのだと悟った。 泣いて疲

    • 天使に粗相はできかねる 第五話「羽根の痕」

      ワンピースの裾をつまんでふわりと一回転。 体が軽くいられるように、神様に羽を預けてきたのだという。 「直接は見ない方がいいですよ、  目が潰れてしまいますから。」 向かい合っていた天使の少女は少年の両手をすくうように持ち上げ、 そのまま天使の少女の腰を包むようにみちびいた。花の匂いがする。 少年の手を持っていた少女はするりと腕を抜いて、少年を抱きしめた。 久しぶりに会えた家族への抱擁のような、柔らかで暖かな心地がする。 「ほら、こうすれば、傷を見ることなく確かめること

      • 天使に粗相はできかねる 第四話「厄介払い」

        蜜漬けの果実を瓶一杯に貰った少女は ご機嫌で、ちいさく鼻歌を歌っていた。 もっともその「お土産」だって、 さらに話そうとしていた屋台の少女を遮って、 屋台の女主人が無償で渡してきた品物だった。 堂々と締め出すことができない手前、 体よく会話を切り上げる方法だった。 天使の少女は知ってか知らずかそれを受け取り、後を引くようなこともなく、少年と共に屋台をあとにした。 「それ、讃美歌ですか?」 「いえ、いま思いつきました。」 どおりで、聞き慣れない跳ねた曲調だと思った。ジプシ

        • 天使に粗相はできかねる 第三話「柑橘のジャムと屋台の娘と」

          「これがジャム。この街の名産で、他の街へも売りに行きます。」 少年がひとつ手に取ったジャムの瓶を、 少女はまじまじと見つめていた。 人目もあるため、おのずと敬語に切り替わる。 無理もない。 関心のないふりをして過ごしている大人達は、 好奇心から一挙一同を見ているのが痛いほど分かる。 穏やかな陽射しがさんさんと降り注ぎ、 果実を積んだ木箱とジャムの屋台を、 柔らかく陽の光が包んでいる。 「このジャムの原料は何ですか?」 「あ、ああ。ええと…」 屋台の女主人が引き攣った笑

        天使に粗相はできかねる 第六話「雨の夢」

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        • 天使に粗相はできかねる
          7本

        記事

          天使に粗相はできかねる 第二話 「招かれざる客に捧ぐ生贄」

          とり残された少年に、天使を名乗る少女はにっこりと微笑みかけた。 「では、さっそくですが。案内してくださいますか?」 「天使様。  お言葉を返すようで恐縮ですが、  綺麗な服に着替えてから来ますので、  ここで待っていてくださいますか?」 少年はたどたどしい敬語で天使に問うた。 少女はすこし年上くらいだろう。 「ついていきますよ。  教会なのでしょう? ぜひ見てみたいわ」 少年が否を言える雰囲気ではなかった。 幸いにも教会はひととおり清掃してある。 天使の少女は礼拝堂で待た

          天使に粗相はできかねる 第二話 「招かれざる客に捧ぐ生贄」

          天使に粗相はできかねる 設定画

          天使に粗相はできかねる 設定画

          天使に粗相はできかねる 第一話 「天使」

          -1- 「案内人が、ほしいのですが」 小さな村の祝祭日。 色とりどりの紙吹雪、藁を編んでつくった動物の像。 豪華ではないが知恵を絞った工芸品で村は彩られている。 子どもたちには動物を模した水笛、菓子が振る舞われて、 広場では有志の楽器隊が牧歌的な伴奏を奏でている。 子供たちの笑い声が街に花を添えていた。 しかし、それもさっきまでのことだ。 つい先ほどまで穏やかだった村の一角はぴたりと音を止め、 静寂の中には微妙な、野暮ったい緊張感が祭を遮っていた。 ひとりの少女をぐるりと

          天使に粗相はできかねる 第一話 「天使」