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読書記録「国境のない生き方」


先日,大学時代の友人に会うため,

北海道行の飛行機に乗りました。

彼女とは留学で知り合い意気投合して以来,

何度も旅行にいったりよく電話をしたりしている仲です。

そんな大切な友人に会うためのフライト中に読んだ作品が

「テルマエ・ロマエ」の作者ヤマザキマリさんの「国境のない生き方」。

著者の体験的人生論には圧倒されました。

以下、本文からの引用です。

『スティーブ・ジョブズ』の漫画を描いていると、そういう彼のことがあまりにもわかりすぎて、だからこそ自分は今これを描いているのだと、何度もそう思うようになりました。(中略)
ジョブズはきっとそういう彼自身の闘いを闘い抜くことにしたのでしょう。
人からどう思われようと、そんなことはどうでもいい。だから人に平気でつらいことも言えるし、自分勝手なこともできる。だって向き合うべきは自分で、他者という鏡に自分を映す必要が一切なかったのですから。(中略)

それはもう、「個性的」とか「自分らしさ」なんて枠には、とても収まりきれない。私が「個性的」とか「自分らしさ」という言葉に対して鼻白んでしまうのは、ジョブズのように、そんな枠なんかとっくに突き抜けた人間に、たまらない魅力を感じてしまうからでしょう。周りに好感を持たれる程度の「自分らしさ」なんて、そこで生き抜くための便宜的なもので、生ぬるく感じてしまう。もし、ほんとうに掛け値なしの「自分らしさ」みたいなものがあるのだとしたら、それはジョブズのような、もっと抜き差しならない、切実なものなのだと思います。
海外に行けば答えが見つかると思えない。そんな短絡的で誰にでも当てはまるような方程式は、人生にはない。(中略)だが,もうだめだと追い込まれた時こそ、世界に向かってもっと自分を開いていったほうがいい。本当に自分が欲している栄養分はなんなのか。それは人によっても違うし、家族や友人にすらわからなかったりする。どこに行けばそれがあるのかは、自分で見つけ出すしかないのです。もし今いる環境の中に自分にプラスになるものがないのなら、それを探す手間を惜しまないこと。そのためには、やっぱり、歩き出すしかない。なけなしの自分を頼みにして、最初の一歩を踏み出すこと。

ヤマザキさんは14歳で1か月間、欧州を一人旅。17歳で絵画を学ぶためイタリアに留学し、その後出産し、帰国後の活躍。。と波乱万丈な人生を歩んできました。

こうした経験があったからこそ今のヤマザキさんがあるというより、「自分でもどうしようもない衝動のような、抜き差しならない、切実なもの」を抱えて生きるヤマザキさんだからこそこのような人生を歩むことになったのだと。彼女が「自分でもどうしようもない衝動のような、抜き差しならない、切実なもの」を抱えて生きているからこそ安部公房作品のように「飄々ともがき続けるもの」に惹かれてきた。

私は彼女のような生き方はできないし、ジョブズや彼女と同じ熱量の「抜き差しならない切実なもの」を抱えて生きてはいません。

そんな私でも、これまで自分の中の修羅と戦ってきた自覚はあります。どうすればいいか分からず、どこか救いを求めるようにもがくときも。

でも、このような衝動を抱え続けた人の人生論を見ていると「生きづらくてもしんどくても生きていけるようなけもの道はある。」と。

ヤマザキさんの人生は様々なラッキーが重なった部分もありますし、著者の承知の通り、私たちは鵜呑みして全部真似することはできません。

それでも、彼女のようにただの生き物みたいに、生きることそのものに夢中になり、地球サイズで考えて自分の栄養分をもがきながら探していきたい。

そう思える一冊でした。

余談です。友人に再会後、この本を勧めたのですが、

「大学時代に読んだよ」と。読書の趣味も私たちは似ています。笑

最後に引用。

単純に地球があって、太陽があって、この環境の中で生きていける生命体として、私たちは命を授かったのだから、まず「生きてりゃいいんだよ」これが基本。 生きてていいから、生まれてきたんですよ。

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