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えのしま日記

その日の深夜の0時、いきなり友人からDMが来て「今日海行かない?笑笑」と言われた。趣旨とはズレるけど、こいつなんでこんなおじさんみたいな文章作るんだろう。悪趣味なユーモアの類かと思ったけど彼女にそんなウィットは無かったはずだ。少し迷って承諾したが、メッセージの確認自体にタイムラグがあったので待ち合わせ時間まで決め終わったのはちょうど2時頃だった。早く朝に備えて眠らなきゃなあと焦るけど準備(荷物を揃えカバンに詰める、麦わら帽子に首紐を縫い付けるなど)を全部済ませてようやく眠ったのは朝の6時過ぎだ。待ち合わせは11時に片瀬江の島だから10時には家を出るべきで、準備時間を含めると9時には起きるべきなので睡眠時間は2時間とちょっとで寝不足による吐き気と頭痛がぐるぐるしている。ADHDは時間がほんとに守れないので準備の間10分おきにアラームをかけるが結局待ち合わせには20分遅刻した。今日は久々に調子が良くてしらふでも人と喋れそうだ。

現地到着してもなかなか友人が見当たらず右往左往して、結局俺が友人を見つけるより先に友人が俺を見つけた。俺は妙にテンションが高まっていた(というより人と接する時にどれくらいテンションを高めるべきなのかの相場を見誤った)ので近くの土産物屋に入り綺麗なトルコ石のついた指輪を買う。お値段400円とは思えぬ可愛さだ。なんとなくコロナ禍のこのご時世海には入れないものかと思っていたのに普通に入れるらしく、彼女は水着を持参していたが俺は持っていない。買おうかとも思ったが使い捨ての水着に出すにしては悩ましい観光地プライスだ。結局水着は買わなかった。

江ノ島へついて10分もしないのに彼女は酒を飲みたいと言い始めたり、昨日は彼氏と徹夜で酒を飲んでいたので眠いなどと語ったりするので俺は居心地の悪さを味わう。彼女に飲酒の文化が根付いたのはいつ頃だっけ?おそらく最近のはずだから、酒という存在が持つ嫌な魅力に酔うのも致し方なさはある(おそらく過去の俺もそうだったのだし)のだが今日は真夏の江ノ島にいるのだ。酒なんて陰気臭い存在を持ち出さないで欲しさはあったし、事実にせよ俺と遊ぶ予定を入れたにも関わらず徹夜で酒を飲んで最悪のコンディションに甘んじた事実を明かされれば俺との時間とか、関係性が軽んじられてるように感じてしまうのは俺がめんどくさいメンヘラだからだろうか。徹夜コンディションという点だけを見れば俺も似たようなものなのだが前者が惰性なら俺は遠足前夜に寝付けない子供くらいの可愛さはある。俺の内心を体現したかのような暗澹とした地下道を抜けると眩すぎる夏と砂浜が広がっていたので俺は思わず走り出した。海だ!

砂浜に飛び込み、駆け出した初速3秒後には熱砂に足を焼かれ失速する。そうだった、夏の砂浜は殺人的な熱さなのだった。引き返すこともできないままヒィヒィと水辺を目指し、サンダルを脱ぎ捨てて足を海水につける。少し生ぬるく心地よい塩水。彼女は海が汚いなんて興ざめなことを言うが俺は海藻とゴミにまみれた地元の海しか知らないので十分に綺麗に感じる。江ノ島の浜辺はゴミどころか貝殻すら落ちていないが、地元の海はあさりの死骸のせいであんなに臭かったのだろうか。あの死臭は俺の幼少の記憶に紐づいているので正直嫌いではない、から江ノ島のお上品すぎる海は少しものさみしい。一旦浜に戻ると彼女がビニールシートを用意してくれていた。彼女はリテラシーとか倫理道徳面での甘さはあるけれど普通に考えれば年相応の範疇だし、それ以上に面倒見の良さとか、優しさもあってそう言うところが好きだったのだよなと思い出す。でもそれは誰かを思い出すからだったような気がする、ここから先は考えちゃダメだ。と思ってたら彼女がビーチでタバコって吸っていいもんなのかななんて言い始めるのでまたげんなりする。ダメに決まってんだろ。

俺はスカートをまくり沖へ沖へと進む。去年の入水ごっこや3月の刺すような冷たさの地元の海とはまるで違う暖かな海。スカートは裾が少し濡れ、押し寄せる波に臍まで持っていかれ、そこからは諦めて下着も腰から下は全て海水に浸る。海水を蹴散らして走り、麦わら帽子のつばを両手で抑えて彼女へ笑顔を向けると彼女は「かわいい」と笑って、俺も彼女をすごくかわいいと思った。その後は若者らしくひとしきり写真を撮る。彼女の撮った写真の中の俺は陽光に焼かれ背が丸くなっていた。チェキに彼女を納め、彼女も俺を納める。ほどなくして俺は浜に戻った。海は泳げ無いとすぐに飽きてしまうのだ。俺は彼女に俺は浜にいるから泳いでおいでよと言ったがかといって彼女も友人を放置して泳ぐほどの不義理はできなかったらしい。かと言って俺も着衣で泳ぐ訳にも行かないので許してくれ。浜で服を乾かし、食事を取ろうという話になり江ノ島の食事やに入りイカ焼きを買った。800円なのでやはり観光地プライスだ。ついでに梅サワーも注文したのだが薄すぎたので少し後悔するも彼女と薄い薄いと笑いあって、今思えば店員さんに聞こえていたかもしれない。俺はあまり彼女と会話をしたくなかったのでツイッターを眺めて最低だなあと自己嫌悪を燻らせた。

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食事処を出て江ノ島の奥へ奥へと向かう。彼女は露店でスミノフを買(あ〜あ)っていて、俺はスミノフはオリジナルが好きだが彼女は嫌いらしい。この時の俺は江ノ島についての予備知識は何一つなく、水族館があることと美味しい和菓子屋があると言うフォロワー達から教えてもらった良い情報しか知らなかったがこれは失敗だったなと今になって後悔。彼女は既に何回か江ノ島を訪れたことがあるらしくもう江ノ島は飽きたとのような話をして、うるせえな。俺は初めてで楽しい気分なんだから、水を差すな。黙ってろよ。いらいら。賑やかな土産物屋が立ち並ぶ通りをひたすらに登り、神社だか寺だかの階段を登り続ける。真夏の直射日光はやはり厳しいが景色が綺麗なので俺はそこまで苦では無いが、初見では無いのなら普通に飽きる光景ではあるよなと思う。だから彼女は海水浴をメインにしていたのか。悪いことしちゃったな、俺は江ノ島の地を観光して回ることばかり考えていた。

真夏日の中を20分も歩いた頃には彼女はだいぶ機嫌が悪くなり、殆ど俺の話に返答をしなくなるか、返事をしてもすごく刺々しく俺の話を片っ端から否定するので(ウニ野郎)俺も無理に喋らせることはないかなと無言になる。会話に割く体力が無いのだろう。でも不自然にならない程度に時折返答の必要が無い当たり障りのない会話を振るのだが、俺自身はミリも思っていなかったのにかき氷を食べたいなあなんて話をしてしまい、さっきあったかき氷屋に入ればよかったじゃないかとひどく苛立ちを向けられてしまったのでこれはもうダメだなあと手近な店に入り冷たいものを注文する。10分も休めば彼女もだいぶ丸くなってきたのだが、まだトゲトゲイライラとしている。というか、俺と遊んでる割にはずっと彼氏さんとLINEしてるねと僻みを覚える。俺は食事処を出て以来ツイッターに触れていない。もう帰ろうかなと思った。今度は一人で来よう。電車で片道1時間だし。

帰る途中、意趣返しだったのかもしれなくて俺に演技性パーソナリティ障害の可能性がある話をして、演技性故に自分が本心で友人たちをどれくらい好きなのかわからないとのような陰気な話を相槌の打たれない話をずっと喋っていて彼女は帰る途中も電車に乗ってからもずっと刺刺しく、特にうとうとと隣の乗客にもたれかかるのを俺が手で止めたところその手をはたかれたのは流石にショックすぎた。これが今年の1月に共に抱き合って泣いた相手に取る態度かよ。しかし疲れたのか彼女はすぐに眠ってしまったので俺はホッとする。彼女と同じく俺も暑さにやられていたのかもしれない。車内の冷房で急に冷静さを取り戻す。彼女に酷いことしちゃったな。多分俺は彼女に期待をしすぎていたんだろうと客観的分析。彼女はぱっと見の見た目と面倒見の良さが誰かに似ていて、俺はそのせいで彼女に一時期縋っていた節があったから。でも彼女は彼女なので別の誰かの代理を求めるのは間違いでお互いにとって過去のあれはごっこだったのだ。俺は確かにそういう軽薄で不真面目な態度を取ることで彼女の判断力を鈍らせて承諾させたので客観的に冷静に見れば俺が勝手に記憶を曲解して勝手に失望してるだけなのだ。なんたる一人相撲。一人のはずなのに、なんでこうも疲れちゃうのか。

電車が乗り換えの駅にたどり着き、目が覚めた彼女は普段くらいの機嫌に戻っていた。俺は彼女にさようならをして最寄りを目指す。幸いなことに俺は人と出かけて心の底から楽しめたことは少ない方なので、今日の記憶も特段悲しい思い出として残ることなく日々に埋没してしまうだろう。江ノ島は綺麗な場所だ。夏が終わる前に今度は一人で訪れてみよう。



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