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2020年王国の12ヶ月

やることを全て後伸ばしにし続けて2020年の大晦日にたどり着いた。生活習慣は昼夜逆転気味で、今日は薬飲んだのだっけ。シートから錠剤を押し出して冷蔵庫から水を取り出す映像が脳内にあるのだがこれは昨日のもののような気がするし、もっと前のものだった気もする。じゃあ俺は一体何日間薬を飲み忘れたんだ。とりあえず手元の薬を飲んだ後になってやっぱりあの映像はつい数時間前のものだった気がしてきた。どうも頭が明瞭とせず時間経過がうまく掴めない。とりあえず部屋を片付けよう、大掃除、と机の上の整理を始めるとあちこちから使いかけの薬のシートが現れる。ここ最近はありがたいことにゲームのマルチプレイや通話に誘ってもらうことが多く、俺はここ最近パニ症気味なので少しでも調子がグラついた瞬間薬に手を伸ばせるように家中の全ての薬を机に置いていて、机の下を覗くと嘔吐用の袋と水が見えた。やだなほんと、新年を迎えるっていうのにひどい鬱だ。抗不安頓服の残数を考えるともっと最悪な鬱が来た時の為に温存しておくべきで、動けるうちに動くべきなのでお買い物に出かける。ケーキと食料を買って昨日はレオンを見たので今日はトレインスポッティングを見る。トレインスポッティング2も続けて見ようかと思ったけどなんだか集中力が持たないのでこういう時はヤンシュヴァンクマイエルのアリスをぼんやり流す。頭まで布団を被った真っ暗闇の中で画面の中のうさぎが鳴らすかちかちと耳障りな歯の音を聴きながら一瞬映画館の中に居るのかと錯覚した。スクリーンの映像は目まぐるしく移り変わり、狭い映画館なので客もまばらだ。俺の知り合いも映画に出演しているらしく、あっこの舞台は俺が通っている精神科の近くにある公園じゃないか。なんで俺はこんな夜遅くに精神科なんかに来たんだろう。とっくに受付時間は過ぎているし、終電だって間に合うだろうか。暗転、泡のように意識が散逸してどうにもうまくものを考えられない。コオロギの声を聴きながら涼しい夜風を首いっぱいに受けて歩いている。夜の田んぼが風でざわりと揺れるのを見るのが好きだ。星が綺麗な夜で大小様々な虫の声が錯聴みたいな煩さだった。祖父母の家へ続く道が七色の海に沈んでいてひどく眩しい。モーセのように海を割ろうとしてもアオミドロ色のドブ池になるばかりで一向に道は開けず、向こう側からやって来るねじ式みたいなたくさんの通行人とぶつかりそうになるのだが彼らは実体を持たないようで俺の体をすり抜けて行った。なんなんだこれは。ふと甘いあんこの塊をもたりと齧る感触が蘇り、俺は振り返って父親と幼い妹に「俺がさっき食べたあんぱんさ、なんか入れた?」と聞くと2人はひどく嬉しそうに笑いながら頷いた。入れられたのは幻覚剤だろうか。幸い祖父母の家までは直線の一本道なので目を瞑ってガードレール伝いに歩き続ければなんとかたどり着けるだろう。目を瞑ってガードレールに手を伸ばし、ぬいぐるみの腹を掴んだ。目を覚ます。どれくらい眠ってたんだろう。タブレットを開くと23時59分の表示が見えた。布団から起き上がって冷蔵庫からケーキを取り出し、寝ぼけた頭で大掃除しそびれちゃったなと考えた。そのまま年が明けて2020年王国は終わり。新年なんだからやっぱり抗不安頓服飲んどけばよかった、鬱のまんまで年明けなんて縁起悪いよと少し後悔しながらケーキを食べた。

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