見出し画像

【一括版】ジョブ・デビュー【HELL地獄BAN(G)ディッツ‼シリーズ】

💀HELL地獄のスリーアウト制💀
HELL地獄では一日に二回まで死んでもその場で生き返ることができます。
三回死ぬと強制労働所へ送られ三十日の強制労働を課せられてしまいます。
後は実際に経験して覚えろ。

新人地獄人のための手引き ~ヘルカム トゥ ユートピア~より抜粋

【1】

 俺はユニダート。どこにでもいる地獄人だ。

 暴力は中の中、射撃の腕は中の下。
 平凡でとにかく頭数が欲しい状況でないと呼ばれない。その程度の男だ。
 ただ危険を察知する力が人よりもほんのわずか秀でているようで、今日まで三死(スリーアウト)は免れている。

 そんな俺は今、珍しく買い物以外の目的でヘルバイスに足を運んでいた。
 HELL地獄の中でもロストエンジェルス、新欲苦躯(ニューヨーククク)などに匹敵する危険な街だ。
 
 俺は数回しかこの街で仕事をしたことがない。大体の仕事は熾烈で俺では力不足だからだ。
 
 ことの発端は、弟分であるスタチャーの『16歳になったらヘルバイスで初仕事をしたい』と言い出したことだ。
 俺は弟分の無邪気な願いをかなえるため、適切な仕事先を探していた。

 ヘルバイスにはあらゆる店が無数にあるが、当然ヤバい後ろ盾を持っている店も多い。
 ド素人で無鉄砲な子供を連れて行わないといけないこともあり、仕事先の選定に難航していた。

 それはヘルバイスに入って三日目のこと。
 比較的平和な地区を探索していた時、あるカレー屋を見つけた。
 五階立てビルの壁にはまんべんなく蔦が巻き付き、一階のカレー屋は窓から中の様子が見えない。
 外壁もところどころ風化しかけていて今にもビルごと崩れ落ちるのではないかと感じるぐらいだった。

 そして、しばらく遠めに観察していたが、そのカレー屋は飯時だというのに客は三人しか入らなかった。
 店の入口にはセキュリティ会社の契約証明板も、後ろ盾ギャングのタグもなく、完全に個人経営のように見えた。
 セキュリティタレットやバウンティハンターの証すら見当たらない。

 なるほど、セキュリティを雇うほどの売り上げがないのだ。
 そういう店は田舎の街ではよく見かけるが、ヘルバイスのような街ではかなり珍しい。
 なぜならそういう個人経営店は何かしらの理由ですぐにつぶれてしまうからだ。

 つまりこの店は、儲けは吹けば飛ぶほどしょぼいだろうが、強盗初体験の場としてこれ以上ないほど適している店だと思った。

 問題は『今にもつぶれそうな店が経営が無事続けられている理由がある』可能性についてだが、 スタチャーの誕生日が十日後に迫っているのでゆっくりと調査している時間は取れない。
 カレー屋を最有力候補としてチェックし、別の候補を探しに行った。

【2】

 一週間後、スタチャーの誕生日の二日後に、俺はスタチャーと相棒のフィリを連れて例の客入りが悪いカレー屋に向かっていた。
 結局他に適している店は見つけられなかったからだ。

 全員目立たぬようラフな格好で、もちろん武装済み。
 俺は愛用の大型拳銃とコンバットナイフ、いくつかのタイバンド。
 スタチャーには誕生日に買ってやったビギナー用の拳銃を持たせた。
 できるだけ身軽にし、素早く終わらせるつもりだった。

「兄貴、いよいよだな。俺ワクワクして昨日は寝れ──」
「静かにしてろ」
「分かったよ……それでよ兄貴──」
「おとなしくしてろ。仕事の前に事故りたくないだろ。あと寝れなかったのなら今のうちに寝とけ」

 道中、スタチャーは興奮しており普段より口数が多かった。
 よくない兆候だが仕方がないことでもある。
 俺も最初に強盗をした時は、緊張と興奮のあまり自分の足を撃ちぬくヘマを冒したもんだ。
 だから俺はスタチャーがドジを踏まないように見ていることと、もし踏んでしまった時に適切にフォローをすることを念頭に置いておかなければならない。

 ルームミラー越しに後部座席で静かにしていたフィリと目が合うと、彼は小さく肩をすくめた。
 フィリは無口な大男だ。
 スキンヘッドであることも相まって、大抵のやつは彼のことを怖がり距離を置く。
 だけど本当は気さくで優しい奴だと長い付き合いだから知っている。
 仕事となるとクマめいた図体からは想像もできないほど素早く丁寧に仕事をこなすから頼りにもなる。

「今日は散弾銃か?」
 
 俺がそう聞くと、フィリはオーバーオールの中に手を突っ込み銃身を短くした散弾銃を取り出し、ルームミラーに映る位置に持ってきた。
 身体のでかい彼が持つとまるで棒切れかなにかに見える。
 そう思って舐めたヤツは散弾を食らうわけだ。

【3】

 車を盗まれないように通りの角に隠すように止めて、徒歩でカレー屋へ向かう。
 飯時を避けたこともあり、通りはひとけも少なく仕事におあつらえ向きな状況だった。

「スタチャー、段取りを言ってみろ」
「えっと、まずは客として入る。次に周りをさりげなく観察する。ヒーローになりたがるやつがいたらマークしておく。で、普通に飯を食べる。最後に責任者を脅して素早くレジから金を奪って一目散に車に乗ってずらかる。だよな?」
「ああ。それと、俺の指示には絶対従うんだ。余計なことはせず、無駄に銃もぶっ放さない。それと──」
「分かってるって。ユ兄は心配症すぎるんだよ!」

 スタチャーは俺に意見をしたいと思ったときに俺のことをユ兄と呼ぶ。
 仕事前にへそを曲げられるのは面倒なので、それ以上指摘する代わりに溜息を吐いて会話を打ち切った。

 カレー屋には問題なくたどり着いた。
 店前の看板を眺めるふりをして窓から中の様子を確認しようとした。
 だが、やはり蔦が邪魔で覗けなかった。

 俺を先頭に、スタチャー、フィリの順番で店に入った。
 扉を開けた途端、濃厚なカレーの香りとゆったりとしたひと昔前のソウルミュージックに出迎えられた。
 
 いらっしゃいませーと首から上がアナログレコードのウェイトレスが言って俺たちを出迎えた。
 俺が人数を告げると、好きな席に座るよう言われた。

 店は縦長でボックス席は右側に4つ、すべて空いている。
 左側にはカウンターが6席で客が2人。
 突き当りにトイレ。
 そして、最奥のボックス席に面する壁に武装タレット。
 
 俺は店内と武装タレットが見やすいように最奥のボックス席を選択した。

「何食べる?」
 向かい側に座ったスタチャーがメニュー表をめくりながら言った。
「好きなものを選んでいいぞ」

 俺はそう言ってメニュー表の陰からさりげなくレトロ調で落ち着いた店内に視線を走らせた。

 カウンターの向こう側にはウェイトレスの待機スペースからさらに奥の部屋へ続いている。
 おそらくキッチンでコックなり店主なりがいるのだろう。
 ここからでは武器の有無はわからない。
 壁に銃や刃物といった武器は見当たず、精々壁にかかったレコードを投げつけられるぐらいか。

 レジは入口脇のテーブルの上にあるを確認した。
 テーブルに固定されていてレジ事盗むのは困難だろう。
 懸念材料だった武装タレットについては、一目見てヘルデパートでも販売されているフェイク品だとわかったので安心した。
 稀に変人がフェイク品にわざわざ手を加えて本物以上に使えるようにしているが、金のない店でそれはないだろう。

 続いて客の方を見る。
 経験上、イレギュラーが発生する原因はたいていその場に偶然居合わせた第三者によるものだ。
 
 出口に近い席。
 見るからに安モノのスーツがはちきれるのではと思うほど大柄な男が一心不乱にカレーを貪っている。
 脇には空になった皿がいくつも積まれている。
 隣の椅子にはこれまた既製品の黒いカバンが置かれている。
 武器を持っているとしたらあの中だろう。

 それともう一人、カウンター中央の席。
 ザ・デビルズ(今若者の間で流行しているブランドでやや高価)のレザージャケットを着て、赤と白の髪を乱雑に混ぜたツインテールの小柄な女。
 右手に持ったスプーンで冗談のようなでかさのパフェをつつき、左手でガラパゴス携帯電話をいじっている。

「ヘルバイスはカレー屋にもパフェがあるんだね」とスタチャーが言った。
「食べたかったら頼んでいいぞ」
「やったぜ!」
 
 一通りの観察を終え、たいして驚異になりそうなものはないと判断。
 あとは、キッチンの向こうに相当ヤバいなにかが無く、面倒なイレギュラーが起きなければこの仕事は鼻歌交じりでもこなせる。
 フィリが俺の目を見て静かに頷いた。俺と同じ意見なのだろう。

 柔らかい背もたれに体重を預け、こわばっている身体をほぐしていく。
 どれだけ経験を積もうが仕事直前になると緊張で身体がこわばってしまうのは弱さの表れだろう。

 頃合いを見てウェイトレスを呼び、スタチャーが元気に『本日のカレーライス』三人前と『ウルトラデラックスパフェ』一人前を注文した。

 ウェイトレスがカウンター奥の部屋に顔を突っ込み注文を繰りかえした。
 やはりキッチンなのだろう。しかし返事は帰ってこなかった。

 料理を待つ間、念のために拳銃の確認をしておくことにした。
 フィリにアイコンタクトを送り男女兼用トイレに入る。
 中はきれいに掃除された何の変哲もない洋式トイレだった。
 ズボンを履いたまま便座に座り、拳銃をとりだす。

 明かりを浴びて銀色に鈍く光るこいつは、威力減衰率が高い代わりに近距離で無類の威力を発揮する。
 また、射撃音が大きいのでパニくった客を鎮めるときにも使える。
 一発撃つための疲労量は拳銃の中でも多いほうだから、今回のような短期の仕事向けの拳銃だ。

【4】

 席に戻るとすでにカレーが3人分用意されていて、スタチャーがよい表情でかきこんでいた。

「兄貴、このカレー超美味いよ!」
「そうか。せっかくだから味わって食べろよ」

 1口食べると、まず野菜の複雑な甘みを感じ続いてトマトの酸味がアタックしてきた。肉は牛筋らしいが、口の中で溶けるほど軟らかくなるまで煮こまれていた。どんどん食べ進めていくと、突如凶悪な辛みが牙をむいてきた。途端に汗が吹き出してくる。備え付けの福神漬けも歯ごたえがよく程よい酸味がアクセントになる。

「たしかに美味いな」

 フィリも小さくうなずいた。
 これだけ美味いのに客の入りが悪いのは立地の問題か。
 ヘルバイスではなく俺たちの住んでいる街であれば繁盛するだろうにと惜しく思う。

 俺たちはゆっくりと十分な時間をかけてカレーを平らげた。
 先にカレー食べ終えていたスタチャーは恐ろしい勢いでキングサイズのパフェを格闘している。

 最後の懸念材料である店長の姿が見たかったのだが、残念ながらキッチンから出てこなかった。
 ウェイトレスはカウンターの向こうの椅子に座りのんびりと雑誌を読んでいる。
 
 サラリーマンは食事を終えると急いだ様子で出ていった。
 女はパフェよりも骨董品扱いのガラパゴスケータイ電話を眺めるほうに意識が向いているようだった。
 
 パフェから漂う甘ったるい匂いを感じると無性にタバコが吸いたくなった。
 だが店内禁煙だったので、喉が痛くなるような濃いブラックコーヒーで耐えることにした。

「こんな甘くでかくてうまいの初めて食べたよ」
 パフェをスタチャーが言った。
「それはよかったな」

 スタチャーの笑顔を見ていると、これからは好きなだけ好きなものを食べられるぐらい稼げるようにさせたいと心の底から思う。
 大成するのは難しいことだが、俺のように枯れた人間にはなってほしくないものだ。

【5】

 スタチャーがパフェを食べ終え、ようやく始める時がおとずれた。店内の状況はまったく変わっていない。
 俺の合図で全員が一斉に覆面を被り、各々の獲物を手に立ち上がった。

 レジにはフィル、全体の監視に俺、客の見張りにスタチャーが前もって決めてあった役割だった。

 まずフィルを先行させ、俺は通路の中央でフィルに近い位置で立ち止まった。
 ウェイトレスが雑誌から顔を上げて不審そうにこちらを見ている。

「あのー、お客さ──」
「おっと、動かないでもらおうか」

 俺は拳銃が見やすいよう軽く持ち上げ、落ち着いてはいるが威圧的な声を作った。
 狙い通りウェイトレスと客の女の視線が俺と拳銃に止まった。

「……もしかして、強盗です?」

 ウェイトレスが言った。
 アナログレコード(頭)の回転が徐々に速くなり、連動して店内で流れていた曲のピッチが上がっていく。
 女性の力強い歌声が甲高い電子ボイスに変わった。

「その通りだよ。なあに、時間は取らせないし危害も加えない。ただレジに入っているお金をいただきたいだけだ。円滑に進めるために君にも手伝ってほしいのだけれど、いいかな?」
「わ、分かりました。だから撃つのだけは……」

 ウェイトレスが立ち上がりぎこちない動作でレジへ向かう。
 フィリはすでにレジの前で待機しており、カウンターに置いたダッフルバッグに金を入れるよう身振りで指示している。

 スタチャーは若干緊張した面持ちで客の女とこちらの様子を交互に見ている。もう少し落ち着いてほしいが初動としては悪くはない。
  客の女と目が合った。
 女はビビるでもなく逃げ出すでもなく動画を撮影するでもなく、手を持って顎を支えてこちらの様子を眺めていた。
 この状況を楽しんでいるかのようにニヤついた笑みを作っている。

 奇妙な女のことはいったん置いておくことにして、カウンター向こうの部屋から武器を持った何者かが出てきてもすぐ対処できるように拳銃を構えた。

 ウェイトレスはレジを開け、おとなしくダッフルバックに金を入れている。フィリはその様子を黙って監視している。
 
 よし、何事もなく進みそうだ。
 
 そう思った時、突然客の女が口を開いた。
 友達に声をかけるような気の抜けた口調だった。

「ねぇ、あんたさぁ……あー、さっきパフェ食ってた方」
「な、なんだよ」とスタチャーが答えた。
「いや、ちょっと気になっただけなんだけどさ。手、めちゃくちゃ震えてるじゃん。もしかしなくても童貞?」
「どっ!? ば、馬鹿にすんなよチビ!」
「お嬢さん、少し黙っていただけないだろうか」

 奇妙な会話に割り込んでそういうと、
「おー、怖」
 女はおどけたしぐさで両手を上げて、パフェをつつく作業に戻った。
 手首の銀のブレスレットが鈍く光った気がした。

「入れ終わりました……」
 ウェイトレスがダッフルバッグをカウンターの上に置いた。

「これだけか?」
 フィリがバッグの中を確認してからドスの利いた地声でそう言うと、ウェイトレスが飛び上がり今にも泣きそうにアトモスフィアを醸し出した。
 その様子を見て少し不憫に思った。

 「ほ、本当にこれだけなんです。この店いつもお客さん少ないし、だからバイト代も少なくて、でもだから仕事は楽ではあるんですけど、マスターはカレーとデザートを作ることしか興味がないし、身体もカレー臭くなっちゃうし……」

 どうやら何か裏があるわけではなく本当にしょぼい店であるようだ。
 店内をひっくり返したとしてもレジの中身以上に価値のあるものもないだろう。

 潮時だ。
 フィリはダッフルバックの中を今一度丁寧に確認し口を閉めた。
 スタチャーに声をかけようとしたその時、

「いつ来ても空いてるしそれが良いところなんだけどねー」
 女が再び口を開いた。


【5】

「兄貴が黙ってろって言っただろ!」
 スタチャーが過剰ともいえる反応を返した。先ほどコケにされたことが響いているのだろう。よくない兆候だ。

「ただ教えてあげただけじゃんね」と女。
「それはどうも。おい、ずらかるぞ」

 スタチャーは返事をしなかった。
 頭に血がのぼり俺の声が聞こえていない。
 女は拳銃を向けられているにもかかわらず、笑みを大きくした。

「ふーん、そんな細い腕で撃てるの? 安全装置は外した? そんな怖い顔してないで、帰ってママのおっぱいでも吸ってた方がいいんじゃないのー?」
「この野郎!」

 なんだこの女は。状況が分かっていないのか、それともデスプレジャー(被死快楽者)なのか?

 今にでも爆発しそうな弟分を無理やりにでもなだめようと一歩踏み出したとき、スタチャーの肩越しに女と目が合った。
 瞬間、警戒度が跳ね上がり、脳裏に警報が鳴り響いた。
 違う、こいつは──

「やめろ!」
 無意識に口をついて出たその言葉は誰に向けたものだったか。

「俺をなめんじゃ──」

 スタチャーの言葉は甲高い射撃音にかき消された。
 彼の頭の一部が吹き飛び、衝撃で割れた頭蓋骨が顔を出した。
 
 俺は歯を食いしばり、反射的に拳銃を女に向けようとするのを押さえた。
 俺の口から音にならないうめき声が漏れる。

 女の手には黒い大型拳銃が握られていた。
 いつどこから取り出したのかわからなかった。それほどの早業だった。
 ウェイトレスの頭から流れる曲はいまや甲高いサイレンのようになっている。
 
「ほら、だから言ったじゃんね。人の話はちゃんと聞かないと。ねぇ?」

  つまらなそうに死体を見ていた女の目が俺に向いた。
 俺が次にどの選択肢を選ぶのかを観察しているようだった。

「撤収!」

 俺はそれだけ言って、わき目も振らずスタチャーの死体を肩に担いだ。
 フィリは即座に扉を乱暴に蹴破り、ダッフルバッグに目もくれず逃げ出した。

 俺もフィリの後に続いてよろめきながらも店外へ脱出。
 撃たれることを覚悟していたが、幸運なことに銃弾は飛んでこなかった。

 周囲の人々の驚きと好奇の視線を浴びながらも全力で車へ向かった。
 すでにフィリが運転席でエンジンを回して待機していた。
 俺が後部座席に飛び込むと、間髪入れず急発進した。
 俺は今にも爆発しそう心臓を手で押さえた。

 【6】

 郊外は打って変わってのどかで、カーラジオから流れる落ち着いたジャズが眠気を誘う。

 スタチャーはしばらくすると目を覚ました。
 被害が頭の一部だけだったので生き返るまでは早かったが、目を覚ますのが遅かったのは精神的ショックが大きかったのだろう。
 最初何が起きたのか理解できていないようだったが、俺たちの様子を見て悟ったようで、うなだれて涙をこらえている様子だった。
 初めての死(ワンナウト)だったろう。それに初めての仕事でドジったのだ。ショックは大きいはずだ。

「まあ、これも仕事だ。いい経験ができたと考えるんだな」
 俺はスタチャーの肩を軽くたたいて言った。
「単にツキがなかっただけ……いや、運がよかったんだ。あんなヤバい奴がいたのに誰もスリーアウトしなかった。俺たちの世界ではそれは大失敗ではない」
「だけどよぅ……」

 スタチャーは、腕に刻まれた3つの髑髏タトゥーの内一つに付けられた赤いバツ印を指でなぞっている。俺はスタチャーの肩を軽くたたいた。

「お前はまだ若く、人生は長い。ゆっくりといろんな経験の積んで慣れていけばいい。俺もフィリもまだ学んでる最中だ」
「兄貴たちも?」
「そらそうだ。なぁ?」
 運転席でフィルが同意するようにうなずいた。
「だからそう落ち込むな。ゆっくりやってけばいい。ま、次の仕事はもう少し大きくなってからだな」
「……わかった。俺、もっと強くなるよ。それで兄貴たちの足手まといにならなくなったら、また一緒に仕事してくれるかい?」
「もちろん」
「よかった。見捨てられるかと思った」

 夕日が水平線に半分沈み、代わりに赤い月が顔を出し始めた。
 道路の脇をヘル牛の集団が列をなして歩いている。
 ラジオから流れるジャズの旋律にスタチャーの寝息が混ざりあった。

面白かったらぜひハートマークをポチッとお願いします!励みになります!