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バウンティーハンター・キルタケダRemaster!

「なぁ、あんた、キル・タケダだろ! 殺ってほしい奴がいるんだ!」
 辺境の街にある寂れた酒場で、スマホをいじりながらビールを飲んで休息を楽しんでいた俺の向かい側に、薄汚れた小僧が断りも入れずに座った。
「人違いだ小僧、さっさと失せな」
 面倒事はゴメンだ。しかも、汚い小僧の相手なんてものは、神父にでもやらせておけばよい。俺はスマホに視線を落としたまま、拒絶を示した。
「違ってないよ! ほら、証拠」
 しかし小僧は意に介さず、俺の目の前にスマホを突きつけてきた。それは、ハンターズギルドの公式HPで、登録者一覧の中にいる俺が表示されていた。

 〈キル・タケダ〉ピストルと刀を使うバウンティハンター。早打ち。不誠実。仕事はこなす。口コミ評価☆2.8。エトセトラ……。
 これが、世間一般様の評価だ。なんの価値もない……と言いたいところだが、個々の評価は、仕事に響く。世知辛い世の中だ。

「はぁ……わかったわかった、俺はキル・タケダだ。で? 依頼か? 誰を殺るんだ?」
「首斬りトニーを! 今丁度、隣のクライシティに来ているんだ!」
 小僧がテーブルを叩いて怒鳴った。振動で俺のビールが少しこぼれた。しかし、俺は大人の余裕で許すことにした。
「首斬りトニーねぇ」
 俺はスマホで賞金首リストアプリを起動し、首斬りトニーを検索した。

 〈トニー・ダグラス〉通称首斬りトニー。懸賞金5千ドル。デッド・オア・アライブ。首を斬る。でかい。マチェットが得意。凶暴。口コミ評価☆3.2。エトセトラ…。
 おい、俺よりも評価が高いってどういうことだ。

「ふーん。ま、やれないことはないな。それじゃ、1つ訊くが小僧、なぜ奴を狙う?」
 俺は納得できる理由がない限り人を殺らない。それは、相手が賞金首であっても変わることがない。人を殺って飯を食うクズにも、最低限の矜持ってもんは必要だろ?
「それは……」そこで小僧は言いよどんだ。目から大粒の涙が溢れていった。「父さんの復讐だ! オイラの父さんは奴に首を掻っ切られて殺されたんだ!」
 俺が小僧の目をじっと見つめると、小僧も目を離さずじっとこちらを見てきた。嘘をついているようには見えなかった。
「OK、理由はわかった。……懸賞金は、全部俺がもらう。お前から、別に千ドルもらう。ここの酒代はお前が払う。明日の朝出発。それならやってもいい」
 小僧の気持ちはわかる。しかし、殺しは仕事だ。慈善事業じゃない。しっかりと依頼金は払ってもらう。子供だろうが関係はない。
「! やってくれるんだね! 分かった! 今、お金を作るからちょっと待ってて」
 小僧はそう言うと目元の涙を手で払い、バンダナを口に巻いてどこからかピストルを取り出し酒場を出ていった。
 俺は小僧の背中を黙って見届けた後、コップに残っているビールを飲み干した。千ドルは安くない。今から作る言ってもただのガキに集められるなんて……

 BANG!

 どこかからの銃声を人々の悲鳴が聞こえた。
「お前ら騒ぐんじゃねえ!」小僧の怒鳴り声も聞こえた。
 俺は、もう一杯ビールを注文した。
 しばらくして、裏ドアから息を切らした小僧が入ってきた。
「これで足りるはずだから。じゃ明日は宜しくな!」
 小僧はそう言うと俺のテーブルに麻袋を置き、風のように去っていった。テーブルには俺と麻袋が残された。
 麻袋の中を覗くと、小銭とお札が無造作に入っていた。たしか、近くには銀行があったな……。俺はお札だけを掴んで懐にしまい、残りは机の下において、そそくさと席を立った。お札だけでも軽く千ドル以上はあるし小銭は持ち運びに不便だ。それに、共犯だと思われたらたまらない。
 酒場から出た俺は、明日に備えて早めに売春宿へ行き英気を養うことにした。

 翌朝、売春宿の前で小僧が待っていた。
「なに? 朝からやったわけ?」
「今日死ぬかもしれないからな。何事もやれるときにやっておかないといけない」
「こんなところの前でそんな事言っても全然かっこよくないけど」
「大人になったらわかるさ」
 俺は適当なことを言って、駅の方へ向かった。

 駅にはすでに大勢の人間がいた。ノラ犬もいた。ノラ猫はいなかった。俺は猫が好きなのでがっかりした。ノラ犬が近寄ってきたので頭をなでた。ノラ犬はヘッヘッヘと言って去っていった。
 クライシティ行きの切符を2枚買って小僧のところに戻る。
「電車20分後だよ、腹減ったし売店で何か買おうよ」
 小僧が言うと同時に、俺の腹の音がいなないた。俺は同意し、売店に向かった。
「おいら、カツサンドとコークがいい」小僧が言った。
「あ? 自分の分は自分で買えよ」
「もうお金持ってないよ……」
「昨日みたいに稼いで来ればいいじゃねえか?」
「……分かった」
 そういうと小僧は口にバンダナを巻き始めた。
「じょ、冗談だよ! 俺が払ってやるから」
 最近のガキは何をやらかすかわからないから怖い。

 俺はカゴにカツサンドを2個とコーラと水、小瓶に入った安酒を入れてレジ前の列に並んだ。この時間帯は仕事前の労働者と夜勤明けの労働者が多い。
 生きるためには食っていかなければならず、食うためには金を稼がなくてはならず、稼ぐためには仕事をしないいけない。どの時代も変わらない不文律ってやつだ。
 買い物を終えると後3分で電車が出るところだった。急いで電車に乗った俺を小僧が呼んだ。小僧はあらかじめ席を確保していたらしい。気が利く奴だ。
 小僧にカツサンドとコーラを渡し、俺もカツサンドと安酒をいただく。
「朝から酒? 酔ったらトニー殺せないんじゃないの?」小僧が非難がましく言った。
「問題はない。この程度じゃ酔わないし、俺は酔ったほうが強い。"スイケン"って知ってるか?」
「なにそれ」
「東洋の奥義だ。酒に酔うことで己の内なる力を引き出す。火も吐けるようになる」
「本当に!?」
 小僧は思っていた以上に純粋だった。俺にも、こんな時期があったかと考えた。しかし俺の思い出の中には、そんな時期はなかった。
「さあな」
「なんだよそれ!」
「信じろ、さすれば報われる」
「ふん」
 小僧はスネたのか、窓の方を向いて黙ってしまった。適当なことを言うのは俺の悪い癖がでた。だからレビューで不誠実と書かれるんだ。仕事をきっちりこなすだけじゃ良い評価をもらえないのが辛いところだ。
「そういえば小僧、名前を聞いていなかったな」
「……ケン」
「ケンか良い名だ」
「そうでしょ。……父さんがつけてくれたんだ」
 会話が止まった。俺たちは、各々のスマホに視線を落とした。

 電車に揺られて30分、俺達はクライシティに到着した。
 クライシティは峡谷に作られた街だ。だから朝のはずなのに街灯がついている。こんなところに住んでいるのは誰か? もちろん脛に傷を持っている奴らだ。以前、訪れたことがあるが、なかなかデンジャラスな場所だった。吸血鬼が住んでいるという噂もある。しかし俺は銀の弾丸を持っていないからスルーだ。
「俺は今からトニーの居場所を探す。ケンは安全なところにいろ。……カフェとか。終わったら連絡する」
「分かったよ。じゃあゲームセンターにでもいるね」俺達はスマホをシャカシャカしてアドレスを交換してから別れた。
 さてと。まず酒場に向かうことにしよう。もちろん情報収集の為だ。情報収集といえば酒場と相場が決まっている。そうだろ? 運が良ければそこにトニーもいるだろう。それと、小瓶はもう空だ。この街に酒場は一軒だけだから手間がかからなくていい。

 と、方針を決めた俺の前に、モヒカンヘアーとアフロヘアーのガキが立ちふさがった。
「おい、そこのおっさん。ちょっと待てよ」モヒカンが言った。
 おっさんとは俺のことか? 俺はまだ27歳だぞ。念のため俺は後ろを振り返った。そこには誰もいなかった。ふざけやがって。
「……何か用か?」
「ボク達、遊ぶお金がなくなっちゃってさー。ちょーっとお金貸してほしいんだよね」アフロが言った。
「そうそう、痛い目見たくなかったら早く出したほうが良いよ。ボブはキレると俺でも止められねーからさ」と、モヒカン。
 俺はため息を一つ吐いてから、おもむろに抜刀しモヒカンの髪を横一文字に斬り取った。髪はモヒカンの形を残したまま地面に落ちた。まるでパイナップルのワンカットの様だった。
 ガキどもは悲鳴を上げて尻尾を巻いて逃げていった。な? 俺の言ったとおりだろ? クライシティにようこそ。
 しばらくして酒場にたどり着いた。見上げると〈ヤミナベ酒場〉と書かれた看板がかけられていた。その隣に、女の形をしたネオンライトがちらついていた。品はないが雰囲気にはあっている。
 俺はピストルに弾が入っていることを確認した。刀に刃がついていることを確認した。準備はできた。

 俺が中に足を踏み入れた瞬間、中にいた奴ら全員が会話を止めて俺に視線を向けた。俺も負けじと周りを見渡した。どいつもこいつも俺に敵意を向けてやがる。残念ながらトニーの姿はなかった。
 俺はカウンター前のスツールに座った。白髪のバーテンダーがこちらを見ずひたすらグラスを磨いていた。
「ワイルドネス・ハーゴンの8年をくれ。ダブルだ」
「売り切れだよ」
 バーテンダーは目を合わせないでいった。手はひたすらグラスを磨いている。
「そうか、後ろに並べておいてある酒瓶は飾りかい?」
「ああ、そうだ」バーテンダーは一向に目を合わせようとしない。
 こういうやり取りは嫌いだ。なぜなら、無駄に時間がかかるだけだし、なんのひねりもなくてダサいと思うからだ。周りの奴らは俺達のやり取りをニヤニヤしながら黙って見ている。コイツラは、自分が西部劇のエキストラだと思っているんだ。
「じゃあ酒ならなんでも良い。とにかく飲めるものを1杯くれ」
 俺は、嫌々言うべきセリフを吐いた。次の展開はもうわかっている。
「…………」
 バーテンダーは執拗に磨いていたコップにミルクを入れ、無言でカウンターにドンと置いた。すると、周りの奴らが一斉に笑った。な?
 俺はそれを一息に飲み干しドンとコップを置いた。
 俺はカウンターにお札を100ドル札を3枚並べた。
「わかった、酒はいい。それより情報だ。この街にトニー・ダグラスがいるらしいんだが見なかったか? 通称首斬りトニーだ。マチェットを持ってる大男だ」
「……知らんね」
 この手のタイプのタフガイ気取りは、仮になにかを知っていても、痛めつけない限り話すことはないだろう。しかし、拷問は専門外だ。
「トニー・ダグラスの居場所を知っているやつはいないか!?」俺は客を見渡しながら声を上げた。
「トニー・ダグラスだってよ」「ヘヘッ首斬りトニーを見つけてどうするのかね」「可愛がってもらうんだろうなあ」「ガハハ、傑作だ」
 片っ端から撃ち殺しそうになったが思いとどまった。コイツラを殺っても1文ももらえない。弾もタダではないんだ。

 俺は酒場を出て、次のプランを考えることにした。
 次にトニーがいそうな場所は売春宿だが、この街はなぜか売春宿が3軒ある。地道に聞き込みをするか。
 あーでもないこーでもないと悩みながらトボトボ歩いていると、突然、尿意が自己主張を始めた。あたりを見渡すがトイレを借りれそうな建物はない。ちょうどよい物陰があれば影で野ションをかます手もあるが、残念ながらそう都合良くは行かないらしい。仕方なく俺は酒場に戻ることにした。
 俺は再び酒場に足を踏み入れた。中にいた奴ら全員が会話を止めて俺に視線を向けた。
「うー、飲み過ぎちまったなあ」
 トイレマークがついた扉が開き、静寂を破る声が響いた。そこには身長2メートル近い大男がいた。腰にはマチェットを携えていた。
 首斬りトニーだった。

「おいおいどうしたんだよお前ら、まるでお通夜みたいじゃねーか」
 トニーが黙ったままの客に向けて言った。そして酒場の入り口に立っている俺に気づいた。
「ああ? どうしたお前、そんなところに突っ立って」トニーは言った。
「あんた、トニー・ダグラスさん?」
「ああそうだ……」

 BANG!

 俺はトニーの口上が終わらないうちに、ピストルを抜いて引き金を引いた。自慢ではないが、俺の抜き打ちはかなり早い。
 この一発でトニーの脳みそはトイレにぶちまけられるはずだった。しかし、トニーは、ガタイに似合わない素早さでマチェットを手に持ち、銃弾を弾いた! こいつ、やる。
「てめぇ、バウンティハンターか?」
 俺は返事をせず腹と頭を狙い1発ずつ撃った。

 BANG! BANG! 

「ファック! そうだよ、キル・タケダだ。冥土の土産に覚えておけ」
 俺がそう言うと、トニーは右手でマチェットを体の前に構えつつ、左手でスマホを取り出し何かを操作し始めた。見た目によらず器用だ。俺はその間に弾丸をこめた。
「キル・タケダ。ピストルとニポントウを使うバウンティハンター。口コミ評価☆2.8…。おいおい☆2.8だとよ。傑作だぜガッハッハ」トニーが笑うと、周りの客も同じように笑いだした。
「「ガッハッハ」」

 BANG!

 俺は天井目掛けて一発撃つと、客は黙った。
「トニー。お互い挨拶は済んだ。外に出て仕切り直しといこうじゃねえか」俺は外を顎でさした。
「ああ、いいぜ。マチェットのサビにしてやる。外に出な」
 トニーはのそのそ歩いてきた。
 俺は酒場の外へ出ようとした。その瞬間、背筋に緊張が走った。俺は抜刀し、勢い良く振り返りながら何かを斬った!
 それはナイフだった! 刃は鋭く鈍く光っていた。後少し遅ければ、俺の脳天に刺さっていただろう。
「へへっ、なかなかやるじゃねえか。これでおあいこだぜ」トニーはニヤニヤしている。
 クソが。そのニヤケ面、恐怖色に染めてやる。
 俺は外に出て待った。20秒後、トニーが出てきて俺と向かい合った。
 俺は右手にピストル、左手に刀。トニーはマチェットを右手に持ちながらブラブラと手を振っている。お互いの距離は5メートルほど。俺の間合いだ。タンブルウィードが俺達の間を転がっていった。

 HOWL!

 どこかでノラ犬が鳴いた。同時にトニーが俺目掛けて一直線に駆けてきた。

 BANG! BANG! BANG!

 俺は素早い3連射を放った! しかし、トニーはそれを横に飛ぶことで避けた。なんて反応速度だ。俺は追撃の一発を放とうとしたが、その前にトニーは左手に持ったナイフを投げてきた! 俺は身体を沈めてナイフを避けた。トニーが突っ込んでくる。

 BANG! BANG! BANG!

 俺は不安定な姿勢で再度3連射を放った!
 2発は外れ、1発はマチェットに防がれた。トニーが俺の頭と胴を分けようとマチェットを薙ぐ! 

 CLANG!

 間一髪、刀で斬撃を防ぐが、勢いに負けて横に吹き飛ばされる。そこにトニーのマチェットが勢い良く振り下ろされる!
 横に転がることでその斬撃をなんとか避けた。死が耳をかすめた。が、俺はまだ死んでいなかった。トニーのマチェットはまだ地面に刺さっている。
 俺は銃口をトニーの額に向け引き金を引いた!

 CLICK

 銃弾は出なかった。弾切れだ! このピストルは6発装填のリボルバーだったんだ! くそっ、ケチらずにオートマチックピストルを買っておけばよかった。
 俺とトニーの目があった。
「……へっへへ、弾切れだなあ」
「……へへへ。そうだな」
 何故か笑い声が出た。
 トニーは素早く左手を腰に回しナイフを手にし、俺目掛けて投げようとした!しかし、その前に俺は刀の先をトニーに向け、柄にある隠しボタンを押した!

 CA-BOOOOOOOOOOOOOOM!

 刀から破裂音が轟く! 刀身がロケットのように飛び出しトニーの胸を貫いた!
「!? なんだじゃこりゃあ!?」トニーは胸から生えている刀身を見て驚愕の表情を浮かべ、うつ伏せに倒れた。
 俺は立ち上がり、ピストルに弾を込めた。
「く……そ。こんなのどこにも書いてなかったぞ……」トニーは顔だけ動かし俺を見てそうつぶやいた。
「奥の手ってのは秘密にしておくものだぜ。一つ賢くなったな」俺は撃鉄をおこし、トニー額に銃口を向け、引き金を引いた。
 BANG!
 トニーの脳みそが地面にぶちまけられた。

 俺はトニーの写真をスマホで撮り、ハンターズギルドの窓口に写真データを送った。チャリーン! すぐに、俺の口座に5千ドルが振り込まれた。次にケンに連絡してトニーを殺ったことを伝えた。
 しばらくすると、ケンは元モヒカンとアフロを連れてやってきた。なぜか元モヒカンとアフロは傷だらけだった。
「本当にやってくれたんだね。ありがとう! キル・タケダ!」俺を見上げているケンの顔には、涙目ながら笑顔が浮かんでいた。そして、すぐに鬼の形相になって、トニーの死体にツバを吐きかけた。「このクソ野郎! オヤジの敵だ!」
「じゃあ、俺はもう行くからな。達者で暮らせよ」
「うん、キル・タケダもね。……あっ、そうだ、オイラここでしばらく過ごすことにしたんだ。舎弟も作ったしこの街なんだか居心地がいいんだ。もしこの街にまた来たら連絡しておくれ! 歓迎するよ!」
 ケンは、元モヒカンとアフロを蹴って、俺にお辞儀をさせた。
「あ、ああ。分かった。じゃあな」
 俺は駅の方へトボトボと歩いていった。

 俺はキル・タケダ。クソ野郎を殺って金を得る。そういう仕事をしている。もし、俺に依頼をしたければハンターズギルドへ行くか、直接話をしに来てくれ。納得できる理由があれば、代わりにクソ野郎を殺ってやるぜ。

~終~

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