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ぴ~すふる その4

前回のあらすじ
年の離れた友人であるマッドも博士にお願いされてテッペン山へ行くことにしたタロー。
『ちなみにテッペン山とは、タロー達が住む町のすぐ近くの山のこと。
毎年、夏になると子どもたちが虫を捕まえたりただ単に遊びに行ったりする様な山だ。野生のヘビが出るぐらいで危険も少ない。以上、簡単な説明でした』

次へ行っちゃう
初めから

=>[テッペン山]

「『この先、ヤセイのヘビが出ます。登山目的の方は注意してください。それ以外の方も注意してください。噛まれて死んだ例はありませんが、めちゃくちゃ痛いです。痛いのが苦手な人は登らないことを推奨します。街のおまわりさんより』――ヘビが怖くて山登りができるかってんだ」

 登山口脇に設置されている看板を見てタローは鼻を鳴らした。右手に黄色く光るビームサーベルのおもちゃを持ち、左肩からは小さなリュックサックをぶら下げている。

 マッドも博士の家を後にしたタローは、一旦家に帰り身支度をしてからまっすぐテッペン山を訪れた。太陽はまだ高いところにのぼっていて暑い。

 登山道はタローが4人横並びで歩いたとしても余裕があるほどの幅で山の奥へ続いている。道の脇には樹林が鬱蒼と茂っており、あたかも外部からの侵入を拒んでいるかのようだ。蝉が至るところで鳴いていて、とてもうるさい。

「さぁ、行くわよ!」
「……なんでいんの?」

 タローは振り返って声をかけてきた主に訊ねた。苦虫を噛み潰したような表情の上を汗が一粒流れた。

「事件の匂いがしたからよ。この超凄腕情報屋美少女ユッキーちゃんを差し置こうなんて、タローのくせに生意気よ」

 ユッキーが両方の腰に手を当ててふんぞり返って言った。タローの目つきがさらに悪くなった。手に持ったビームサーベルで頭をかくとブォンブォンと効果音がなった。その上に蝉の声が重なった。

「あっそう……。ま、頑張って」

 タローはひらひらと手を振って、改めて山へ向き直った。

 山道の両脇はひたすら樹木で囲まれている。そして、その樹木の一本一本にセミがいるのではないかと思うほどそこらじゅうで羽音がなっている。控えめに言って超うるさい。が、タローは気にする様子はなく、ビームサーベルを元気に振り回しながら鼻歌なんかも歌ったりしていた。

 ミーン、ミーン。


 =>[テッペン山 中腹]

 なりに進み、傾斜のきつい道を登り、道なりに進み、分かれ道を左に曲がり、道なりに進み、階段状の道を登ると小さな広場に出た。広場は隅っこに朽ちかけたベンチがいくつか放置されている以外はなにもない。タローは広場の中央まで進んだところで唐突に後ろを振り返った。

 タローから10歩ほど後方に、大きな麦わら帽子をかぶり、星型サングラスをかけたユッキーちゃんが立っていた。タローに視線を向けられたユッキーちゃんは、慌てて視線を森にスライド。森にはセミ以外いない。

「下手くそか」タローのツッコミが宙を裂いた。それは、恐ろしく鋭いツッコミであった。この時、別次元のとある世界まで届いたツッコミが、ある事件を引き起こしていたのだが、それはまた別のお話。

「え?  あ、タローじゃない。き、奇遇ね! なに? あんたもこっちに用?」
「下手くそか……ま、いいや。着いてくんなよ」
「つ、ついていってなんかないわよ! 思い上がりも甚だしいわね!」

 ユッキーちゃんは左手を腰に当てて、右手でタローをビシッと指してそういった。何一つ悪いことはしていない。ユッキーちゃんの目はそう語っていた。自己暗示&開き直りのダブルコンボ。得意技だ。

 タローは返事の代わりにため息を一つ。リュックサックからサイダーを一本取り出して飲んだ。リュックサックには保冷剤が大量に入っているのでサイダーは冷えている。

「と、ところで、あんたはどこへ行くつもりなの?」
「この流れでそれ聞いて素直に答えるとでも思ったかユキコよ」
「私の名はユッキーちゃん! ユ・ッ・キ・ー・ち・ゃ・ん! ユキコなんて名前ではないわ! わかった? リピートアフタミー! ユッキーちゃん。はい!」
「ユキコ」
「ムキ―!」

 ドシンドシンと地団駄を踏むユッキーちゃんを尻目に、サイダーを味わうタロー。静と動。陰と陽。そんな感じの何かがこの場に凝縮されているようだった。

 ドシン、ミーン、ドシン、ジジジジ、ミーン、ドシン、ドシン……。

 100回目の地団駄が踏まれたのとビンの中身がなくなるのは同時だった。タローは空になったビに付着していた水滴を払ってからリュックサックにしまった

「じゃあな」
 一方的にそう言い放って、山の奥へつづく道へ向かうタローは、
「フーンだ! タローのツンツンヘアー! チビすけ!」
「悪口も下手くそか」
 ユッキーちゃんの罵倒を軽く背中で受け流した。頂上まではまだ半分ほどある。タローは気合を入れた。 気温は35℃を越えようとしていた。

 ◆

「ぎゃあ!」

 背後からユッキーちゃんの悲鳴が聞こえてきたのは、わずか一分後だった。タローはその場で立ち止まり様子を伺った。

「ちょ、こ、来ないで! あ”あ”!」

 少女が出すにはあまりにもアレな悲鳴が聞こえてきた。タローは頭をガシガシとかいた。
「しゃーねーな」とタローはひとりごちて駆け足で道を戻っていった。

 ザッザッザ。

 広場に戻ったタローが目にしたのは……広場を走り回っているユッキーちゃんと、それを追う『ヤセイのヘビ』だった。ヘビは赤くて細くて長い舌をチロチロ出しながらピッタリとユッキーちゃんの後ろについていた。心なしか楽しそうであった。

「来るなっていってるでしょ!」声を枯らして叫ぶユッキーちゃん。
「何だ、楽しそうじゃん」とタロー。
「助、あっ!」

 ユッキーちゃんは、タローに見られていることに気がつくとザザザーと砂埃を上げながら急停止。長い白髪を手でサラリとして余裕のポーズ。そして、腕を組んでタローをにらみつける。

「何見てんのよ――」

 カプリ。

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙」


 ヤセイのヘビにふくらはぎを噛まれて地面をのたうち回るユッキーちゃんが騒音指数にして100dB程度の悲鳴を上げ続ける。見ると、細くて白い足に2つの丸い噛み傷ができたていた。セミは一斉に鳴くのを止め、付近の木で休んでいた鳥が飛び立つ。とっさにタローは耳を塞いだので鼓膜破壊を回避。

「うっせー! まじうっせー!」タローは耳をふさいだまま叫んだ。
「シュルー! シュルル―!」ヤセイのヘビも尾をバタつかせる。
「だよな、お前もそう思うよな……あ?」

 タローはヤセイのヘビが己に近寄っていることに気がつき眉をひそめた。ヘビの目は赤く染まっていた。そして、タローのふくらはぎをめがけて跳びついた!

「シャー!」

怒ったヤセイのヘビ が 現れた! 
BGM♪ユッキーちゃんの叫び♪

「おっと!」

 ヤセイのヘビの跳びつきを間一髪サイドステップで交わしたタローは、反撃にすくい上げるようにビームサーベルを振った。先端が地面を削り、小さな砂埃が舞う。

「しゃおら!」

 気合と主に放った一閃はヤセイのヘビの腹に直撃! タローはそのまま勢いをのせて腕を振り切る。赤色の軌道が半円を描く。

 ブォンブォンと効果音とともに、ヤセイのヘビは空高く舞い上がった。そして、たまたま真上を飛んでいた鳥が器用にキャッチしてそのまま飛び去っていった。

タロー win!

「ふっ、またつまらぬものを斬ってしまったわい」

 タローはそう言うと、ビームサーベルを二回転させてから腰の鞘――勿論そんなものはないのだが。まあ真似事だ――に収めた。一方、ユッキーちゃんは噛まれた部分を両手で抑えてうずくまっており、喉の奥から悲鳴が漏れていた。 

「おい、大丈夫かユキコ」
「……ユキコじゃなくて……ユッキーちゃん……」
「大丈夫そうだな。一応傷口にサイダーかけとくか?」
「なによそれ……サイダーは貰っとくわ」

 リュックサックからサイダーを取り出して、蓋を開けてあげてからユッキーちゃんに渡した。ユッキーちゃんがごくりと喉を小さく鳴らしてサイダーを飲むと、ふたつの噛み傷は赤い斑点に変わった。

「あーもう、痛かった。うっわ、痕になってる。もー最悪」
「何か俺に言うことは?」タローが耳に手を当てて訊く。
「はいはい、センキューね。実際助かったわ」
「よし。――それじゃ、俺は今度こそ行くからな。次は戻ってこないから、またヤセイのヘビに噛まれたくなけりゃさっさと山を降りるんだな、お前にも家族がいるだろう」
「なにそれ。まぁ、ちょっと休んだらそうするわ」

 ユッキーちゃんは、噛まれた足をかばうようにして近くのベンチに腰掛けて一回休み。タローはおとなしく休んでいる少女に一瞥をくれて、今度こそ先へ進むのであった。


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