信陵君伝 ~回顧1~

「静寂たる」とは、かような様(さま)をいうのかと思える、そんな夜であった。

 満天の星空に淀み無く、散りばめられた星の光が、そのままの細やかさで大地に突き刺さってくる。

 月は、あと三日ほどでようやく満月となるだろうか。

 朱色の柱、黒曜の彫刻、乳白の壁、濃緑の木の葉、深碧の衣……それら全てが、月光星光の中に、ただ単色に淡く浮かび上がる。

 万物の影は闇に溶け込み、暗黒の中に物々の輪郭だけが線を引いていた。

 ──時は、戦国。

 周が国都を鎬京から洛邑に東遷し、いわゆる東周となってから三五〇余年──歴史上、魏・趙・韓の三氏が諸侯に列せられた紀元前四〇三年を以て、戦国時代の幕開けとする。

実際に、中原の大国晋で六卿と呼ばれた氏族家臣の抗争による内紛が起こり、結果、魏・趙・韓の三諸氏に分割されたのが紀元前四五三年。

 これを以て、いわゆる「戦国時代」の幕開けとすることもあるが、当代の人々にはそのような史学上の概念は──「戦国時代」という歴史的な区分などは一切存知せぬこと。

 ましてや、いつ、何をもってその幕開けとするかなど、何の意義もない。

「戦乱の世」

 曖昧なその一語で──しかしその全てが表せてしまう、そんな混沌の時代であった。

【次回へ続く】

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