タッチパネルと鉛筆とノーベル賞と

 「化学なくしてタッチパネルなし」という話しについて、私が(勝手に)敬愛して止まない小池陽慈先生から「そこ詳しく書いてや」と言われたので、詳しく書いてみましょう。

 タッチパネルはプラスチックです。もっと言うと、「電気を通すプラスチックでできている」という感じになります。これを、はあ?と思うかへえ!と思うかは色々だと思いますが、ちょっと考えてみて下さい。「プラスチックって、ふつう電流を流さないよね?」。PETでもコンビニのレジ袋も、プラスチックは普通電流を流しません。もしプラスチックが電流を流したら、エレキギター弾きのみなさんは感電してしまいます。これは大変だ。世界の坂本龍一が死んでしまうではないか!YMOかっこいいよね。

 それはさておき、プラスチックが電流を流さないのは何故なのか?それは、プラスチックは非金属でできているからです。すごく単純に言うと「原則として、金属は電流を流す、非金属は電流を流さない」ですね?(なお、少し詳しい人にかかるとここはツッコミポイントになるのですが、「原則」っていうことで許して下さい。許して。お願い)。それゆえ、「電流を流すけれども透明な素材」であるタッチパネルというのは夢物語でした。

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↑昔の切符の券売機は、この券売機の左側にあるボタンがずらーっと並んでいるだけのものだった

 ところで世の中の原則には例外というものがつきもの。「非金属だけど電流を流すもの」・・・小学校の理科で習うものがありますよ?言えますか?

 「黒鉛(グラファイト)」ですね。鉛筆の芯は黒鉛でできていて、電流を流します。

 ということで、黒鉛の分子構造にヒントを得て、「こういうものを作れば電流を流す透明なプラスチックができるに違いない!」と考えた昔の化学者たちは、一生懸命電流を流すプラスチックの開発に当たったようです。しかし、そこはなかなか上手くいかないのが世の常というもの。これで上手くいくはずなんだけど・・・という状況から、なかなか進展しませんでした。この状況を打開したのが白川英樹先生の研究室です。この発見は、「黒鉛の分子構造に似せた構造に、プラスアルファの工夫を加えることで、電流を流すプラスチックになる」というものでした。白川先生のグループの発見をきっかけに、タッチパネルに利用できる、電流を流すプラスチックが開発されました。白川先生素晴らしい。

 タッチパネルに使われている素材は、黒鉛の分子構造からヒントを得たものです。このように、化学では、あるものの分子の形からヒントを得てさまざまな発明をすることはよく行われています。そして、少し違う話ですが、「スルファニルアミド」という抗生物質があります。これは、p-アミノ安息香酸という形と分子構造が似ているところがミソです。細菌はp-アミノ安息香酸を原料として細菌が生きていく上で大切な葉酸という分子を合成するのですが、スルファニルアミドはp-アミノ安息香酸と形が似ているため、葉酸を合成する酵素にp-アミノ安息香酸と間違って取り込まれ、葉酸を合成できなくなってしまうという仕組みで抗菌作用を示します。似ているから間違えて、トラブルを起こして死んでしまう…船越英一郎が出てくる2時間ミステリーにありそうな話しですな。

 分子を見ればいろいろなものが見えてくる、それが化学なのです。なお、聞けば見えてくる、というのはTBSラジオのキャッチフレーズですが、この話しとはなんの関係もありません。

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