気狂いな大学生活①

「それでは失礼します。」

電気屋の配送係の人が部屋を後にした。

冷蔵庫は流し台の隣に設置してもらい、テレビ台が無かったので、しばらくテレビは段ボールの上に設置した。

当時はまだブラウン管テレビで重量があるせいか、段ボールが凹み少し傾いている。

(なんだか貧乏学生みたいで味があるじゃないか)

と、この感じを気に入っていたのだった。

あとは、送ってもらった衣類をクローゼットに押し込み、ついでに明日の練習用に柔道着と帯、タオルをボストンバックに詰め込み準備しておいた。

時刻はまだ16:30。

この寮の夕食は19時からだった。

俺は食事の時間が来るまでなんとなくTVをつけ、準備したボストンバッグを枕にして横になった。

俺は今年から大学生になり、今日はふるさと鹿児島から高速バスで5時間かけて博多に着き、JRの快速でこの折尾の地までやってきた。

初めて経験することが多く、俺は横になるといつの間にか寝落ちしてしまった。

ふと目が覚めると、外は陽が落ちてすっかり暗くなり半袖だったので体が冷え、鼻が少し詰まっていたのを感じた。

部屋の電気をつけ携帯を開いて時刻を確認すると19:37で、もう夕食を取れる時刻になっていた。

俺は食堂に向かった。

この寮に住んでいるのは柔道部と陸上部が大半で、1階は食堂と管理人が住んでいる。
2,3階は柔道部が、4階には陸上部が住んでいる。

各部屋1Kで風呂トイレがあり32,000円と、この折尾の学生の町では平均的なのかと感じた。

もちろん食事代は別である。

食堂に入ると、6人がけの長方形で白の机が4つあった。食事をしているのは親子で、新入生?耳が潰れていたのでおそらく柔道部であろう、とその父親のようだ。

あとは、髪の長い細身でジャージを着た男性がいた。この人は体格からおそらく柔道部ではないだろうと思った。

「お疲れ様です!新入生?
食堂に入ったらお疲れ様ですって言おうね!」

た、エプロンにバンダナをした、おそらく食堂のおばちゃんらしき人が話しかけてきた。

「はい!
ありがとうございます!」

夕食はカレーのようだ。後々聞いた話によると、
新入生が越して来る日は必ずカレーと決まっているようだ。

俺はご飯をよそい、ルーをおばちゃんに注いでもらった。

「いただきます。」

と、すると、向かいに座っている柔道部であろう新入生と目が合った。

俺は初日からナメられたらいけないと思い、
相手を見下すように身体をふんぞりかえり、
右手の人差し指から薬指をスプーンに見立て、
カレーを勢いよく流し込んだ。

それを見た向かいの柔道部らしき人は、
口から思いっきり吹き出したのだった。

すると父親が

「お前何やってるば?来て早々恥を晒すんじゃないよ!」
と、叱責されたのだった。

おばちゃんが布巾を持ってきて掃除し始めた。

相手の顔は真っ赤になってこちらを睨みつけている。

俺は何もなかったかのように、食事を終え、腰を左右に振りながら部屋に戻った。

満腹になった俺は、布団をひき電気を消しそのまま横になった。

目を覚ますと朝になっていた。体の至る所がに痛みを感じながら起き上がった。

いつもの朝だと、田んぼのカエルの鳴き声が聞こえ、祖母がニワトリを追いかけ回す光景があった。

(そうだ、俺はもう大学生になったんだ)

どこか心にぽっかり穴が空いたような気がした。

あんなふざけた奴らだが家族なんだと1人になって実感した。

俺は台所に向かい身支度を済ませた。

今日から大学で練習が始まるのであった。

部屋の外に出ると、

「お前鹿児島じゃないけ?」

見ると鹿児島66キロチャンピオンの濱根だった。

俺は少しびっくりしながら、友達ができてよかったと安堵したのであった。

それから2人で柔道場に向かった。

ここは八幡西区という地域で福岡県北九州市にある。やたら坂道が多いと道中改めて感じるのであった。

今は持ってないが、自転車だと行きは下りで快適だが、帰りは上りで汗が吹き出し眼鏡が曇るのでとても不快であった。

1寮から10分程度歩くと、この4月から通う猛烈大学がある。大学入口からさらに5分程度歩くと柔道場のある体育館につくのであった。

俺と濱根は部室の入り口で

「おーざいまーす」

と、挨拶をした。

雰囲気的にまだ1年生しか集まってないようだった。

基本全員無言で、中には知り合い同士で話している奴もいた。

昨日俺がカレーを指3本で食べるのを見て、吹き出した眼鏡かけた耳の潰れたやつが心なしか俺を睨みつけている。

俺は少し体をのけ反って見下してやった。

しばらくすると

「おはよう」

と、監督の汚水さんが部室に来た。

1年生全員が

「おはようございます!」

と勢いよく挨拶をした。

「10時になったら始めるから、道着に着替えなさい」

と指示が出たのであった。

全員が胴着に着替え始めた。

部室から出て、柔道場を見ると、試合上が二つ取れるほどの広さでまだ新しく感じる。

道場横には少しスペースがあり、ベンチプレスやロープと言った筋トレ道具も一通りあった。

柔道場を一歩出ると、筋トレルームがあるので、最適な場所に構えてある言っていいであろう。

他にも、隣は剣道場で、上の階には体操場があるのであった。

ちなみにこの大学は体操部からオリンピック選手を出ているらしい。

俺は体操はできないが、人を操ることには興味があるので機会があれば、顧問の先生に伺ってみたいと、この時考えた。

部員が柔道場に入っていくと、先輩達がやってきた。

「野柳久しぶりやんか、げんきしとったや?」

見た目は軽量級ぐらいの髪を染めた男が入ってきながら勢いよく、一年生の1人に声をかけた。

「お久しぶりです!よろしくお願いします!」

と、ちなみに野柳は90キロ級の九州大会チャンピオンで1年生の中で1番強いと期待されている。

続々と先輩達がやってきた。

人数を言うと、
4年が1人
3年が2人
2年が9人
1年が11人
と言う部員構成であった。

昨年からスポーツ学部が設立され、そこから特待生を取り始めたらしく、それまではあまり活発に活動はしていなかったらしい。

しかも、キャプテンは2年生と言うまだ新しい部なのである。

キャプテンの号令で体操が始まった。

まだ1年生は緊張しているが、先輩達は話しながら緊張のかけらもなかった。

(大学はこんな感じなのか?)

と心の中で思ったのだった。

練習内容は、準備運動、受け身、打ち込み、乱取りで約1:30の練習である。

受け身を終え、打ち込みが始まった。1年生は緊張しているのか、一生懸命しているが、先輩達はみんな大内刈りの打ち込みで、一生懸命やってるように見せている。

ちなみに大内刈りは他の技に比べて、きつくないのである。

こんなので大丈夫かと、汚水監督をみると、ただ仁王立ちで見ているだけであった。

汚水監督の見た目は、芸人ずんのやすが、もう少し大きくなり目玉がアンパンマン号のような目をした感じである。

口元をよくみると何かを呟いているようであった。

偶然を装い近くを通り過ぎてみると、小さな声で

「ララライ…ララライ…ララライソラライソラ行け行けgo go!」

と、当時流行っていた藤崎マーケットの真似をしていたのであった。
よくみると、人差し指を立ててリズムに乗り自分の世界に入っていたのであった。

(そりゃあ、先輩達もあーなるわな)

と思いながら俺もお内刈の打ち込みを始めた。

汚水監督は、あだ名で「仏」と呼ばれている。

理由は、何をしても怒らないからだ。

後ほど先輩から聞いた話によると、仏の運転で、バスで熊本に向かっていると、キャプテンが

「先生!
途中久留米の大砲ラーメンに寄りましょうや!」

というと、無言で運転を続けて無視されたのであった。

全員やはりが断念しかけていると、久留米出口が見えたところでウインカーを上げて、ニタニタしながら左折したのであった。

みんなは爆笑し、大砲ラーメンに向かった。
そこで、ラーメンだけでなく、瓶ビールを5,6本頼んだりしても

「何してんのよぉ」

としか言わず、全額はらって再び熊本を目指したのであった。

このようなことが何度もあり、何をしても怒らないことから「仏」と呼ばれるようになった所以であった。

打ち込みを終え、乱取りが始まった。
※乱取りとは、実戦練習でボクシング言うスパーリングである

俺は最初同等の強さのやつと組もうと思い、同じ身長ぐらいのやつを、探してお願いしますと頼んだ。

こいつの名前が「尾妹」という、広島の田舎から出てきやつで、俺の人生で長きに渡ってライバルになるやつだ。

見た目はワ◯ピースに出てくる、ゲッコー◯リアにそっくりである。

汚水監督がタイマーを4分にセットし、それが8本繰り返されるようにセットされた。

「相手は見つけたかー?

じゃあ、初め!」

ピーッッッッ

っと、タイマーの音で練習が始まった。

「よし来ーい!」

みんな声を出して乱取りが始まった。

俺は相手がどう出てくるかわからなかったので、自分からあまり率先して前に行かなかった。

すると尾妹はお構いなしに奥襟(※首の後ろの襟)を思いっきり叩きつけるよう右手を大きく振りかぶってくるのである。

しかも、これが奥襟を握ろうとせず、ほぼ平手で背中を叩きつけるだけであった。

バチンッ!

と高らかな音が響くと、

「ヒャッハー♪」

と、奇声をあげるのであった。

俺は

(なんだこいつは、こんなことをして先生に怒られないのか?)

俺は汚水監督の方に視線を移すと、腰に手を当て先程のララライ体操を膝を、曲げたり伸ばしたりして皆んなにバレないように踊っている。

相当心躍っているのであろう。

口の動きも心なしか「ラララライッ」と口ずらんでいるように見えた。

俺は少し頭にきたので、バックドロップをかまそうと尾妹に抱きつき深く膝を曲げた。

(昨日の洗濯機に比べれば大したことねぇや!!)

と、気合いを入れ持ち上げた!

が、

力が足りずそのまま後方に倒れ、尾妹の腰が顔にのしかかった。
それだけで済むならまだ良かったが、尾妹がタイミング良く

「よいしょ〜っ!!!」

と大声を出し、いかにも自分が技を繰り出したような声を出した。
俺の顔には鋭い鈍痛が響いた。

俺は痛みで、しばらく畳にうずくまった。

周りが

「大丈夫?」

顔の痛みを堪えながら、なんとか乱取りを終えたのだった。

皆んな強くて、俺は投げられてばかりであった。

同級生に、県チャンピオンや九州チャンピオンがいて、実力の差を知った初日だった。

たぶん、俺は1年生の中で強さ順では、下から数えた方が早いだろう。

今まで一生懸命練習などしてこなかったので、負けて当然だがこの時何故か悔しいという気持ちが芽生えたのであった。

乱取りを終えたあと何があるのかと思ったが、
なんと整理体操して終わりとのことだった。

時間にして1時間ちょっとであった。

高校では2〜3時間の練習が当たり前だったのに、大学はこんなもんかと呆気を取られた。

最後に整列して汚水監督から

「これから今のような練習をしていくね、3月末には山徳大学に合宿に行くからしっかり体力をつけてね、特に1年生はパワー負けしないように」

と、

最後に礼をして終わり、汚水監督は、仕事に戻り道場を後にした、
またしても聴こえるか聴こえないボリュームで

「ラララライ、ラララライ」

と、リズムを取って戻って行った。

後で知ったが、なんと総務部長の役職らしいので驚いた。

相当ストレスが溜まってあーなったのであろう。

初練習が終わり、緊張が解けたのか皆んな道着の上着を脱いで、話出した。

すると

「お前鹿児島じゃないけ?」

と、濱根と出会った時と同様に声をかけてくれたのが石下さんと言う学年一つ上の先輩が話しかけてきたり

「はい、高校は伊集院で、地元は串木野です」

すると、もう1人体格のいい先輩、戸瀬口さんが

「頭いいじゃない!なんでこんな大学きたの?」

この先輩は中学の時から有名でとても強い先輩だった。

「インターハイ終わって、汚水監督からお話を頂いて」

「仏から声かけられたの?すごいじゃない!」

「ありがとうございます」

「初めてだから緊張したと思うけど、練習めっちゃ楽だから心配しなくていいよ!笑」

と、談笑しながら部室に戻り着替えをすませ、道場を後にした。

寮は昼飯は出ないため、大学の食堂や、周辺の飲食店などで済ませてとのことだった。

石下さんが食堂に連れて行ってくれるとのことで、俺と濱根、石下さん、戸瀬口さん、あと戸瀬口さんより大柄で100キロ超級の口瀧さんも一緒に向かった。

この口瀧さんは、体格の割に内向的で口数が少なく、気分のムラがある人だった。

過去の話を聞くと、自分の部屋にNHKの集金人が訪ねてきて、疑いなく受信料を支払った時、
自分は騙されたと思い込み、怒りで柔道場の壁にスイカを叩きつけようとしたところ、仏(汚水監督)から

「やめてーーーーーーっっっ」

と、必死で止められたことがあったらしい。

この人は危ないので怒られたらいけないと思った。

食堂では石下さんにご馳走になり、満腹で寮に帰った。

みんなと距離が少し縮まり、初日の不安が少し解消したのであった。

これからの学生生活に少し期待を持てた。



鹿児島を離れて1週間が経った。

他の部員や先輩達も仲良くなり、行動範囲も学校と寮までの周辺ぐらいまで広がった。

自分の部屋も、注文していたテレビや洗濯機等家電が揃い、ようやく部屋らしくなった。

その日は日曜日で部活は休みであった。

特にやることもなかった俺は、朝から実家から持ってきたマンガ本を読み耽っていると

「ピンポーン」

チャイムがなったので、玄関の方に行ってみると、濱根が入ってきた。

「園中暇?」

「うーん、今は暇だね、どうしたのぉ?」

「ずっと暇だろうがよ!笑
ちょっとパチンコ行ってみないか?」

「えっ?俺行ったことないんだけど…」

「だから行ってみようって言ってるんじゃないか!先輩達がよく行く店に行ってみようぜ!」

と、ワクワクしながら話しかけてきた。

俺は親父から

・博打は打つな
・金の貸し借りするな
・変な宗教に入るな

と、言われていた。

(せっかくの誘い出し少しぐらいならいいか)

と、あっさり承諾してしまったのである。

寮からだと少し距離があり、タクシーを呼ぼうということになり、俺は駅まで呼びに行こうと走って行こうとしたが、

「今時走って駅まで呼び行くやつがいるか!笑
ケータイがあるだろうが!」

と、濱根は電話していた。

俺は今までタクシーを呼んだことがなかったので、よく駅に停まっているのを見かけたから呼びに行くものと勝手に思い込んでいた。

車で10分するとパチンコ屋に着き、中に入るとけたたましい音が鳴り響いていた。

田舎の朝方の蛙とは比べものにならず、俺に少しのストレスと大いなる期待を与えた。

実は、高校時代に一度だけ、友達に連れられてパチンコに行ったことがあったが実際に打ったことはなかった。

当時は北斗の拳や、吉宗などが主流で、俺が今日選んだのは「功夫淑女」と言う、マイナーな機種を選んだ。

財布には1万6000円入っており、これで3月いっぱい生活しなければならない。

(まぁ、3000円ぐらいなら大丈夫だろう)

と、心の中で思った。

お金をコインに交換して、スロットを回した。

打ち方などは全くわからなかったので、永遠と7を狙い続けていたら、濱根がやってきて

「何やってんの、揃うわけないじゃない!笑
当たったら大当たりって表示されるから、
それまではチェリーを狙うの!」

と、教えてくれてまた自分の台へ戻って行った。

全然目押しができなかったので、
少しイライラしてきた。

(うるさいから歌ってもバレないだろう)

と、思い

「愛してる〜の響き〜だ〜け〜が強くなれる気がしたよ」

と、スピッツのチェリーを少し大声で歌ってまわりをキョロキョロと確認したが誰にも聞こえてないようで少しドキドキした。

そんなことをしながらメダルを入れてレバーを叩くと、画面の背景が夕方になり、画面中央の女の子のキャラクターが太極拳をししている。

(俺の歌が響いたのか?)

と、心の中で思いながら回していった。

すると対決になりあっさり勝利し、さっき濱根が喋っていたボーナス確定画面になった。

俺はこれは7を揃えて良いやつと判断し、7を狙うと見事に揃ったのだ。

当時は最大711枚のメダルが出たので俺は嬉しくたまらなかった。

使ったお金はわずか2,000円だった。

俺はコインが出尽くすとすぐさま換金すると1万4000円になり1万2000円勝利した。

これがいけなかった。

これを覚えて俺は大学生活で痛い目に遭うのであった。

俺は嬉しくてしょうがなく自販機でコーラを2本買い、一気に飲み干し

「ゲェェェェェッッッッッ!!!」

と、勝利の咆哮(ゲップ)を轟かせた。

一方、濱根はというと一回当たったはものの、全部飲まれて結局7000円負けだ。

「お前勝ったんだから、帰りのタクシー代ぐらい出せよ」

俺は勝って気持ちが大きくなっており

「そんな端金でガタガタ言うんじゃねぇ!」

と、偉そうに答えた。

「言うようになったな!お前が負けた時知らないからね!何もめぐでやらんからな!」

俺は頭の後ろに両手を組み、吹けない口笛を吹いてみせた。

すると、濱根の携帯電話が鳴った。

「はい、濱根です!今園中とパチンコ屋から帰ってきてます!あっわかりました!向かいます!」

と、

「誰?」

と聞くと、

「若杉さんからで、部屋で飲むから来いだって!」

この若杉という一個上の先輩がいるのだが、これがまた破天荒な人だった。

大酒飲みで酒癖が悪く、夜中遊び呆けて朝に寝るので、1年間で8単位しか取っておらず留年まっしぐらであった。

寮に着くとタクシーの清算をすませ、若杉さんの部屋に向かった。

中には、若杉さんと、黒糖さん(一個上でキャプテン)、その後輩の鳩井が部屋にいた。

「お疲れ様でーす!」

と、濱根が勢いよく言った。

「おう!まぁ座れや!」

と、濱根は若杉さんから好かれているのであった。

部屋の真ん中に長方形のローテーブルをみんなで囲んで、何やらお好み焼きを作っていた。

「パチンコどげんやったや?」

と、黒糖さんから尋ねられて結果を報告した。

「ほぅー、園中勝ったんならちょっと飲んでもらわないかんねぇ」

と、言われ焼酎をロックでなみなみ注がれた。

俺は渋々口に運ぶと強烈な芋臭さが口の中を巡っていった。

俺は、恥ずかしながら鹿児島生まれなのに芋焼酎が苦手だったのだ。

すると黒糖先輩が

「お前芋飲み切らんっちゃろ?俺も最初きつかったもんね!なら米を注いでやろう!それは若杉が飲むけん!」

「なんで俺が飲まないかんとや!」

と、黒糖さんの肩をパンチするのだが、俺の焼酎を受け取るのであった。流石の若杉さんもキャプテンの言うことは断れないようだった。

それから先輩達から大学のことや、柔道部のことを教えてもらいながらお好み焼きを肴に酒を飲んだ。

俺は大学がこんなに楽しいとは思わなかった。
鹿児島を出てきて大正解とこの時思ったのだ。


俺はだいぶ酒が回り頭がグルングルンして吐きそうだった。

黒糖さんがお好み焼きの具材を全て使い切り最後の一枚を焼いていた。

何やらニタニタし何かを企んでいるようだった。
若杉さんも既に酔いがまわって気付いてない様子だ。

すると黒糖さんがわざとらしく

「うわーっ!熱い!」

と言って、カセットコンロの上のフライパンを、若杉さんの寝床のマットレスの上で手放した。

明らかにわざとに見えた。

マットレスには見事に真ん丸の焦げ跡ができた。

「チッ!」

と、なんとも怒りを抑えたような顔をして舌打ちしたのであった。

「スマン、かなり熱くて手を離してしまったよ」

と、半分笑いを堪えて、他の一年も必死で笑いを堪えていた。

その瞬間、口からブツが湧き上がり始めたので
俺は若杉さんの部屋のトイレに急いで駆け込んだが…

「レロレロレロレロ〜っオエっーーー」

と、間に合わずトイレの周りに吐き散らかしてしまった。

すると黒糖先輩が

「園中大丈夫か?」

と、トイレの前まで駆けつけてきたが、俺の嘔吐する音を聞いて大爆笑し始めたのだ。

すると若杉さんは、黒糖先輩が爆笑してるのに、
俺が爆笑してる勘違いし、

「アイツ出てきたら殺す」

後で濱根から聞くとやばいぐらいブチ切れていたらしい。





ハッ………………


気がつくと俺はトイレでゲロまみれで眠っていた。

まるで絞め落とされた時ぐらい何が起こったのか分からなかった。

かなりの悪臭がする中、ある程度拭き取り、恐る恐る外を出てみると夜中の4時ぐらいでまだ外は真っ暗であった。

(そういえば若杉さんの部屋で飲んでたんだった…)

ゴォォォォっと、いびきが聞こえたので部屋を覗くと、幸せそうに眠っている。

俺は何もなかったかのように自分の部屋に戻って行った。




翌日は俺は、若杉さんと黒糖さんから、お好み焼きの残りの天かすとマヨネーズとソースでご飯2升食べるまで帰れま10をさせられ、その日また何度も何度も嘔吐するハメになった。

心の中で

(黒糖貴様のせいでこうなったんだろうが!)

と、しかしこの経験で俺は自由に嘔吐できる術を身につけたのだった。

これがいろんな場面で役に立つのであった。



桜が例年より早く開花し、葉桜が目立つ頃に4月を迎えた。

朝昼の気温差が大きく、体調はあまり万全ではなかった。

今日は大学の入学式だ。
俺はこの日かなり狂っていた。

昨晩、俺はあれこれ考えると興奮して眠れなくなり、最近覚えたタバコの赤マルを二箱近く吸い、今朝まで洋楽のSeptemberリピートで流し続け、1人で夜を踊り明かした。

頭の中では
「do you remember?、21st night of September?」
と、ずっとリピートし続け寝てないせいか気分がとてもハイになっていた。

俺はノリノリで手拍子しながら、
鏡の前で背広に袖を通した。
蝶ネクタイを締め、
頭にネクタイを巻き、
5本指ソックスを手に通し、
ズボン捲り上げ裸足でドアを開き寮を後にした。

セブンスターに火をつけフィルターがなくなるまで吸いながら、大学を目指し歩き始めた。

小粋に少しリズムをとりながらすれ違う人に、
ウインクやハイタッチを試みるが気持ちとは裏腹に皆俺を避けていった。

しばらくすると、黒と白のツートンカラーのセダン車が俺に近づいてきて助手席の窓が開いた。

「こんにちは!お父さん朝帰りですか?」

と、推定30歳前後の爽やかなでガタイの良い男性に声をかけられた。

俺は身の危険を感じ

「俺は男には興味がない!他を当たってくれ!」

と、答えた。

「いやいや、そういうわけにもいかないんだよ。
通報があったから、来てみると、お父さんみたいな格好してるんだから声かけないわけにはいかないでしょ。とりあえず話を聞きたいから後ろに乗ってくれる?」

俺は少しずつ冷静を取り戻し、段々と冷や汗が出てきた、これはもうとぼけ続けるしかないと腹を括ったのだった。

大人しくパトカーの後ろに乗り込んだ。

助手席の警察官が

「お父さんお名前は?」

「殺せ」

「?」

「お名前は聞いてるだけだよ?」

「殺せ」

「いい加減にしてくださいよ」

俺は下唇の内側を痛い思いを振り切り噛み切って血を見せた。

「このまま舌を噛み切る」

と、ハッタリをかました。

「やめなさい!」

と、後ろを振り返り俺の口に手を伸ばそうとした時、

俺は相手に口元しか見えないように微笑を浮かべた。

(ニヤリ)

その瞬間思いっきり眼光と口を開き、相手の顔面に嘔吐したのだった。

2人は慌てて外に飛び出した。

俺はその隙に車を抜け出そうと、ドアに手をかけ車から飛び出した。

警官1人は外でもらい下呂を、もう1人は手持ちのお茶で下呂を洗い、俺を取り押さえにきた。

必死に抵抗したが取り押さえられてしまった。

パトカーの中は悲惨なことになっているので、応援を呼びパトカーの2台が再び来て、俺は尾折警察署に連行された。

本来で有れば故意に警官に嘔吐したとして、暴行罪に問われるところだが、終始顔色が悪く体調が悪かったということで、緊急避難と判断され、厳重注意の無罪放免となった。

しかし、
吐きかけられた警官は納得がいかないようで、目が血走って俺の方を見ている。俺は足早に警官を横目に警察署を後にした。何はともあれ、前科が付かず釈放されたのでよかった。

そのまま歩いて大学に向かったが、時刻は昼過ぎで既に入学式は終わっていた。

すると昨日寝てないせいか気が緩んだとこで急に睡魔が来た。

俺は近くの原っぱで横になり、両手を頭の後ろに持っていき、口に葉っぱを咥えて目を瞑った。
風がとても心地良かった。

「またお前か!!」

気がつくと周りは暗くなり、午前中の警官から声をかけられた。

俺は夢かと思ったが、原っぱに横になってそのまま眠っていたようだ。

話によると、歩行者からの通報で浮浪者が大学敷地内を占領していると、

俺は

「誰が浮浪者だ!」

すると警官が

「お前のことだろうが!」

と、罵られた。

警官からは他人に迷惑をかけたり誤解を招くことをしないようにと、再び注意を受けた。

「1日で2回も通報されるやつは俺の警官人生で初めてだぞ!」

(お前如きの人生ならその程度だろうな)

口にして指導が長くなったらいけないので心の中でつぶやいた。

(それにしても散々な1日だったな)

今日1日を思い返しながら家路へと向かった。

しかし、俺がこれからする経験はこんな物ではなかったのだった。

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