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【われ清盛にあらず】 個が個であることを貫く覚悟

われ清盛にあらず
祥伝社 2020年10月20日 初版第1刷発行
若木未生(わかぎ みお)

前にも書いたことがありますが、私は大学時代から27歳までの7年間、書店で働いておりました。
書店によってシステムは異なるのでしょうが、その書店では比較的正社員が多く、社員が担当するジャンルが決まっておりました。
私は見習い(雑用)から、学習参考書→学習参考書をメインにコミックとゲーム攻略本の補助→文庫→文庫と新書→実用書と色々なジャンルをこなしていたように記憶しております。
その中でも、文庫と新書はさらに細分化できるほどに幅広い内容をカバーしているため、多くのタイトルをそろえておく必要があり、楽しい毎日でした。

その文庫の棚に、集英社の「コバルト文庫」というシリーズがありました。
女子向けの内容が多かったシリーズだったかと思います。
「ハイスクール・オーラバスター」
コバルト文庫の中でも人気の高かったシリーズであり、今回紹介する「われ清盛にあらず」の作者である若木未生さんのデビュー作です。
この作品が当時爆発的な支持を受け、メディアミックスも積極的に展開されていました。
いまでこそライトノベルというジャンルがあり、ファンタジーを題材にした作品は多く見ることができますが、当時はまだ珍しく、自分の描きたい世界がきっちりまとまっているんだろうと感心したものでした。

さて、われ清盛にあらず、です。
誰しもが歴史の授業で目にするであろう「清盛」という名前。そうです、平氏です。
戦国時代を題材にした小説はよく読みますが、さらに時代を遡った平安時代を舞台にした物語となると、私はあまり読んだことなく、さらに中心となるのが平氏と源氏とくれば、わくわくを抑えるのが難しい。
いや、もっと言えば、Twitterでこの作品の表紙画像を見たときに、魂を鷲掴みにされる勢いで魅了されてます。
読み終えているので内容が素晴らしかったことは保証します。ですので、もう少しこの表紙について書かせてください。
この表紙を書いた方は「佳嶋(かしま)」さんという方らしいのですが、申し訳ない、私は名前を存じ上げておりませんでした。ただ、この表紙のタッチは見たことがあるような気がして調べてみました。
名前を知らないだけで、佳嶋さんの作品が表紙を飾っている書籍を何点か所有しておりました。

早川書房 開かせていただき光栄です 皆川博子
早川書房 アルモニカ・ディアボリカ 皆川博子
ポプラ社 少年十字軍 皆川博子

いや、全部皆川さんの作品だとは思わなかったけど、たしかに持っていました。

これほどに表紙の持つ意味を明確に表現できている作品は珍しいと思うな。是非とも表紙を見てほしい。平安時代という時代背景、静と動を表現するかのような二人、色使い。
完璧です。
祥伝社のリンクをここに貼っておきます。気になる方は、是非みてください。

さて、ストーリーです。
われ清盛にあらず、というタイトルからもわかるように、清盛も登場しますが、中心となる人物は清盛ではなく清盛の弟である「平頼盛」という男。
あ、多くの方が感じているかもしれませんが、この作品の登場人物はかなり名前が覚えにくいですよ。
清盛、頼盛、重盛、盛国、家盛。平氏の主要人物だけでもこんな感じです。ここに源氏も同じような名前で登場するので、手元に家系図なんかを置いておくとわかりやすくなると思いますよ。
で、頼盛です。
この男、清盛とは似ても似つかない性格であり、平安時代の武士としては異端児として悪目立ちしそうですが、現代日本であればそこまで目立たないような気がします。
空気を読めず、思ったことを口にし、相手の気持ちを読まずに行動する。
当時としては、かなり生きにくい性格でしょう。
それでも頼盛が幸せだったのは、お兄さんが清盛という、これもまた常識を逸した存在であったこと。
幸せとは書きましたが、頼盛は幸せだったのかな。。。
前にも何かの感想文で書いたような気がしますが、物語とはフィクションです。この作品のように史実に登場する人物を用いることもありますが、物語にすることはそういうことです。
歴史を紐解いていけば、かなりの確率で真実に近づくことは可能になるかもしれませんが、あくまでもそれは「かもしれない」という話です。
歴史を題材にした物語は真実ではないという側面を非難するわけではありません。
歴史を下敷きに物語を書けば、「真実がだれにもわからない」ことで、その物語は作者にとって、さらには読者にとって真実となりえる可能性があるといいたいのです。
実際の頼盛は戦争を好む男だったかもしれませんし、政治的な才能に恵まれた男だったかもしれません。誰にも真実はわからないのです。
これはとても贅沢なことだと思うのです。
作者の数だけ真実が存在し、作者の数だけ読者は真実をアップデートすることができる。
歴史というのは、文献や口伝によって正しい歴史が伝えられてきたと考えがちですが、それもこれから先はどうなってしまうかわかりません。その気になれば、偽の文献等を作成し、それらしく発見されれば、見破ることは難しい時代になってきているからです。
文章、写真、動画、どれをとっても加工されたかどうかは素人には判別できず。技術が進めば進むほど判別不可能になっていきます。
物語というのは、作者が膨大な時間をかけて調べた資料や歴史を下敷きに書かれたものです。そこには、偽の事実で読者を騙そうなんて気持ちは微塵もなく、ただただ読者に楽しんでほしいという気持ちで描かれた、作者が作り上げたもう一つの真実なのです。
私はこの作品に登場する頼盛はとても好ましいです。
人間くさく悩み、考え、悔やみ、それでも前に進む。
時代を一時的にとはいえ支配し、栄華を極めた平氏の一人であり、棟梁に近い位置にいた男としては、失格なのかもしれません。しかし、自分の立ち位置を理解し、棟梁である清盛を見えないところまで支える存在。
それは太陽が輝く日中に薄く見える月のように。

ここまで平安時代の空気感を表現できており、さらに読みにくさを感じさせない物語というのはなかなか稀有であると思います。
是非、手に取って平安武士の生き様を感じてください。


それでは、ここからは触れていなかった「ネタバレ」を含みつつ、もう少し書いてみます。
ネタバレを読みたくない方は、ここで読むのをやめてください。
行数を10行くらい空けておきますね。









本当に読みますか?ネタバレありですよ?


では、書いていきます。

平安時代に栄えた平氏と、同じ武士でありながら苦しい生活を強いられた源氏。
源平合戦として、現代に生きる私たちですが、なかなかその内実は知ることができません。
武士という立場でありながら、雅な雰囲気を漂わせるその世界観。私たち日本字が忘れてしまったような世界を、ハイスクール・オーラバスターというファンタジー要素が高い人気シリーズを世に出した若木さんが、このような作品を書くとは思いませんでした。
失礼な言い方ですが、意外な気持ちです。

この作品に登場する清盛は、良くも悪くも多くの方が想像できる範囲内の人物だと思いますが、頼盛の書き方が非常に秀逸です。
一歩引いたキャラというのは、どうしても物語の中に埋没してしまいすが、平安時代の異端児である頼盛はむしろ私たちのような現代人の感覚に近く、読者が受け入れやすい要因でしょう。加えて、異端児とすることで、一歩引いた立ち位置でありながら、物語中で存在感を発揮させるのもまた見事です。
清盛を中心とした話をしているようで、多くの場合は頼盛が中心として描かれています。それも無理を感じさせない範囲で。本当に素晴らしい。

物語全般としては、どこか悲しげな雰囲気が常に漂っているのが印象的ではありました。
平氏という、その時代を支配した一族について書かれているはずなのに、その平氏に属する方々にはどこか悲しげな、儚げな、そんな印象を受けてしまう。
それは、私たち現代人は結果的に平氏は時代方降りることを知っているからかもしれませんが、平安の世に、それまでは最下層の存在であった武士という「刹那」に生きる職業の集団であることにも要因があったのかもしれません。
その瞬間に全力を注ぎこむ武士という生き様は、政治という世界で流れるゆったりした時間と裏で暗躍するような戦いには不向きであったのでしょう。もしかすれば、それを清盛たち武士も理解はしていても、自分たち一族のため、日本という国のため、突き進むしかなかったのかもしれません。

清盛は頼盛に何を期待していたのかな?
自分を乗り越えるくらいに強い男になってほしかったのか。
自分の隣に並び立ってほしかったのか。
自分の出生が定かではなく、事あるたびにそれを突っ込まれる清盛としては、平氏の正統後継として自分を超えていってほしかったのかなと、私は考えました。
それは、場合によっては殺されてもいいと望むくらいに強い気持ちで。
清盛は力もあり頭脳も明晰だったとされるので、一族を率いるには申し分ないことは理解していたでしょう。ですが、何かのタイミングで自分の出自を指摘される。これは清盛にとっては痛くもかゆくもないことではあっても、一族の中に不協和音を発する指摘になりうる可能性は残る。
平氏の行く末を考えれば、頼盛が正統後継として清盛を踏み台にしてくれるくらいがちょうどいいと、そう考えていたのではないかと思えるのです。もちろん、頼盛のことを想えば無茶はできないことは当然です。おそらく頼盛には表に出てもらい、自分は裏から平氏のために動いていく。
平氏のためを思えば一族の団結につながるのでしょうが、それをしてしまえば日本を己の欲望のままに動かしている貴族たちと何も変わらない行いであることは理解している。
これは、苦しい。
頼盛の性格が前に出るようなタイプではなかったため、清盛は全面に出ることを選択したように思えますが、心のどこかでは「表舞台は私に任せてほしい」というような言葉を、いつまでも期待していたのではないかな。
時折頼盛に対して厳しい言葉を吐いてしまうのは、本心が漏れてしまっていたのでしょう。

一族の絆というのは、現代とは比較にならないほどに強く、脆いものだったのかもしれませんね。
戦国時代では、同じ一族であっても敢えて敵・味方に分かれて、どのような結末になったとしても、一族の血脈を存続させようとしたこともあったそうです。
清盛が目指していたのはどのような方法だったのか。現代に生きる私たちにはわかりませんが、自分の血にコンプレックスを持つ清盛は、心のどこかで頼盛に棟梁となってほしかったのかもしれません。
平氏一族からの清盛に対する印象がここまで完璧な存在ではなければ、清盛の考えたように進んだかもしれません。全ての歯車が清盛の描いたようには噛み合わなかったことで、少しづつ綻びが生じてしまったのか。

うーん、切ないなぁ。。。
清盛も頼盛も到達したい場所は同じはずなのに。
それでも、自らの死を迎えた頼盛があきつに伝えた言葉、自分の行きたい場所は日輪の輝く空であると伝えてくれたことは、最後の最後まで頼盛らしい言葉だと思うし、それを聞いた清盛も、苦笑いで迎えてくれるんだろうと考えると、これでよかったのかな、とも思います。
本作で書かれた物語もまた、歴史の中の真実の一つなのでしょう。

サポートを頂けるような記事ではありませんが、もし、仮に、頂けるのであれば、新しい本を購入し、全力で感想文を書くので、よろしければ…