うつせみ屋奇譚 妖しのお宿と消えた浮世絵 どこまでも清涼感に満ちた作品
読者による文学賞の二次選考 レビュー8冊目です
今回8冊目の本はこちらになります。
うつせみ屋奇譚 妖しのお宿と消えた浮世絵
KADOKAWA 2019年2月25日 初版発行
遠藤由実子(えんどう ゆみこ)
この読後感は、過去に体験したものに似ている感じがします。
「西の魔女が死んだ(梨木香歩)」
この本を読んだときに感じた感覚ととても似ており、気持ちが落ち着くような、清涼感で満たされるような、そんな感じを受けました。
全く内容は異なるのに、なぜなのでしょう。
物語は内向的な女の子「鈴」が、転校を機にそれまでの日常を失ってしまったところから始まります。親の仕事の都合での引っ越しで、大好きだった祖父母の家に住むことになります。私も引っ越しの経験がありますが、すでに作られている仲良しグループやお互いに顔や名前は知っているグループに飛び込むには、なかなか勇気のいる行動だと思います。
祖父が生きていてくれればまた違った生活になったでしょうが。残念ながら、大好きだった祖父は他界していました。この祖父が鈴に浮世絵の楽しさを教えてくれた方。自分でも浮世絵を描き、可愛い孫が興味を示してくれたことが嬉しくて、次々と浮世絵を見せていきます。喜ぶ鈴が最後に見て、一番気に入った浮世絵。それが祖父が子供の頃に一度だけ体験した、子供にしか視ることができない宿屋「うつせみ屋」を描いた祖父の作品でした。
最初から浮世絵の話で展開するところが、なかなか興味深く、ストーリーにぐいぐい引き込まれます。
浮世絵に興味を示す小学生ってのはなかなか珍しいですが、祖父の説明から始まり、浮世絵の楽しみ方を教えてくれることで、私たち読者も浮世絵についての知識を得ることができ、焦点がぼやけることなく読んでいけます。
浮世絵って、多くの方が知っている存在ではありますが、詳しいことまではわからない方が大多数だと思います。あまり説明にページは割かず、それでもストーリーを追うに困らないように、それとなく説明が書かれているところは嬉しいですよね。
小学生が主人公なので、特に鈴は内向的という設定だったりするので、鈴の精神的な部分での成長を見届けながらストーリーは進んでいきます。学校での出来事、家での出来事、うつせみ屋での出来事、そういった多くの出来事は、少しづつ、確実に鈴を成長させてくれます。
学校に行くのがつらかった少女が、勇気を出してクラスメイトに話しかけ、気の合う友達ができる。
友達と訪れるうつせみ屋では、多くの妖怪が鈴に対して対等に話しかけ、説明し、相手をしてくれる。
鈴はストーリーが進むにつれて、一歩。また一歩と前に進むことができるようになっていきます。
それは、鈴という存在に対して、しっかりと向き合ってくれた友達やうつせみ屋の妖怪達から得る部分も大きかったのでしょう。
まさに、ひと夏の成長です。
うつせみ屋は子供にしか視えないそうです。
私は残念ながらうつせみ屋を視ることはできません。ですので、いつかまた別の話でうつせみ屋での出来事を垣間見せてくれることを期待したいです。作者である遠藤さんはこの作品がデビュー作とのことですが、遠藤さんならもっともっと成長した鈴と、浮世絵に興ずる妖怪達の姿を見せてくれると思います。
そう思えるくらい、素晴らしい才能の作家さんと素敵な作品だと感じました。
そうそう、これは伝えておかないと。
この本は、これから読書を始めようと思ってる方や、久々に読書をしたいと考えている方には、全力でおすすめしたい一冊です。物語として綺麗に完成されているし、ページ数も多からず少なからずで読み応えがある。出てくるキャラクター達は魅力的で、キーアイテムが浮世絵というのもわかりやすい。
文体も丁寧で読みにくいことは全くなく、全体的に爽やかな、清涼感に満ちた雰囲気を漂わせています。
うつせみ屋で不思議な体験をしてみましょうよ。
それでは、ここからは触れていなかった「ネタバレ」を含みつつ、もう少し書いてみます。
ネタバレを読みたくない方は、ここで読むのをやめてください。
行数を10行くらい空けておきますね。
本当に読みますか?ネタバレありですよ?
では、書いていきます。
本当に清涼感に満ちた作品でした。
基本的にミステリーやSFを好んで読むため、このような作品は久しぶりに読みましたが、一気にもっていかれました。
デビュー作でこれだけの作品を世に出してしまうのが素晴らしい。もちろん、私が知らないだけで、この作品が出版される前には、完成はしても世に出ることのなかった物語が多数あるかもしれません。
ですが、この作品を発表できたことで、作者の遠藤さんは大きな一歩を踏み出せたのではないでしょうか。
どのような偉大な足跡でも、最初の一歩がないと作ることはできません。そういった意味では、遠藤さんの一歩は力強く、次に続く一歩になりえたと思います。
私は祖父母と暮らした経験がないため、お盆に会ったことくらいしか記憶がありません。その記憶の中でも、祖父とはあまり話をしたことはなく、どちらかというと寡黙な方だったと思います。
それでも、祖父母と夏休みの数日間に過ごすのは楽しみで、畑で収穫した野菜を食べたり、とうもろこしを茹でたり。ときには、怖い話を聞かされて眠れなくなったり。
祖父と仲良くお話をした記憶があまりない私でさえそうなのですから、浮世絵という共通項でつながれた鈴と祖父が一緒にいれば、時間を忘れるくらい楽しかったことでしょう。
その祖父が見せてくれた最後の一枚。縁側で夕涼みをしている、着物を着た妖怪達の浮世絵。
祖父が描いた「うつせみ屋」という子供にしか視ることのできない宿屋。
すごいなぁ。これでまだプロローグだもん。ここから本編だもんなぁ。
この作品で印象に残る登場人物といえば、晴彦さんでしょう。
うつせみ屋の若い主人。若いとはいえ、鈴の見た目からの判断ですし、妖怪達が泊まる宿屋の主人ですから見た目と実年齢が合うとも限りません。
今作では宿屋の主人という素性の他は明かされていませんが、深読みしないで考えれば、こうだといいなぁという願望も含めて、晴彦さんは鈴の祖父である永峰萩一郎のお師匠さんじゃないかなぁって。
浮世絵は多くの方が知っていますが、浮世絵を描いている人となるとそこまで多いわけではないと思うのです。で、あるならば、どんなに距離があったとしても浮世絵を描ける人がみつかれば習いに行くと思うんですよね。
祖父は幼少の頃うつせみ屋に行ったことがあるらしいし、そこで浮世絵を見て、教えてもらおうと考えるのは自然な流れだと思うんです。
そうであってほしいし、そうでないほうがいいような気もするし。
そういえば、晴彦の鈴に対する応対の仕方もいいですよね。
鈴が困っていても、一から十まで面倒を見るわけではなく、少し離れた距離感で、それでも鈴に行動してもらえるように助言を与えてくれる。困っているからといって無暗に手を出すわけではなく、遠回りでも鈴が自分で解決できるように導いてくれる存在。
うつせみ屋は子供にしか視えない宿屋。この「子供」という設定がどのくらいなのかはっきりと書かれていませんが、夏を超え、少し成長した鈴が中学生になっても、うつせみ屋は待っていてくれるのでしょうか。
私たちがうつせみ屋での日常を視たいと思っても、それはかないません。
できれば鈴が、鈴ではなくてもうつせみ屋に入れる誰かに、今作の話の続きを教えてもらえると嬉しいですよね。
次にうつせみ屋を訪れることはできる日はいつになるのでしょうか。
サポートを頂けるような記事ではありませんが、もし、仮に、頂けるのであれば、新しい本を購入し、全力で感想文を書くので、よろしければ…