ブリタンニア物語 立場に囚われない三人を見てみたい


読者による文学賞の二次選考 レビュー6冊目です

今回6冊目の本はこちらになります。

ブリタンニア物語
文芸社 2019年4月15日 初版第1刷発行
十織(としき)

この作品の印象は「重い」です。
もっと言ってしまえば「重苦しい」です。
それは決して嫌な重さということではなく、人を取り巻く人間関係や時代という足枷、そのような人の能力ではどうすることもできない重さです。

主要な登場人物は三人。帝国の将軍ジェラルディンの息子ジャン、将軍の盟友ロッサリーニの娘フィオレンティナ、帝国と対立する存在であるバルバロスの英雄レッド・スイフト。この三人が、それぞれの立場で様々な状況を飲み込み、時代の流れに飛び込んでいく、そんな話。
ジャンに対する評価は読んだ人によって大きく変わりそうですが、私の中でジャンという人物は、幼いころから自分が進まざるを得ない道を理解し、自分の考える理想に向かって努力し、自分の立場を理解したうえで自分を演じていたように思えます。

本を愛し、思索に耽るという行為は、おそらく帝国の大将軍であり国を支えている父親の生きざまを見て、父親の力でさえ現状を打開できないことを解ってしまったため、力ではない何かで現状を打破しようと模索していたのではないかと思えて仕方ないのです。フィオレンティーナには叱責され、仲間たちからは嘲笑の対象とされたとしても、自分の運命に抗おうとする、そのうえで理想の道を模索するジャンの姿は、誇り高き男の姿に見えます。

最終的にはジャンは自分の立場を全うするのですが、その時のジャンの胸中を想像すれば苦しくて、悔しくて。途中から読むことが本当に辛かった。全てを飲み込んだうえで、自分の立場を演じ切るジャンの姿は、悲壮感しか感じられません。

滅びゆく世界の物語と帯に書かれていましたが、私は滅びゆく世界の中で、その世界の希望を紡ぐために努力し、実行をする、そんな男の物語ではないかと感じました。
本を読んだ感想が「辛い」というのは誉め言葉にはならないかもしれません。ですが、この作品においては、それほどまでに作品の世界観に入り込み、主人公の気持ちを理解しようともがくことができた、稀有なストーリーだったと断言できます。
ジャンはもちろん、それぞれの立場を務めた三人に感謝を捧げます。


それでは、ここからは触れていなかった「ネタバレ」を含みつつ、もう少し書いてみます。
ネタバレを読みたくない方は、ここで読むのをやめてください。
行数を10行くらい空けておきますね。









本当に読みますか?ネタバレありですよ?


では、書いていきます。

登場人物全員に何かしらの重さを感じてしまいます。
読んでいくにつれて、「これ、どうにかならないのか?」、「なぜそのような行動になるのか?」、「行動することは不可能なのか?」という気持ちが大きくなりました。

フィオレンティーナに関しては、やはり戦場に立つことは不可能だったのだろうか?という疑問です。いくら時代がそれを認めていなかったとはいえ、ここまで気性の荒い女性が座して運命を委ねるような行為を受け入れるとは思えないのです。ジャンを押しのけて、とまではいかないにしても、ジャンと共に戦場に立つことを選択しそうな気がするのです。
もちろん、それを許さないくらいに自分の意見を封殺される時代だったのかもしれませんが、戦場に立つフィオレンティーナを選択させてあげたいとは思いました。
レッド・スイフトに関しては、なぜ戦うことを選択したのか、という疑問ですね。レッド・スイフトほどの男であれば、ジェラルディンと講和を優位な条件で結ぶことも可能だろうし、帝国の人間を受け入れることもできるだろうし。とれる選択肢はかなりあったと思うのだけれど、彼が選んだのは帝国との戦争だったところに苦悩を感じます。
そして、ジャン。ジャンに関しては、物語中に語られた行動がベストだったのかな、とは思います。何をするにしても、ジャンは父親がいる以上は行動に制限というか、発言力が無かったでしょうし、傍らにフィオレンティーナがいる限り「女性よりも弱い」という評判が付きまとい、兵士たちからの信任は得ることは難しかったでしょう。だからといってフィオレンティーナを遠ざけるような男ではないと思うので、本当に全ての物事を飲み込んでいたのだと感じます。
それでも3人に共通していたことは、ブリタンニアという場所を次の時代につなげるためにそれぞれが覚悟を持っていたことでしょうか。ジャンは次のブリタンニアヲレッド・スイフトに託し、帝国に残る人についてはフィオレンティーナに託す。フィオレンティーナは戦場に立てなかった自分にジャンが託してきた帝国の残り火を守るために、自らが望む形ではないにせよ先頭に立ち指揮していく。レッド・スイフトもまた、帝国からブリタンニアを奪還した部族として、次なる外敵という驚異からブリタンニアを守っていく。

滅びゆく世界で未来を見据えて行動する若者達。物語中で書かれたこと以上の感情や気持ちは読者である私たちはわかりません。現代の自由な考え方中で生きている私たちは、いくら考えを巡らせてもジャン達の気持ちを推し量ることは不可能でしょう。
ですが、物語中でも物語の最後でも書かれているように、彼らの世代から数世代後の赤毛の娘の家に1冊の本が伝えられているそうです。この赤毛の娘が誰の娘なのかについては書かれていないのでここではふれません。ですがその伝えられている本の名称が「ジェラルディン回想録」であることから、想像はできるでしょう。
いつの日か、作者さんが「ジェラルディン回想録」をブリタニアンで写し取ってきてくれるかもしれませんので、それまで楽しみに待ってみます。

サポートを頂けるような記事ではありませんが、もし、仮に、頂けるのであれば、新しい本を購入し、全力で感想文を書くので、よろしければ…