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星野富弘さん、心からご冥福をお祈りします。できることなら、お会いしてお礼が言いたかった。本当にありがとうございました。

1993年の年始だった。自分の身の上には、決して起こらないであろうと思っていたことが起こった。頭に岩を落とされたような衝撃と痛みを感じた。動悸がした。頭から血の気が引くような感じがした。

それからというもの、子育て、仕事をしつつも、気がつけば、死ぬことばかり考えていた。信号待ちの時に、今、飛び込めば死ねる。と思ったことも何度もあった。恥ずかしながら、自傷行為に及んだ時もあった。クルマで走っていて、気がつけば、どこにいるのかわからないところに迷い込んだこともあった。ひとりで美容院に行くこともできなくなり、病院で診察を受けたら、パニック障害と診断された。今思えば、精神のバランスを崩していたのだろう。

そんな時、隆祥館書店で、偶然出会った本が、星野富弘さんの「愛、深き淵より」だった。
表紙の美しい花の絵に引き寄せられるように、手に取った。

通勤電車の中で、引きこまれるように読んだ。

そこには、絶望があった。普通の人間なら、絶望してしまう身体状況から、星野富弘さんは、もがき苦しみながらも、信じられない精神力で、這い上がってくるのだ。人間にはここまでの力があるのか。涙を堪えながら読んだ。そして、生き様に圧倒された。

本の紹介をすると、中学の教師だった星野さんが、生徒の前で模範演技をした際に、頸椎を損傷し、首から下が全く動かない状態になるのだ。自殺したくても死ぬことすらできない。 普通の人なら、絶望してしまう。一時は、星野さんも絶望し、生きていても仕方ないと思いつつもそこから、這い上がっていく。自分が唯一動かすことができる口に筆を咥えて、絵を描くことを始めたのだ。最初はもちろん、上手く描けない。しかし、気の遠くなるような努力を重ねて、多くの人を感動させる素晴らしい作品を続々と発表するまでになるのだ。

読了して、自分の甘えに気づかされた。

それからは、星野さんのすべての本を仕入れた。「かぎりなくやさしい花々 野の花々が手足の不自由な私に生命の尊さを教えてくれました」「速さのちがう時計」「風の詩 かけがえのない毎日 詩画集」など、星野さんが持つ優しさや強さが自然と作品に反映されて、共感したり励まされたりして生きる力をもらった。

手にとった「本」で救われ、生きる力になったのだ。「本」に、命を救われたのだ。
体重は39キロまで落ちていたが、本屋にいる時だけは、パニックを起こすこともなく平静でいられた。

また、パニック障害の関連本にあった「自分のやりたいことは、人の助けを借りてでも、とにかくやること」と言う言葉に押されて行動し始めることに挑戦することができるようになった。

それからは、書店に来られるお客様との交わりの中で、心を癒されて障害を克服してきたように思う。本や、お客様が、私に少しずつ生きる自信を与えてくれて今がある。

本は、単なる消費物ではない。一旦、人間の心を捉えれば、その人の生き方や、人生を変えてしまうようなことさえあるのだ。ヨーロッパでは、本に消費税はつかない。本というものの文化的価値を認めているからだ。


父の時代からお客様と言葉を交わす本屋だったが、自身の体験から、人の痛みというものに敏感になり、さらにお客さまの困っておられること、求めていることに応えたいと積極的に声をかけるようになった。

その星野さんが、4月30日に亡くなった。78歳だった。言葉にできないような気持ちになった。

30代前半で、自分の人生は終わったと思っていた。あの時、星野さんの本に出会わず、もし、命を絶っていたら本屋を継いでもいなかっただろう。あれから30年経つが、今の人生はなかった。

自分には、なんのキャリアもないし、偉そうなことは、一つも言えない。けれども、もしかしたら今、死にたいと思っている人に、本をお薦めすることで、何か役に立つことができるかも知れない。だとしたらこれほど嬉しいことはない。

改めて星野さんの本の力を思い出した。これからも、何かが背景にあり、生きる力を失いかけている人に、星野富弘さんの本をお薦めしていきたい。

星野さん、心からご冥福をお祈りします。できることなら、お会いしてお礼が言いたかった。

本当にありがとうございました。

隆祥館書店 二村知子
https://ryushokanbook.com


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