白雪

11月末。世の中のカップルは、クリスマスの予定を決めつけるころ。
もう遅いほうなのかもしれない。私たちも同じようなものだ。
男女で溢れる都内のスターバックスで彼が口を開く。
「クリスマスどうする?」
「3回目のクリスマスだね」
私は、黒いスカートの上で手を握り締めて答える。どうしたくもなかった。事実を言っただけ。
「今年は、学生最後のクリスマスだし、少し背伸びしない?」
涼が無邪気に笑いながら私も見つめる。この無邪気な笑顔に罪悪感を受けて、2ヶ月も別れを切り出せていない。それがよくないことだって、私自身もわかってる。けど、別れる理由が見当たらない。涼は良い子だし、私も浮気をしているわけでもない。ただ、ちょっと恋愛に疲れた。無責任だってわかってる。気持ちがちょっと冷めただけ。最初はそう思っていた。よく言われる倦怠期っていうやつだって。自分でそう言い聞かせていた。
「ねぇ、聞いてる?」
上の空だった私に、涼が声をかけた。澄んだ声。透明感の溢れる声だった。
「ごめん。背伸びしたらどこかな〜って考え込んじゃった。」
舌を出して、謝った。本当のことを隠して。涼は良い子すぎる。それに疲れたなんて、誰から見ても私が悪い。冷めてしまったコーヒーに口をつける。本当は熱いくらいがいいのに。
「六本木とかにしてみる?夜景も綺麗だしさ」
「お〜高く出たね〜?私、クリスマスに六本木なんて歩けるかな」
「梨恵に絶対似合うね。僕が保証する」
二人は微笑みあった。外から見たら、幸せそうなカップルだろうか。私もそう思うはず。それも心を痛ませる。
倦怠期かもしれないって認識した時から、涼への気持ちは少しずつ冷めていった。目の前にあるコーヒーのように。勝手に温かくはなってくれない。
「じゃぁ、今日の夜どっか予約しちゃおうか」
涼の透明な声は、私の身体を通り過ぎていく。今日言わなければならない。私は覚悟を決めた。
「あのさ、」
「今年は、」
二人の声がぶつかった。お互い驚いたように目を大きく見開く。私は、涼に譲ってしまった。絶対に譲るべきじゃない。そんなことわかっていた。別れを切り出すのが怖くて。気持ちが冷たくて。
「今年は雪見れるかな」
あぁ。ほら。譲らなければよかった。これは私が去年言ったことだ。涼と雪を見てみたいって。ちゃんと覚えている。
「神様、仏様、雪国様〜。雪を〜」
「何それ?初めて聞いたよ」
また涼が無邪気に笑った。もう笑わないで。これ以上、笑った涼を見ると泣いちゃうよ。振る側は泣いちゃダメなのに…
コーヒを口に持っていく。もう冷たい。冷え切っている。私みたいだ。意味もなくメイクポーチをいじって、鞄にしまった。
「あのさ、私たち別れよう」
「え?」
涼の動きが止まった。こんな涼が見たいわけではなかった。涼の目が合わない。私もこれ以上言葉を繋げられない。何か言おうとすると、涙が溢れそうになる。
「好きな人でもできた?」
「違うそうじゃないの。けど、なんか少し冷めちゃった。こんな気持ちの私に付き合わせられない」
何がそうじゃないんだろう。振っていることは変わらないのに。自分を正当化するように、自分が悲劇のヒロインであるかのように。
涼は顔を伏せている。お願い顔を上げてよ。この時間に耐えられない。あぁ、私また自分のことを考えてる。涼は絶対に私のことを考えてるのに。
「ごめん」
私はその場に耐えられなくなって、涼を残して外に出て走った。冷え切った気持ちとともに。目に涙を添えながら。
ごめん。ごめん。心の中で叫んだ。何度も。何度も。
そんな時、手に冷たいものが触れた。
「雪」
空から真っ白な雪。一人でそれを眺める。空を見上げながら、動けなく呆然と立っている。なんで今なのよ。神様のばか。
真っ白な雪を見ながら、涙が溢れそうになるのを我慢する。白いなぁ。こんな時でも雪は綺麗だなって。必死に雪のことだけを考える。
そんな時、手に暖かいものが触れた。
私の涙は、制御が効かなくなった。壊れた水道のように。
追いかけてきてくれた涼を見つめて。


顔あげて
白雪が舞い
冷える空
君への想いが
冷え切った後に

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