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マグリブの商人とジェノバの商人

昔、ある中国人の経営コンサルタントとアジアと欧米の商習慣の違いについて会話していた際、彼らの口からこんな意見を聞いたことがあります。

中国人は誰かとビジネスをするときに、初めから相手を100%信頼することはない。時間をかけながら相手の人となりを知り、徐々に信頼関係を構築していく。だからこそ、会話のために中国語を学ぶこともそうだが、夜の宴席等、共にいる時間の長さはとても重要である。一方、我々からすると欧米の人は、ビジネスの時に契約でお互いを縛ることで、最初から相手を100%信頼しているようにみえる。しかし、もし期待通りの結果が出なかった時、徐々にその信頼度が下がっていく。その意味で、出発地点となる信頼度が180度違う。

要は、相手から「私は○○ができます。一緒に仕事をしましょう」と言われた時に、「本当にこの人物は信頼に足る人物だろうか?誰か共通の知人はいないか?もう少し話をしてみないことにはわからないぞ」と反応するのが信頼度0%からのスタートする文化だとすると、「そうですか。それは助かります。あなたを信じますので、もしこちらが期待するパフォーマンスが出せなかったらペナルティを課させてください。こちらが契約書です」と返すのが信頼度100%からスタートする文化、ということかと思います(下記、筆者による雑な図)。

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これを聞いた時、ふと私は「日本人はどうだろうか?」と考えてしまいました。日本がアメリカのような契約文化を持っているかというと、少なくとも私の経験からは「No」といえます。

もちろんビジネスのグローバル化に伴い、契約文化に慣れた企業に合わせながら仕事をするケースは増えてはいますが、どちらかというとこの中国人コンサルタントに近い感覚を持っている人も多いのではないでしょうか。

今日はこうした商習慣の違いを考える上で非常に示唆に富む話を1つご紹介します。米国の経済学者アブナー・グライフが分析した「マグリブの商人とジェノバの商人」です(以下、幣著より引用)。

 11~12世紀の地中海においてイスラム圏と欧州をつなぐ二つの商業集団がいました。一つは北アフリカのイスラム圏を拠点とするユダヤ商人を中心としたマグリブの商人です。彼らは、身内からなる内集団を組織することで、鉄の結束を築き、拡大していきました。マグリブの商人にとって「自分の良い評判を保つこと」は、内集団のなかに居続けるために何より重要でした。なぜなら一度でも仲間を裏切り悪評がたてば、その経済圏でビジネスを続けることが困難になるためです。そしてもう一つはキリスト教圏、現在のイタリア北西部を中心としたジェノバの商人です。彼らは内集団を組織する代わりに、法システムを発展させ、契約による取引で商圏を広げることに成功しました。彼らにとって重要なのは、未知の相手と良好な関係を築くための「信頼」だったのです。この二つの商業集団は地中海を舞台に覇権を競いましたが、最終的に欧州貿易の中心となったのはジェノバの商人でした。マグリブの商人は評判の仕組みを使いながら内集団の裏切りを防ぐ「安心ネットワーク」をつくり出しましたが、商圏が拡大するにつれてそれを維持することが困難になりました。一方、ジェノバの商人は、裏切りに遭うリスクやルールをつくる手間等のコストをかけつつも、多様な相手と「信頼ネットワーク」を築くことに成功しました。これが結果的に、商圏を拡大する段階では有利に働いたのです。                        参照 :「経営戦略としての異文化適応力」(P48-49)

いかがでしょう。もし自分が商人だったとしたら、どちらになりたいと思いますか?私は直感的には、内集団の方が楽だろうなとは思いました。そしてそれを維持しながら生きていけるなら、その方が良いだろうなとも...

しかし、国内市場だけでご飯を食べていくのが難しいと判断したのであれば、繁栄したジェノバの商人のやり方に従い、私たちは信頼の構築に役立つ契約文化に慣れていくしかないのでしょうか。それとも、あえてマグリブの商人のやり方に従い、同じ文化を受け入れられる内集団を徐々に広げるアプローチをとるべきでしょうか。

今の中国企業の中でも、アリババやバイトダンスをはじめとするグローバル企業は、組織の作り方や運営スタイルをかなり欧米に適応させていると感じます。それはもちろん米国の証券取引所に上場させることが彼らのマイルストーンになっていて、そのために自分自身を大きく変えるインセンティブが働いていたと考えられます。必ずしも冒頭でお話しした中国人コンサルタントのような価値観だけに従って、組織が動いているとは限らないのです。

いずれにせよ、ここで私たちが認識しなければならないのは、ビジネスにおいてグローバル・スタンダードと呼ばれるルールを作っている一部の先進国が、この「ジェノバの商人」的な価値観の中で活動しているであろうという点です。

そして少なくともグローバルを志向する経営者にとっては、安心ネットワークに守られてた安寧の地を捨て、未知の領域で新たな信頼を構築していく強い意志が必要になるでしょう。これは盲目的に相手のルールに自身を合わせるという意味ではありません。相手との相対的な文化の距離をみながら、歩み寄る場所とそうでない場所を決めることです。

では文化の距離はどう測ればよいのか?少し長くなってしまったので、また次回にお話できればと思います。

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