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【 Tinymemory 1 】

夕暮れ時に
ポプラ並木を歩くのが
君のお気に入り
影のように
消え入りそうに
ゆっくりゆっくり歩く

葉の揺れ
水面のわずかな彩りの変化に
君の瞳が輝き
君の瞳が翳る

今にも泣き出しそうな顔で
遠くを見つめて
その手にいつも包むように
持っている
小さな女の子の写真をなでる
はっと思い出したように
おびえた顔で僕を見上げ
ふっと安心したように
その瞳にぬくもりが戻る
そして僕達は
言葉もなく
夕暮れのポプラ並木を
ゆっくりゆっくり歩く

彼女には言葉がない
昔の彼女はよく笑い
やわらかな声でよく話したものだ

10数年前に結婚したはずで
元同僚の僕も風の便りでは知っていた

ある年の冬
彼女が訪ねて来た
細くかじかんだ手には
小さな女の子の写真が
握られていた

何を聞いても話さない
いや 話そうとくちびるはかすかに動く
でも 言葉はない
何も聞き出せなかった
マグカップを
こどものように両手で持って
音もなくそっとゆっくり飲んでいる
そして 彼女は帰って行った

数日後 また彼女が訪ねて来た
何を聞いても話さない
僕は彼女の部屋に送って行った
今にも崩れそうなアパートは
昔はどこかの社員寮に使われていたようだ
共同のコインランドリー
トイレ シャワールーム
彼女の6畳間には
簡単な台所に一人分の
茶碗 湯のみ 箸 皿 スプーン
薄い布団 衣装ケース1個
小さなテーブルに母子手帳と聖書
そして この部屋には不釣合いの
ゆり椅子 その上のグレーのうさぎのぬいぐるみ
電化製品などは何もない
この部屋にどれくらい住んでいるのだろう
暖房もなくどうしていたんだろう

彼女が熱いお茶を入れてくれ
ゆり椅子にぬいぐるみを抱きしめて座った
目に涙をいっぱい浮かべて
声もなく泣いた

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