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祖父の自伝(11)〜祖父の思いが今繋ぐもの

私の祖父、
ぶどう狩りのマルタ園初代園主 
中根武雄が生前書き残した自伝です。


時代の転換期である今。
改めて読み、時代のルーツ、自分のルーツに思いをめぐらして見たいと思います。

第二部 軍隊生活

その5
秋季大演習参加


昭和15年10月26日。
野砲兵第三連隊補充隊第二中隊三班に復帰する。古年兵は同年兵が多く補充兵初年兵の混成であった。
無理を言って退院したことが運のつきはじめ。
丁度11月上旬。秋期代演習があると聞いたので早速班長樋口軍曹に参加したいと申し出た。
「病院下番で日も浅く兵隊の名前も分からずましてや馬は尚わからない。そんな者が軍をあげての大演習に行けると思うか」と怒鳴り叱られたが
「准尉には言っておく」との返事。
兵隊も呼べない馬もわからない。
班長が怒るのは無理からぬことだ。
早まったかな。しかし俺にとっては
100日の病院生活を打破するには
願っても無いチャンスだ。
又、無理を願っての退院である。
体をためすためにも好都合である。
母親の入営の時の言葉などなど
走馬灯のように次から次へと
浮かんでくる。
何とかして参加したいなぁと心は焦る。

数日後秋期大演習の発表があった。
思いもよらない、俺が第一分隊長に
編成されていた。
まさかとびっくりした。
一ヶ中隊に4人の分隊長がいる。
第一分隊長は通常先任者が着く。
責任者も重いがやりがいもある。
又心配も大である。
南支で特別下士官教育を受けていたので隊長の自信はあったが、何しろ初顔である。

夕焼けに鎌を研ぐの気持ちで
予備知識を勉強し機先を
制することだと決意した。

いよいよ出発の日が来た。俺の乗馬は栃風。当番兵は加藤一等兵である。

11月5日兵舎出発。
行軍蒲郡にて民宿。
一年前福岡町で始めて民宿した時の気持ちと、今の分隊長として責任のある宿営とは、一寸と異なるものがあった。
 翌日は豊川にて露営、中隊長の命令を受け先任分隊長として指揮掌握、馬匹の手入れ飯盒炊さんと事故のないようきめ細かく指示をし夜の衛兵勤務に着く。
翌朝早く出発。
県境越え静岡県奥山半僧坊を通過。
夜中行軍をして三方原にて戦闘開始。
砲列を敷き撃ちまくる。
逃げる敵を追撃駆け足から強行軍、
又駆け足ときつく兵隊は疲れ切って
来た。この時とばかりに罵声を張り上げ張り切った。
 夜中強行軍豊橋高師が原にて佛暁戦で終わった。
 書くのは安いがなかなかきつい演習であった。
 脳裏に残っている屯営に帰る途中
偶然にも同級生で一緒に並んでいた岩津の犬塚君にばたり会った。
彼は豊橋の工兵隊に入営。
持ち物も多く背嚢を背負い徒歩。
長い行軍で疲れ切って足を引きづり
ながら歩いている。
「よう犬塚じゃないか」と声をかける。うらめしそうに見上げ
「乗馬でいいね」と言ってくれた。
馬並みの行軍で距離があく。
あとの話はできなかった。

思い出すなぁ。
南支佛山鎮で乗馬の訓練。
最初は裸馬にまたがり教官を中心に
輪になって並足から早足駈足と訓練は進んで行く。
馬から落ちると教官が素早く飛んで来て鞭で(むち)殴る。軍服の上からでも背中がみみずばれになる。それでもわざと落ちた。
尻が痛くて何ともならん。
たとえ打たれても馬に乗るまでの
5分か10分の間がなんとも言えぬ
喜びである。尻は真っ赤で一皮むけ
軍袴(ぐんこ)も血だらけである。
男ながらに涙の出たことも
しばしばあった。

苦は楽の種、とか犬塚君に言われて
よく味わさして頂いた。

乗馬の訓練は一時
乗馬は一生である。

犬塚君もあの時が最後で戦死をしたと
聞く。あの顔あの声が浮かんでくる。
今は冥福を祈ってやるしかない。

兵舎に帰ると中隊長から
「第一分隊長は実践的で活気があふれ非常によろしい。戦場なら金鳩ものだ」と褒められた。又幸いにも
一分隊は兵隊も馬も無傷でお陰で
全員が一泊二日の外泊命令が出た。

一年ぶりの懐かしいふるさと帰りと
二重の喜びである。
激しい演習にも耐えた体は自信がつき雪の中から這い出した福寿草。
立派に花の咲くために頑張り抜く
覚悟で初心に返り毎日の軍隊生活を
大切に補充兵初年兵の面倒を
人一倍見ようと努力を続けた。

16年3月1日連隊で4ケ中隊で各中隊1名で4名が兵長に昇給の命令が出た。
その内訳は前期兵(1月10日入営者)3名。後期兵(5月1日入営者)1名。
その1名が中根上等兵であった。
病院下番で一人前の兵隊には
通用しないこの俺がとびっくりした。なんと運のいい男だろう。
軍隊でなくて俺にとっては
運隊である。

兵隊は真面目で模範でなくてはならない。下士官は指揮掌握と目先がきかなくてはならないと中隊長から訓示を受け金筋の入った肩章を頂いた。
 早速におふくろに報告しようと
筆を取る。



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