弟58話 スランプ


「今年は1億円の売り上げをあげます」

新年の初出勤で、みつおみんなの前で宣言していた。

ま、単純に去年は半年で5,000万円の売り上げを達成したので、まるまる1年あれば1億円の売り上げは普通だろうと思っていた。

「ょっしゃー、じゃ行ってきまーす」

勢いよく会社から出ていったみつおだったが…

その日は一件もアポが取れないまま会社に帰ってきたのだった。

「まぁ、年明け初日はみんなこんなもんだろう」

と思っていたのだが、会社に戻ってみると、

「アポ1件とれました」

「前回の見積もりのクロージングのアポ1件と、新規のアポ1件とれました」

他のメンバーが報告をしていたのだった。

「おぉ、トップ営業マンの登場!どうだった?みんな1件しかアポ取れていないんだけど、去年の王者の初日はどうだったでしょうか?」

「えっ?」

みつおはかなり焦ってしまったのだった。
 
「あの、実は…」

上手く言い訳を考えようとしたのだが思い浮かばなかった。

「すみません。ゼロでした」

正直に告白するしかなかった。

「えっ?聞こえない、もう一回、何件?」

社長はわざと2回言わそうとしていた。

「ゼロでした!」

開き直って大きな声で言ったのだが、

「えっ?まさかゼロっていうのは、アポがゼロっていう意味ではないよね?」

わざとらしい社長がみつおをいじり始めたのだった。

「ゼロって、天気予報のことだろ?今日はいい天気だったもんね」

チネンが追い討ちでからかいはじめた。
後輩は黙ったニヤニヤ笑っていた。

「みつおさん、チャンスだね、初っ端がゼロだったら、これから上がるしかないから楽しみじゃない?」

ミヤグスクさんは、もっともらしい事を言っているが、本気なのかからかっているのか分からなかった。

しかし、みつおだけが取れなかったというのはかなりショックだった。

「明日から気を引き締めて頑張ります」

そう言うしかなかった。
そして次の日
みつおは誰よりも早く出勤して営業でまわる計画を立てていた。
あまりに悔しかったので、もっと真剣に本気で営業するために、効率的にまわるための計画だった。

朝礼の後すぐにみつおは現場に向かった。
そして、地図をしばらく眺めてから、最初の訪問宅へと向かった。

「今日こそはアボをとるぞ、昨日の分も合わせてアポ2件だ!」

かなり意気込んでいたのだが、力めば力むほどアポが取れなくで焦っていたのだった。
そして夕方…
みつおはかなり絶望感を味わっていた。
しかし、このまま帰るわけにはいかなかった。

「今日はもうちょっとまわるので、そのまま帰ります」

ゼロのままみんなの前に顔を出したくなかったので、社長に電話をして夜遅くまで頑張るつもりだった。
しかし…

「すみません、今日もゼロでした」

みつおは、電話で報告をして家に帰ったのだった。
翌朝、かなり暗い顔をして朝礼に出たみつおに

「みっちゃん、元気出せよまだ三日目だよまだまだこれから」

チネンが慰めてくれたのだが、それが余計に虚しく感じたのだった。
そして、その日も次の日もアポが取れないまま、一週間が過ぎ去っていた。

新年早々にスランプになってしまったのである。
スランプになると中々抜け出すのは難しいものである。抜け出そうとすればするほど、ますます上手くいかなくなり、気持ち的には最悪な状況に陥った状態になってしまうのである。

そのスランプから抜け出すために、みつおは成功哲学のテープを最初からじっくりと聞くことにしたのだった。
何かヒントがあるかもしれないと思ったのだった。

毎日営業に回る前に、1時間プログラムを聞いて、気持ちを積極的に変えてから出かけるのだが、夕方になってアポが取れなかった時には、超マイナス思考に変わっているのだった。

みつおは去年の暮れのことを思い出し、もう一度大きな物件へアポを取りに行こうと考え、那覇の国際通りにある大きなホテルへと向かったのだった。

「こんにちは、TK企画ともうますが、支配人さんはいらっしゃいますか?」

フロントで支配人を呼び出すのは慣れていた。
ホテルは接客業なので、どんな相手にも怪訝な顔をしないので気持ちが楽だった。
去年と同様、断られて元々で、営業をやりやすくするために訪問したのだった。
断られる前提だったのだが

「そうなんだよね、一昨年からずっと悩んでいるんだけど、どれくらいかかるのかな?外壁だけでなく、シャワールームも全てリフォームしたいんだが、見積もりだけ出してくれない?」

「えっ?あっはい、では改めて見積もりに伺わせていただきますので、いつがよろしいですか?」

「いつでもいいよ、毎日誰かいるから、川端にお願いされたと言えばスタッフが案内してくれるよ」

「かしこまりました。ではこちらの都合で伺わせていただきますね」

何と勇気付けのために行ったホテルのアポが取れたのだった。

「本日は、アポ1件取れました」

「おぉ、ようやくスランプ脱出だね、おめでとう」

チネンが喜んでくれた。
しかし

「見積もりはこちらの都合でいつでもいいという事です。ただ、かなり大きいのでミヤグスクさんと二人で行きたいのですが、ミヤグスクの都合はどうなってますか?」

「今の所、空いているのでいつでもオッケーよ、で大きな物件ってどんな物件?」

「国際通りの◯◯ホテルです」

「えー?マジか?あの大きなホテルのアポが取れたの?」

余裕で祝してくれたチネンの顔が青ざめた。

「マジか?今年は絶対にトップ取ろうと思っていたのに一気に逆転された気分だな」

そのホテルが決まれば、去年のマンションなど比べ物にならないケタ違いの金額になるのは明らかだった。

「下手したらこの一件で年間の目標を達成するんじゃないか?」

ミヤグスクさんもびっくりしていたのだった。
翌日、二人で見積もりに向かった。
まずは外壁の見積もりのために屋上に上がり、さらにその上にある水タンクに登る必要があった。

「ミヤグスクさん、俺無理!こんな高い所登れないです」

「高所恐怖症のみつおは屋上までは大丈夫だったが、その上にあるタンクに登る勇気は無かった」

「オッケー、俺が登ってくるからこのハシゴを揺れないように捕まえていて」

と言ってミヤグスクさんが一人で登って、タンクの面積を測定してくれたのだった。
屋上の縦と横の距離を計り、高さは図面を見て面積を出すことにしたのだった。
そして、スタッフに案内してもらい、シャワールームを見に行った。

「このユニットバスを全部取り替えたいと言っていましたができますか?」

「はい、一応メーカーとも問い合わせながらこの企画に合うユニットバスがあるか確認してみますね」

スタッフとミヤグスクがやり取りをしていた。

(これを全部取り替えるのか?)

みつおは正直ビビっていた。
こんな大掛かりなリフォームなんてやった事がないからである。
しかし、ミヤグスクさんは慣れているのか、淡々と冷静にやり取りをしていた。
帰り道で

「ミヤグスクさん、あんな大きな物件もやったことあるんですか?」

すると

「あるわけないさ、ドキドキもんだよ、でも
ここでビビったら相手が不安になるから必死で冷静ぶっていただけだよ」

「そうなんだ、さすがだね」

その見積もりは一筋縄では行かなかったが、最低でも1億円は超える計算だった。
あまりにも古い建物なので、かなり困難が予想されたのである。

決まるにしても時間がかなりかかるのは分かっていたので、当てにしないで他の営業を頑張ろうと思ったのだった。
元々勇気付けのための営業だったので、その後積極的な気持ちでまわることで、実績を出すのが目的だったのである。
そのおかげでスランプを脱出したみつおは、更に営業を伸ばそうと頑張っていた。

そして…

去年の暮れの物件がついに完成したのだった。
あの大きなマンションである。
社長と二人でオーナーを訪れた。

「いやーどうも、本当にきれいな仕上がりで良かったよ、ありがとね、また何かあったらお願いするよ」

オーナーは凄く喜んでくれていた。
それを聞いてホッとした。

「それではこれが請求書になりますので、よろしくお願いします」

社長は抜かりなく集金の話をして、その場を退散したのだった。
通常はその場で現金で集金する事がおおいのだが、さすがに今回は額が大きいので口座に振り込んでもらうことになったのだった。

「はい、明日には事務員に振り込ませるので心配しないでくださいね。金城君、またよろしく頼むよ」

「ありがとうございます。こちらこそ何かありましたらすぐに駆けつけますので連絡ください」

翌日には約束通りの入金があり無事に工事が終わり、集金も終わってホッとしたのだった。
そして、その場で現金でマージンをもらったみつおは、すぐにある所へと向かったのだった。

それは、ある車屋さんだった。
みつおはどうしても欲しい車があって、それを購入しようと計画していたのである。
正式な会社員じゃないのでローンが組めないみつおは現金で買うしかなかった。
だから現金がいっぱい入ってるくる今回がチャンスだと思っていたのである。

通常は、稼いだお金をほぼ飲み屋で使っていたのでほとんど残ることはなかった。
だから今回の大きく現金が入ってきた時は先に欲しい車を現金払いで買ってしまって、その後の生活はその時に何とか考えようと思っていたのである。

自分の性格を知っているので、大金が入ってきても、その分飲み屋で使って終わるのは分かっていたので、強制的に車を買って飲み屋で使わないようにしようという作戦だった。
しかし…

「すみません、そこを何とかお願いできないですかね?割引をしてくれるなら、今日、この場で支払いしますよ」

みつおが買おうとしていた車は諸経費を入れると5万円足りなかったのである。
現金で払うから5万円割引機してくれと交渉したのだが

「すみません、この車種はかなりの人気でメーカーもプライドがあるので1円もまけないということになっているんですよ、大変申し訳けございませんが値引きは一切承ることができません」

現金をちらつかせても絶対に値引きしようとはしなかった。
みつおは諦めて帰るしかなかった。
次の日、その事を会社で言うと、

「そうか、じゃ車は買わなかったんだな、それならいい話があるんだが、ちょっと近くの喫茶店で話さないか?」

社長はなにやらいい話があるような感じでみつおを誘ったのだった。
会社ではなく、あえて近くの喫茶店で話した内容とは?

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